Bloody rose
恐ろしく目付きの悪い男がこちらを睨んでいる。
人ひとりくらいならば、その眼光で射殺せそうだ。
尤も、彼が殺した人の数は、既に両手足の指の数を優に超えているのだけれど。
「………言いたいことがあるなら、遠慮なくどうぞ」
視線に耐えかねたコウが、溜め息と共に言葉を促す。
しかし、目付きの悪い男、レヴィは全く口を開こうとしない。
一ミリたりとも動かない唇を見て、長期戦になることを覚悟したコウは、冷めた珈琲を淹れ直すべく席を立つ。
給仕場となっている部屋の一角へと向かう間の背中にも、突き刺さらんばかりの視線を感じた。
いい加減にしてくれないと、冗談抜きで身体に穴が開きそうな気がする。
任務で銃口を向けられた方がマシだと思う辺り、コウの感覚が一般の枠に入らない事は明らかだ。
銃口を向けられていれば、それは間違いなく死が隣り合わせになっているのだから。
こんな日に限って、この場の空気を壊してくれそうなベルフェゴールは留守。
とりあえず一番に頼れるであろうスクアーロもまた、ボスの部屋に缶詰状態だ。
彼の身に何が起こっているのか―――想像すると、あまりにも気の毒に思える。
先の任務で少し交流を深めたマーモンは、儲け話に食いついてどこかに消えた。
任務ではないだろう。
ルッスーリアと言う、口調を聞けば女性、身体は見紛う事なき肉体派の男性と言う彼は、この場にいない。
彼とは二人で話したことはなく、頼るには少しばかり敷居が高い。
他のヴァリアーの人間も考えてみたが、女と言う性別を持ちながら評価されるコウ。
無用な争いを避けるためにも出来るだけ関わりを避けており、知っているのはスクアーロの部下だけだ。
そんな彼らも、コウが頼ろうと思うほどの関係ではない。
そこまで考えた所で、彼女は自分が大切な一人を忘れていることを思い出した。
彼ならば、たった一声でレヴィを動かすことが出来る。
頼って…みようか。
少し迷いつつそう考えた彼女だが、ふと彼の予定を思い浮かべる。
暫く前から部屋に篭っていて、今朝スクアーロがそこに呼びつけられて。
それらの情報から察するに、彼の機嫌の悪さは最悪だろう。
そんな状態の彼に声をかけようと思えるほど、コウは無謀な人間ではない。
「…仕方ない、か…」
はぁ、と溜め息をこぼし、珈琲の中でくるりとスプーンを回す。
そんな、まるで恋煩いようなアンニュイな溜め息の後「うぐ!」と咽るような声が聞こえた。
無視していた視線の主の方を見れば、腰をおってごふごふと空咳を繰り返している。
その手には水の入ったグラスが握られていて、それで咽たんだなと理解した。
ゴホゴホ、ゲホ!!
妙な所に入ったのか、顔と同じくしつこく咽たのか。
一向に落ち着かないレヴィに、コウは仕方なく席を立つ。
一方、盛大に咽ているレヴィはコウの動向に気付く余裕はない。
咳の所為で喉がヒリヒリと痛むけれど、気管支にはまだ水気が残っているような気がする。
ただ只管苦しんでいた彼は、コウが近付いてきていることに気付かなかった。
突然、痛くない程度に背中を叩かれた。
驚くよりも、その振動で気管支が少し楽になる。
トントンと一定の間隔で背中を叩かれ、呼吸も徐々に落ち着いてきた。
それから3分ほどして、漸く正常な思考を取り戻しつつあるレヴィは、はた、と気付く。
そして、バッとコウを振り向く彼。
至近距離とまではいかなくても、それなりに近い距離にいて、更に背中に手が添えられているこの状況。
それを理解した彼は、驚くべき速度でズザザ、とコウから距離を置いた。
きょとんと目を見開くコウの手は、不自然に持ち上げられたまま。
睨まれ、逃げられ…要するに、触れられるのも嫌な人間だと言うことだろうか。
そこまで嫌悪感を抱かれるというのは、やはり嬉しいものではないけれど…合わない人間はいるものだ。
仕方がないか、と思って彼の方を見たコウは、そこで首を傾げた。
「…あの…大丈夫…ですか?」
彼の目は、嫌悪感を抱く人間を見るそれではない。
目付きは変わらず、顔は真っ赤。
美少年が頬を染めているならばそれはそれで美しい光景だろう。
けれど、目の前の男は顔を赤くするのには似合わず、中々凶悪な顔だ。
「――――っ」
「………………?」
「ぅおおおおっ!!」
コウとの間の微妙な沈黙に耐えかねたのだろう。
奇声を発しながらドアをぶっ飛ばして部屋を出て行くレヴィ。
そんな彼を見送ったコウは、ぽかんとした様子でその場に佇んだ。
程なくして、その部屋に近付いてくる足音が廊下に響き渡る。
蝶番の外れたドアの前で立ち止まったその人は、コウの位置からでもはっきりと見えた。
「…どいつの仕業だ?」
「えっと…レヴィ、隊長?」
彼が吹っ飛ばしたことに変わりはないので、一応そう答えておく。
すると、声の主、XANXUSはその眉間の皺を深めた。
「おい、XANXUS!!テメェ、自分の書類を―――」
「カス」
「あぁ!?」
「直しとけ」
追ってきたスクアーロの言葉を遮り、短くもそう命じると、彼はその長い足でずんずんとどこかへ歩いていった。
わけがわからぬままにドアの修理を命じられたスクアーロは、説明を求めるべく部下のコウを見る。
「吹っ飛ばしたのはレヴィ隊長です。ボスにそれを話したら、隊長が到着して、ボスがどこかへ行きました」
説明になっているようで、なっていない。
実際に、コウ自身もよくわかっていないのだから、仕方がない。
「とりあえず、直しておかないと後で怪我が増えると思います」
「…あぁ」
それだけは確実である。
ぶつぶつと文句を言いながらもドアの様子を見るスクアーロは、思い出したようにコウを見た。
「コウ」
「はい?」
「さっきの派手な音はこれか?」
「………多分」
先ほどまでのやり取りを思い出したコウは、不安げにそう答えた。
スクアーロの話によると、部屋で仕事を片付けていたXANXUSは、階下から聞こえた音に反応して腰を上げる。
そして、音源が待機室であることを悟り、侵入者かと思って足を運んできたらしい。
「じゃあ、残念でしたね」
侵入者を片付けに来たであろうXANXUSだが、現実はレヴィがドアを破壊しただけ。
彼にとってはつまらないことだったはずだ。
「…とりあえず、直すぞ。手伝え」
「はい」
買い換えた方がいいような気がするけれど、直せと言われたからには直さなければならない。
工具箱を探しにいくスクアーロを見送ったコウは、少しだけ歪んだドアをその指先でなぞった。
後日、レヴィに二週間の任務が与えられた。
長期任務でも何でもない、ごく普通のそれなのだが、ボスの傍を離れることを嫌う彼にとっては熾烈な任務だ。
二週間後、帰ってきたレヴィは報告の為にXANXUSの部屋を訪れた。
そして、偶然そこに居合わせたコウに笑顔で「お疲れ様でした」と告げられる。
女慣れしていない彼にその笑顔は眩しすぎて、真っ赤になった彼は報告も忘れて猪の如く部屋を飛び出していく。
あの日と同じように、ドアが吹っ飛ばされた。
違うのは、そこが待機室ではなくボスの部屋だということ。
結果、レヴィはその翌日から一ヶ月の任務に向かうことになった。
どこまでも不運な男…いや、不運を引き寄せる男である。
09.03.13