Bloody rose

「僕と一儲けしないかい?」

行儀悪くも机に腰掛けたマーモンの言葉に、コウが顔を上げた。
書類の処理には向いていない上司をもっているお蔭で、ここの書類は山積だ。
一分一秒すら惜しいこの状況で話しかけてくる彼に、少しばかりの殺意を覚えたのも無理はないだろう。

「お断りします。見えませんか?この書類の山」

一儲けにも興味はないし、何より目の前の書類の山を片付ける方が重要だ。
すると、フードから覗く口元を不満げに尖らせるマーモン。

「そんなのスクアーロに片付けさせなよ。全部あいつの書類じゃないか」
「隊長は大雑把過ぎて後からお叱りを受けるから駄目です」
「じゃあ、レヴィ。この間の貸しを返してもらうことにするよ」

そう言うと、彼はドアの所で控えていた部下にレヴィを呼んでくるように命じる。
口を挟む隙を与えない彼の行動に、溜め息と共にペンを置いた。

「…話くらいは聞きましょうか」

マーモンとの会話の姿勢を取るコウだが、詳細を告げようとしたマーモンの声は、乱暴にドアを開く音に消された。
そこには不機嫌な表情のレヴィがいる。

「…何だ」
「この間の貸しを返してもらうよ。この書類の処理、よろしく。再提出になったら倍請求するからね」

問答無用で書類の山を渡されたレヴィは、ただでさえ悪い目付きを更に鋭くした。
ギロッと音がしそうなほどにマーモンを睨みつける。

「文句があるなら、3倍にしようか?」

たかが赤ん坊を相手にその眼はないだろう。
そう思うような鋭い眼で、改めてマーモンを一睨みし、レヴィは書類と共に去っていった。

「…話を聞かせてください」

半分以下に減った書類の山を見れば、そう言わずにはいられなかった。
この先三日は徹夜を覚悟したのだが、この程度であれば明日には片がつく。

「面白い研究をしているファミリーがいてね。その研究を横取りしたい別のファミリーから依頼があったんだ」
「一儲け、とは?」
「研究情報を渡す前に倍額を吹っかけるんだよ」
「…私の協力が必要だとは思えませんが」

コウがそう言えば、どこからともなく取り出された長い紙が彼女の前に突き出された。
文字ばかりのそれが何を意味するのか。
初め三行ほどで、書類を読むことに疲れたコウの目が悲鳴を上げる。
眉間を揉み解すようにしてマーモンを見ると、彼はわかっていたとばかりにあっさりと口を開いた。

「シュミレーションの結果、狙撃が一番確実だったんだ。100%以上って言うのは脅威の数字だね」

狙撃、と言う部分を聞き、納得する。
コウはマーモンのように幻術を使えなければ、自隊長のように剣術に優れているわけでもない。
女と言う性別的に劣る要素を持ちながら、ヴァリアーで評価されているのは彼女の銃の腕だ。
今までの任務は全てパーフェクト以上の成果を残しているのだから、その腕は折り紙つきと言えるだろう。

「儲けに興味はありませんけれど、そこまで期待していただいているならば、応えない訳には行きませんね。
スクアーロ隊長の許可が下りれば、協力します」

どこまでも従順な彼女は、答えだけを聞けば、文句のない部下だ。
しかし…その目は違う。
このヴァリアーで生き残っていること、高い評価を受けていることを頷かせるだけの、強い眼差し。
マーモンの彼女への興味が、また一つ嵩を上げた。

「話がわかるね。賢い奴は嫌いじゃないよ」
「ありがとうございます」
「ヴァリアー最高のガンナーを導入したって言えば、交渉は楽だからね」

随分と悪いことを聞いたような気がするけれど、話は終わったと判断した彼女は、残りの書類へと手をかける。
優秀すぎる人材は自隊に欲しい所だが、不思議な力に守られている彼女を引き抜くのは難しいだろう。
不思議、と言っても、何となく気付いてはいるけれど。

「この間、ベルから面白い話を聞いたよ」

ペン先がピクリと反応したのを見逃さない。
それでも顔を上げない彼女は、話す気はないと言う考えを姿勢で表しているのだろうか。

「ボスに撃たれたって」
「誤解です」

今度は即答だ。
レヴィほどに暑苦しくないけれど、彼女の忠誠心も見上げたものだと思う。

「だろうね。
説明は下手だったけど、要は…遊びで君に銃口を向けているところを見つけられて、ボスに叱られた」

そんな感じかな、と呟くマーモン。
叱られた、と言うには些か暴力的ではあったけれど、ニュアンスは間違っていないのであえて否定はしない。

「興味深い人間だね」

フード越しに、舐めるような視線を向けられた気がする。
目線をあげても目が合う事はないとわかっていても…視線は、書類を睨む。

「幻術でもかけてみれば、何かわかるかな?」
「ご冗談を。そんな事をしなくても、マーモン隊長なら…気付いていますよね」

最早、確認ですらなかった。
コウの言葉に、彼はその口元を僅かに持ち上げる。
得意げな笑みは、それが肯定であることを示していた。

「全部じゃないけどね」
「十分でしょう。隠しているわけではありませんし」

好きに調べてください。
そう答える彼女に、マーモンは口を噤んだ。
コウに関する資料はボスであるXANXUSの部屋に保管されているのだということを、彼女は知らないのだろうか。
不思議な力も何もない。
要するに、彼女はボスによりその詳細を隠されている。
それを、どうやって調べろというのか。
邪推する以上に調べようがない、と心中で溜め息と共にそれを吐き出す。

「…とりあえず、スクアーロの許可を貰ってくるよ」

そう言ったマーモンは呼び止める暇もなく部屋を出て行く。
数分後に戻ってきた彼は、何事もなかったようにスクアーロの許可を持ってきた。
「明日の5時に出発だからね」と言い残し、漸く部屋を去った彼。
入れ替わるようにして入ってきたスクアーロは心なしか不機嫌だった。
その腕に抱えられているものを見れば、理由は知れようというのもだ。

「その状況でよく許可を出しましたね」
「うるせぇぞぉ…」
「覇気もありませんし」
「仕方ねぇだろうが。…奴には借りがある」
「あなたもですか?レヴィ隊長も借りがあるらしく、結構な量を渡されていましたよ」

呆れたようにそう言えば、スクアーロは乱暴に彼女の向かいに腰を下ろす。
ドサッと置いたそれが、不満を訴えるようにテーブルに散らかった。

「スクアーロ隊長が情報を求めるなんて…珍しいですね」
「…誰の所為だと思ってやがる」

吐き捨てるようにぼそりと呟けば、首を傾げる彼女。

「?ごめんなさい、小さすぎて聞こえませんでした」

そう問い返す彼女に何でもないと答え、一番上の書類を手に取った。
実力を知らず、けれど死なせるなと命令染みたことを言われれば…出来ることと言えば情報を得るくらいだ。
自分の為ではなく、彼女の為に得た情報による借りなのだ。
それを彼女自身に支払わせるのだと思えば、何となく理にかなっているように思える。

「怪我すんなよぉ」

書類に視線を落としてそう言えば、彼女は得意げに口角を持ち上げる。
もちろん、と答える彼女の言葉には、信じさせるだけの実績があった。

09.03.06