Bloody rose
「なー、コウ~」
「何ですか、ベルフェゴール隊長」
「何、その堅苦しい呼び方」
だらりとテーブルの上に上半身を預けたベルフェゴールが、コウへと声をかける。
待機を言い渡された応接間で、二人はそれぞれに時間を潰していた。
理由は、現在任務に出ているメンバーからの応援要請があった場合の人員として、である。
それならば自室待機でも構わないと思えるのだが、急を要する可能性がある為らしい。
納得できない部分もあるけれど、自室であろうが応接間であろうが、あまり変わりはない。
そう思っているコウは、暇をもてあましている様子もなく、洋書に視線を落としている。
「…何と言われても、隊長の名前でしょう?」
「長い」
「………」
「おーい。面倒だからって流そうとすんなよ」
どうやら、少し表情に出てしまったようだ。
洋書に目を向けた彼女に、ベルフェゴールが改めて声をかけてくる。
付き合わなければならないらしい、と判断してからの彼女の諦めは早い。
次の瞬間には栞を挟んだ本をテーブルの上に置き、彼と向き合う形で視線を交えていた。
「では、何とお呼びすれば満足ですか?」
「好きに呼べば?」
「好きに呼んでいいんですか?」
「いいんじゃね?王子がそう言ってるんだし」
ニッと歯を見せ付けるような独特の笑みを浮かべる彼。
そんな彼を前に、コウは少しだけ悩むように口を閉じる。
「では、ベル隊長と呼ばせていただきます」
「…その隊長って所も堅苦しいけど…まぁ、いっか」
うん、と頷く彼の機嫌を保つことには成功したようだ。
まるで子供のようにわがままな彼の機嫌を損ねると、会話の行き違いであってもナイフが飛んでくる。
長くはないけれど、難しい性格である事は理解しており、コウ自身もある程度意識した上で会話をしていた。
「なー。コウってボスの何?」
「…何、とは?」
戸惑いを表情に出さなかっただろうか。
ほんの少しだけ間を置いて、コウはそう問い返す。
「何か、ボスが妙に気にかけてんだろ。愛人?」
「わざわざヴァリアーに所属されるような女を愛人にするほど、女性に困っているとは思えませんが」
「…それもそうだな。じゃあー…何?」
質問が堂々巡りしそうな予感を覚え、心中で溜め息を吐き出す。
スクアーロ辺りは、恐らく二人の関係に気付いているだろう。
偶に生温かい視線を向けられるが、生憎彼とは紙面以上の付き合いはない。
気付いているわけではないけれど、何か感じるものがあるらしいベルフェゴール。
さて、どう答えるべきか。
「あ、そうそう。コウと顔を合わせたら聞こうと思ってたんだよな」
どう答えるまでもなく、話題が変わった。
コウにとってはありがたい事なのだが、この流れには正直付いていきかねる。
そんな感情を表情に出さないよう心がけながら、コウは「何ですか?」と尋ねた。
「あの弾道を曲げる奴。どう言う原理?王子と一緒…なわけねーか」
「ええ。流石に弾にワイヤーは不可能ですね」
そう答えながら、コウは左のホルダーから銃を抜き、グリップを彼の方へと差し出す。
受け取らない彼に、彼女はこう説明した。
「持ってみれば、わかると思いますよ」
その言葉に背中を押され、ベルフェゴールは彼女の銃を受け取る。
ナイフとは違う重みが彼の手に加わった。
物珍しげにそれを前から後ろからと見回す彼。
何か仕掛けがあると踏んで、徹底的に探そうと思っているようだ。
「―――答え、教えましょうか?」
「ストップ!まだ考え中!」
絶対言うなよ!と念を押してから、更に熱い視線を銃へと向ける。
舐めるように見回している彼に、彼女は自然と口角を持ち上げていた。
こういう、子供のように素直な所は意外と気に入っている。
いくら調べてもわからないのか、彼の口元が怪しくなってきた。
「撃ってみたらわかる?」
そう言って、あの日コウがXANXUSへと銃口を向けた時のように、彼女へとそれを向ける。
コウが何かを言おうとした、その時。
バンッと予告なく応接間の扉が開かれた。
二人の視線が自然とそちらに向けられる。
登場したのはヴァリアー率いるXANXUSで、彼もまた、二人の存在に気付くと視線をそちらに向けた。
そこで、眉間の皺が深まる。
やべ、と小さく呟くベルフェゴールは、コウよりも先に状況を理解したようだ。
「―――ベル」
「ボス、誤解。絶対誤解だから」
低い声で名を呼ばれたベルフェゴールは、慌てて銃をテーブルの上に置く。
そして、降参とばかりに両手を肩の辺りまで持ち上げた。
慌てた様子のベルフェゴールと、いつもよりも怒気を含んだ声のXANXUS。
両名の行動に、コウは疑問符を浮かべた。
そんな彼女に向かって大股で近付いてきたXANXUSは、座ったままの彼女を見下ろす。
「何をしていた?」
「…謎解き、でしょうか」
曲がる弾道の、と答える彼女から、ベルフェゴールへと視線を移す。
その通り、とばかりに何度も首を縦に振る彼を見て、誤解と言った理由がわかった。
XANXUSは無言でテーブルの上の銃を手に取る。
「―――…ずれてるな。銃身か?」
「…お見事です」
彼も銃を扱うと聞いていたが、持ってすぐにそれに気付くとは。
流石としか言いようがない彼の洞察力に、コウは感心したように答えた。
「撃つ瞬間に回転にあわせて重心を動かすんです。弾も、少しだけバランスを崩したものを使っています」
「―――これに入ってるのはその弾か?」
「はい。実弾が6発」
コウが数を答え終わるのと、響いた銃声は、どちらが先だっただろうか。
流れるような動きで銃口をベルフェゴールへと向けたXANXUSは、迷いなくトリガーを引いた。
ベルフェゴールが青褪めたのは、銃弾が髪を掠めてから3秒後のこと。
要するに、青褪める暇も、止める暇もなかったと言うことだ。
ベルフェゴールの向こうに見える、壁に残った銃創を一瞥したXANXUSは、不満げに銃を見下ろした。
「…思ったより角度が小せぇ」
「弾と銃口の重心バランスが絶妙なんです。普通の人ならば5度も曲げられませんから…十分ですよ」
「お前ならどの位曲がる?」
「直角は無理ですが、80度前後でしょうか」
「…大した腕だな」
くるりと手の中で銃を回した彼は、グリップを彼女へと向けて銃を返す。
それをしっかりと受け取り、弾を装填してからホルダーへと戻した。
彼女の行動を見届けたわけでもなく、XANXUSが扉の方へと向かって歩き出す。
その途中で、ふと足を止めた彼は、顔だけを振り向かせた。
「コウ。弾を数えに来い」
「ボスの在庫ですか?待機命令が出ていますが…」
「ベル」
短く名を呼ばれた彼は、漸く金縛りが溶けたように動き出す。
止まっていた時間が、急速に流れ出した感覚だった。
「………了解。コウ、行って来いって。応援部隊なんて王子一人でじゅーぶん」
「わかりました。お願いします」
そう言うと、彼女はテーブルの上に置いた洋書を持って、先に部屋を出たXANXUSを追う。
二人の姿が消え、扉が閉ざされた応接間の中で、ベルフェゴールは長い溜め息を吐き出した。
「…死ぬかと思った」
一瞬でこちらを向いた銃口が、理解する間もなく突然火を噴いた。
あれが普通の銃で、撃った人が並のガンナーだったなら。
間違いなく、自分の眉間は風通しが良くなっていただろう。
「やっぱあの二人不自然すぎー。…もう深追いはしないけど」
違和感はより大きくなって、興味もそれに比例している。
だが、あんな恐ろしい思いは一度で十分だ。
いつかわかるだろ、そう呟き、頭の後ろで腕を組んだ。
これからの暇な時間をどう過ごすか。
彼にとっては、それの方が重要だった。
09.02.05