Bloody rose

「総隊長!」

廊下を歩いていたコウは、聞きなれた声に呼び止められた。
彼が公の場所で自分を母と呼ばなくなって、もう何年たっただろうか。
振り向いたそこには、少し前に18歳の誕生日を迎えたティルがいる。
青年と呼ぶに相応しい年恰好へと成長した彼は、やはりXANXUSに似ていた。
しかし、成長過程でコウの血も強く出始めたのか、彼よりもいくらか優しい顔立ちをしている。

「どうかしたの?そんなに急いで…」
「例の件はスクアーロに頼んできました。ベルあたりも喜ぶと思ったんですけど、見当たらなかったので」
「そう。私も彼らに伝えたいことがあるし、様子見ついでに行って来るわ」
「それと、ボスも見つからないんですが…知りませんか?」

XANXUSはコウと一緒だと思っていたのだろう。
ティルの目が彼を探すように周囲を見回した。
しかし、隠れているというわけではないのだから、XANXUSの姿が見つかるはずもなく。

「執務室にいるわよ。急ぎなら、そっちに行きなさい」
「はい、そうします」

頷いたティルは、そのまま踵を返していく。
背中を向けた彼の腰には、右に銃、左に短めの刀が挿してある。
銃はXANXUSから、刀はスクアーロから贈られたものだ。
確か、ヴァリアーの一部隊を任され、隊長に就任した時の祝いだった。

「ティル」
「はい?」
「ここから先は厳しい戦いになるわ。気をつけるのよ」

コウにとって、ティルは息子だが、そのようには扱わない。
実力を認めた時から他の部下と変わらず、対等な一戦士として扱う。
もちろん、それはティルにとってこれ以上ない喜びだった。
けれど、こうして時折見せる母親の表情もまた、彼にとっては大切なものだ。

「はい、母さん」

母の言葉に、息子として返事をした。







「スクアーロ―――って、何をしているの、二人とも」

狭くはないけれど、戦うための部屋ではない。
そこでお互いに武器を構えるスクアーロとベルフェゴールに、コウは呆れた表情を浮かべた。

「あ、コウじゃん」
「ベル。あなたには部隊の見直しを言ってあったと思うけど…済ませたの?」
「…やべ、忘れてた」

どうやら本気で忘れていたらしいベルに、コウの目が冷める。
彼女の空気の変化を敏感に察知した彼は、即座にスクアーロから離れ、両手を「降参」と持ち上げた。

「行って来まーす」

そして、それ以上何かを言われる前に部屋から逃げ出した。
それを見送り、チッと舌打ちして崩れた家具の破片を蹴るスクアーロ。

「あの子達への報告は?」
「…途中だ」
「…あら、まだ録画し続けてるじゃない」

無言でこちらを睨みつけるパソコンに気付き、彼女が溜め息を吐き出す。
そして、その前へと近付き、カメラの高さを自分に合わせた。












『久し振りね』

上等なソファーに腰掛けたその人に、通信を見ていた10年前の彼らが、あ!と声を上げた。

『私の事を覚えているかしら。まぁ、あなたたちにとってはつい最近の事だから、覚えているでしょうけれど』

別に覚えていなくても構わないわ、と画面の中の女性は薄く微笑んだ。
その様子に、そんな場合ではないと知りながらも思わず頬を染める少年たち。

「コウ…だったよね。そっか、ヴァリアーなんだよな、彼女も」
『10年前の世界から来ている事は知っているわ。
恐らく戸惑っているでしょうけれど、事態の深刻さは理解してくれているものと思って話をするわ』
「10代目、この女は誰ですか?あの時の女ですよね」
「彼女はXANXUSの奥さんだって。あの時の男の子は二人の息子」

画面の中の彼女は、こちらの会話など知る由もなく状況を語る。
それを聞きながら、その合間に答えたツナに、獄寺は驚いた表情を浮かべた。
あれだけXANXUSに似ているのだから、多少の血縁関係は予想していたはずだ。
だが、改めて聞かされると、どうしても年齢的なところを考えてしまう。
少なくとも、ツナよりはマフィアに精通している彼は、それを受け止めるのにツナほどの時間を求めなかった。

『全てを説明している暇はないけれど、今はその場を離れないで。合図を待て、と聞いているわね?』
「この人、ヴァリアーとは思えないくらいに優しいのな」

意外そうな表情を浮かべる山本に、ツナたちも確かに、と思った。
後ろにスクアーロの姿が見えていなければ、彼女が隊服を着ていなければ、ヴァリアーだと信じるのは難しい。
すると、そんなこちらの考えを読んだのか、画面の中の彼女が苦笑を浮かべた。

『あまりあなたたちに肩入れするとあの人が怒るけれど…息子と同じ年頃のあなたたちに死んでほしくないの。
だから、ヴァリアー総隊長としてではなく、コウ個人としてあなたたちに協力するわ。
もし、私と話したいことがあれば、直接私の回線に繋ぐといいわ。回線コードは暗号化して送るから』

そして、画面が途切れる。
黒くなった画面を見つめ、沈黙する彼ら。

「とてもヴァリアーを率いているとは思えない発言だな」
「XANXUSの息子のティルは今年で18。年が近いだけに、そう思うんだろう」

リボーン、ラルは言葉とは裏腹に納得した様子で頷いている。
ツナたちの感覚では、ティルはフウ太と同じくらいの子供だ。
だが、10年後のこの世界では、自分たちとの年齢の差も縮まり…寧ろ、彼が追い越してしまっている。
年齢は違えど、同じ年頃の子を持つ親としてはある意味自然な感情だったのかもしれない。
彼女がヴァリアーの総隊長である事を除けば。

「ジャンニーニ、コウからの通信は?」
「ありますよ。こっちの暗号はボンゴレの規定に沿っていましたから、既に解読済みです。回線を繋ぎますか?」
「…いや、やめとくよ。本当に困った時には使うと思うけど…」

ツナの言葉にジャンニーニがそうですか、と頷いたところで、新たな人物がその場所に到着した。
















シャラ、と首もとのチェーンに触れる。
三つのリングを通したそれを見下ろし、コウはそっと視線を落とした。
彼女の視線の先、組んだ太股の上に転がる匣。
そのひとつに指を滑らせると、中に入っているパートナーの感情に触れた気がした。

「…あと5日」

日本の彼らが、ミルフィオーレ日本支部に攻め入る。
今、彼らは決行か否かの判断を迫られている頃だろうか。

「こちらも引き締めてかからないと…ね」

壁の時計を見上げてそう呟くと、彼女はソファーから立ち上がった。
ボタンを操作して扉を開く。
彼女の登場に気付いた新人が一斉に姿勢を正した。

「一人ずつとは言わないわ。全員で向かってきなさい」

コウのすべき事はひとつ。
数少ない隊員をある程度使えるレベルまで持ち上げておく事。
基本、自分本位で教えるという事には向かない他の幹部たちには任せられない、重要な役目だ。
彼らは武器を手に取るコウの殺気に気圧されながらも、震える身体を叱咤して床を蹴った。

10.03.13