Bloody rose

設備の整った病室の中、コウはずっとXANXUSに付き添っていた。
意識を失っていた彼が目を覚ましたのは、争奪戦が終わって1日ほど経った頃だ。
コウが呼んだ医師により彼の症状が診断され、既に適切な処置を受けた。

「ティル。少し、話がしたいから…。席を外してくれる?」
「…うん」

コウと一緒にXANXUSを見ていたティルは、彼女の言葉に素直に頷く。
トンと椅子から下り、部屋を出て行った。
扉が閉ざされた室内にはコウとXANXUSだけが残り、そんな二人の間に沈黙が下りる。

「―――言いたい事があるなら、言え」

暫くしてから先に口を開いたのは、意外にもXANXUSだった。
彼の声を聞いて、コウは躊躇うように視線を彷徨わせ、やがてふぅ、と心を落ち着かせるように息を吐く。

「では、言わせていただきますが―――あなたは私を馬鹿にしているんですか?」

先程までの迷いを捨て去ったコウは、睨みつけるようにXANXUSを見下ろした。
その目は怒りと表現する以外にない表情を見せていて、少なからず驚く彼。

「私がいつ、守って欲しいなんて頼んだんですか?」

いつもいつも、彼はコウだけを置いていく。
今回ティルを連れて行った理由は、彼に全てを見せるためだろう。
ティルはこれから、未来を選ぶことが出来ない。
マフィアと繋がりなく平和に生きていく事は出来ないから、彼にマフィアの世界を教えていくことには賛成だ。
しかし、それならば何故コウを置いていくのか。
一人蚊帳の外に置かれているコウは、それがただもどかしい。

「私は全てを理解して、覚悟して―――その上であなたの隣にいるんです」

何も知らない小娘ではない。
XANXUSと言う人がどういう位置、彼を取り巻く環境。
知っているだけではない、正しく理解した上で、コウは覚悟を決めている。
彼の代わりに銃弾で胸を貫かれる事があろうとも、後悔などしない。

「私にも背負わせてください。ティルや…スクアーロに望むように。それが、許されないならば―――」

コウはきゅっと唇を結んだ。
彼女の視線は、彼女自身の指元を睨みつけている。
よほどのことがない限り、たとえ任務中であっても外さない指輪が、そこにある。
彼女は指輪ごと自身の手を握り締めた。

「これを、お返しします…。知らない所で傷つくあなたを見るのは…嫌だから…っ」

人間は、なんて貪欲な生き物なのだろうと思う。
始めは、彼の下にいられるだけで幸せだったのに。
次から次へと欲望が進んでしまって、もう引き戻せない。
いつか彼が自分の知らない所で命を落とすのではないかと―――それがとても、怖い。

「………カノーヴァに帰りたいか?」

沈黙を破る、XANXUSの声。
いつもの凄みもなく、静か過ぎる声が彼女の鼓膜を震わせた。
彼女は涙を堪えて「いいえ」と答える。

「今回の事…お前を守ろうとしたわけじゃねぇ」
「…では、何故?」
「お前が………奴らにつく可能性を考えた」

スッと彼の視線が逃げていく。
XANXUSは9代目を殺そうとした。
幸い、彼は一命を取り留めたが、その傷は深い。
敬愛する9代目を殺す計画を立てた彼を、コウが憎むとでも思ったのだろう。
そんなわけがないと、何故わからないのだろうか。

「たとえ9代目を殺そうと計画していても…私は、彼らには味方しません。
それを止めるために全力を尽くしたでしょう」
「―――…そうか」
「XANXUS様。私にとって、あなたとティル以上のものなんてありません。
時にはあなたが進む道を引き止める場合もあるでしょう。けれど、敵対する事だけはありえない」

誓う事すらできる―――コウは、はっきりとそう言った。
いつの間にか、逸らされていた赤い目が彼女を見つめている。

「…俺と一緒に来てもボンゴレボスの妻になる道はないぞ」
「一度だってそんなものを望んだ覚えはありません」
「………あぁ、そうだったな」

いつでも、彼女はXANXUSを9代目の息子として見ていなかった。
彼自身と向き合い、けれど誰よりも、彼が9代目の息子である事を認めている。
そこに血の繋がりなど必要ないのだと…彼女は、全身でそれを伝えようとしていた。
気付いていなかったのは、気付こうとしなかったのは、XANXUS自身だ。

「…巻き込むぞ」
「もとより、覚悟の上です」

迷いなど微塵も感じさせない返答に、XANXUSの口元が笑みを作る。
彼は無言で指を動かし、彼女を呼んだ。
一歩で最後の距離を詰めたコウは、差し出された手に自身のそれを重ねる。
外すのは許さないと伝えるように、彼の指がコウのそれに絡みついた。

「俺と来い」
「…はい」

コウは敏腕暗殺者らしくない優しすぎる笑顔を浮かべた。












ボンゴレリング争奪戦が終わり、正式な形でツナが10代目と決定された。
戦いで負った傷は大小様々だが、既に治療を受けているのであと出来る事は安静にする事くらいだ。

「結局、あの女の人は一体誰だったんだろう…。リボーンは知ってるんだよな?」
「…XANXUS不在のヴァリアーを組織化した女だ。今でも全てを統括する総隊長の位置にある」
「あんな奴らの総隊長って事は…」
「暗殺術だけを見れば、XANXUSより上だぞ」

あっさりとそう言ったリボーンに、青褪めるツナ達。
今更だが、あの場で現れた彼女が自分たちに敵対しなくてよかったと思う。

「総隊長だから、XANXUSに対してあんなに色々と言えるんだね」
「いや、あれはXANXUSの嫁だからだな」
「あの人結婚してたの!?」
「ティルはそのガキだ」

夕食の献立でも話すように簡単に暴かれていく新事実。

「何だ、気付いてなかったのか?あれだけXANXUSに似てればわかるだろ」
「落ち着いて見比べる余裕なんてなかったよ!」
「…とにかく…コウが向こう側につかなくて良かったな」

コウを知るリボーンとしては、あの場面でコウが向こう側につくとは思わなかった。
彼女は、9代目を尊敬していたから、事実を知れば敵対はしなくても味方にもならないと踏んでいたからだ。

「リボーンさん、あの女の話は…」
「ボンゴレの血筋の話か?本当の事だぞ。3代目の妹…2代目の末娘が、カノーヴァ家に嫁いだからな」

今の9代目からの血縁の遠さで言えば、ツナとさほど変わらない。
ただし、カノーヴァに嫁いだ時点で、彼女はボンゴレの継承権を失っている。

「もし仮に、ツナが不慮の事故で死んだとしたら…次に選ばれるのは間違いなくティルだ」

ティルが生まれた時点で、XANXUSとコウは結婚していなかった。
そのため、彼に継承権が与えられたのは二人が正式に結婚した後のことだ。

「もしかして、XANXUSがボンゴレリングから拒まれた時点でも諦めようとしなかったのは…」
「…さぁな。あれだけ自尊心の高い男が、息子のためにツナを殺そうとしたとは考えにくいが…」

可能性としては、否定できない。
部屋の中に無言が落ちた。

「…ところで、さ。あのティルって、二人の子供にしては大きいと思うんだけど…」
「ゆりかごのすぐ後に生まれたらしいからな。8歳だ。ちなみにXANXUSが16歳の時の子供だな」
「16って…高校生!?どんだけ早いの!?」
「マフィアの中ではそう珍しい事でもねーぞ」

09.12.20