Bloody rose
「ヴァリアーの皆は、二手に分けた方がいいと思う。あの人達、侮れないから」
ルッスーリアとマーモン、ゴーラ・モスカ、そして…スクアーロが負けた。
大空戦と位置づけられた明日の戦いを前に、計画を立てるベルフェゴールらにティルは静かに提案する。
XANXUSの代わりとでも言うように、スクアーロはよくティルの世話役を任されていた。
それだけに彼と過ごした時間は長く、ティルの落ち込み方も酷い。
表情には出していないけれど、静か過ぎる声がそれを物語っていた。
彼の表情を翳らせる理由はもう一つある。
ゴーラ・モスカの中に囚われていた9代目の事だ。
XANXUSが氷付けにされていた間、ティルは何度も9代目と顔を合わせている。
9代目は孫であるティルをとても可愛がってくれて、ティルは彼が大好きだった。
それだけに、彼の安否がわからない事は、幼いティルにはとても不安だった。
何故、XANXUSがそこまでしなければならないのか―――彼にはそれが理解できない。
何も言わない父に、ティルは唇を噛み締めて膝を抱いた。
「…母さん」
自分は、何故ここにいるんだろうか。
大空戦が進み、ティルはXANXUSの行動の意味を知った。
どれほどに望もうと、期待されようと―――決して手に入れることの出来ないもの。
幼いティルには難しい話だったが、それでもその心の一部くらいは理解できたと思う。
ヴァリアー隊がランチアによって全滅させられた。
自由だったベルフェゴールやマーモンもまた、ツナ側の守護者を前に降参するほかはない。
「ダメだこりゃ―――なんてな」
カラン、とナイフを落としたベルフェゴールがニヤリと口角を持ち上げる。
何の合図もなく、守護者の輪を囲むように姿を見せた人影はおよそ20。
「ヴァリアー第二部隊、到着しました!」
「遅いって。ま、間に合ったけど」
「何…?」
事情を聞かされていなかったXANXUSが、新たな隊員の登場に声を上げる。
「褒めてやんなよ、ボス。これってティルの提案だからさ」
楽しげな声に、唯一ヴァリアー側で赤外線の中に居たティルに視線が集中する。
8歳の少年には些か強すぎる視線だが、彼は表情一つ動かさずにそこに居た。
「言っておくけど、この20人は精鋭中の精鋭だよ。総隊長直々に鍛えられたからね」
ランチアが向こう側についていようと、これで状況は五分五分になった。
ベルフェゴールはぺろりと唇を舐め、落としたナイフを拾う。
終わると思った戦いが新たな展開を迎えると思われた―――その時。
「やめなさい」
場に似合わない、凛とした女性の声が不思議なほどにその場に響く。
続いて響く銃声が三つ。
リボーンはすぐ近くに着弾した事に気付くと、再びスコープを覗く。
銃弾は装置を破壊するためのものだったらしく、彼らを取り囲んでいた赤外線が消えた。
「母さん!!」
ティルが赤外線の枠を超えて走り出す。
しかし、彼はコウに駆け寄る前に失速した。
スッと手を持ち上げた彼女が、ティルが近づく事を止めていたからだ。
「退きなさい」
コウの目が映しているのは、彼女の登場に困惑するヴァリアー隊。
「大空のリングはXANXUS様を拒んだ。これ以上の戦いは必要ない」
「しかし…!」
「総隊長として命じている。私が銃を抜く前に退きなさい」
戸惑うヴァリアーの隊員だが、ひとり、またひとりと後退する。
やがて、潮が引くように輪の中心部への道が出来た。
コウは迷いなくその中へと進んでいく。
ツナの守護者らが彼女の接近に緊張を高め、武器を構えた。
しかし、彼女はちらりと彼らを一瞥するだけで銃を抜く事もなく彼らを通り越し、更に進む。
「ベルフェゴール。マーモン」
「…仕方ねーじゃん。ボスの命令だし」
「僕たちももう駄目だとは思ったんだけど」
そう言って、二人もコウの進路から身を引く。
開けた先に、仰向けに倒れるXANXUSの姿が見えた。
コウは彼の元へと歩み寄り、その傍らに膝をついた。
「何で止める…っ!?」
「XANXUS様…もう、終わりにしましょう。これ以上足掻く事に意味はありません」
「ふ、ざけるな…。俺は…!俺がボスにならずに、誰がボスになるんだ!?」
「あの子が10代目です」
「あんなガキにボンゴレが守れるか!?」
血を吐きながらそう叫ぶ彼に、コウは悲しげに目を細めた。
彼が何より…誰よりそれを望んでいた事を知っている。
周囲から期待され、いずれはボンゴレの頂点に立つのだと、多くを学んできた事も知っている。
「ティルはボンゴレを継ぐには幼すぎます。ボンゴレは彼らに委ねましょう」
コウの言葉に、ツナが「え?」と反応した。
ボンゴレの血なくして、ボスになることはあり得ない。
何故、ここであの少年が話題に上るのか。
「やっぱり、お前は―――ボンゴレの血筋だな」
「…知っていましたか」
「可能性程度にな」
どこか納得した様子を見せたリボーンの言葉に、コウが息を吐き出した。
彼女に…つまり、カノーヴァがボンゴレの血を継いでいる事は極秘事項だ。
既にボンゴレの血脈からは独立しており、後継者の価値を失っている。
しかし、ティルは違う。
実子ではないにせよ、9代目の息子であるXANXUSの子だからだ。
「10代目は沢田綱吉―――あなたが継ぐべきなのよ。それで、全てが解決する」
コウは憂いを浮かべながらXANXUSに手を伸ばした。
彼は、そっと頬に触れるコウを見上げる。
わかっていた―――彼女がこの戦いに手を貸さないことくらい。
彼女は全ての事実を9代目の口から説明されている。
XANXUSが何を思って今回の行動を起こしたのか、理解できているだろう。
たとえ納得は出来ないとしても。
表情を歪ませているのは、XANXUSが傷ついているからなのか、それとも9代目の件を知っているからなのか。
身体を起こす事もできず彼女を見上げた彼は、やがて奥歯を噛み締めつつ瞼を伏せる。
09.12.19