Bloody rose
その日のXANXUSは酷く荒れていた。
執務室は彼の八つ当たりを受けた物たちが散乱していて、足の踏み場が極端に少なくなっている。
窓ガラスは割れ、発注した特殊ガラスは既に13枚。
「こんなガキが10代目!?老いぼれが…っ!!」
事の発端は、XANXUSに届けられた報告書。
その中には、9代目の後継者候補だった三人が既に死亡している事が書かれていた。
そして、その代わりに後継者として候補に挙がったのが、日本に住む13歳の少年だと知ったのだ。
後継者候補三人が消えた今、本来ならば9代目の息子であるXANXUSにその権利が与えられる。
しかし、彼は9代目の養子であり、9代目との血の繋がりはない。
どこをどう転ぼうとも、彼がボンゴレ10代目となる事はありえなかった。
そうなるものとして疑わず育ち、当然だと思っていた権利が足元から崩れさる。
そうして、引き起こされたボンゴレ史上最大のクーデター“ゆりかご”。
9代目殺害が失敗に終わり、XANXUSは氷漬けにされた。
そして、漸く解放された今―――再び、彼の中でやり場のない憤りが膨張する。
「XANXUS様。少し、落ち着いてください」
飛び散ったガラス片の大きいものを部屋の隅へと蹴っておく。
本当ならばメイドに片付けを頼みたいのだが、こうなったXANXUSに近付けば最悪命が危険にさらされる。
「…コウ」
「はい」
「ティルと一緒にこれを片付けてこい」
何故、突然任務の話になるのか。
コウは疑問符を抱きつつ、乱暴に突き出されているそれを受け取る。
その内容にざっと目を通した彼女は、それがどの程度の期間にわたる任務なのかを計算した。
「半月ほどかかると思いますけれど」
「構わん。必要な人数を連れていけ」
「…わかりました」
理由がある事には気付いていたが、今の彼女にはそれを問う事は出来なかった。
彼が自分をこの場から離そうとしているのならば、それに従おう。
いずれ…時が来れば、きっとその理由を知る事になるだろうから。
「母さん、あの…少し、いいですか?」
偶然にも執務室に顔を出したティルが、控えめに声をかける。
室内の荒れ模様に声をかけて良いものかと悩んだようだ。
大丈夫よ、と安心させるように微笑み、彼を手招きする。
「ボスから任務を受けたわ。初めてだけれど…私も一緒だから」
「任務…」
「内容を読んでおきなさいね」
「…はい」
自分は目を通してしまった書類をティルに手渡す。
少し難しい内容もあるかもしれないけれど、わからなければ誰かに尋ねるだろう。
「それで?どうしたの?」
「あの…」
口籠ったティルの目が、ちらりとXANXUSを見る。
どうやら、コウではなくXANXUSに用があるらしい。
幼い息子は、突然現れた父の存在をすんなりとは受け入れられず、どうしても構えてしまうようだ。
無理もないとは思うけれど、出来るだけ早くなれて欲しいとも思う。
恐がるようにしながらもこうして彼の元を訪ねてくる程度には、歩み寄ろうとしているようだから。
「父さん、あの…俺…」
声をかける事を躊躇っているのではなく、言葉を探しているように見える。
急かすわけでもなくじっとティルの言葉を待つXANXUSは無言。
睨みつけているように見えるがこれは素の表情であり、更に言うといつもよりはほんの少しだけ柔らかい。
少しずつだが、彼も“父親”になってきているのだと…彼自身は気付いているだろうか。
「どうしたの?」
「………これ…」
そんな頼りない声と共に、そっと両手が差し出される。
その手の平には何も乗っておらず、コウが首を傾げようとした、その時。
彼の手に、炎が宿った。
「それ、は…」
コウとXANXUSの目が驚きに染まる。
あり得ない話ではないけれど、まさか息子にまでそれが遺伝しているとは思わなかった。
憤怒の炎―――XANXUSが生まれながらにして宿していて、彼が9代目の養子となった理由。
「いつからだ?」
XANXUSが低い声で問う。
「今日…さっき」
何が理由だったのかはわからない。
本当に突然だったのだと、ティルはしどろもどろにそう説明した。
「XANXUS様…どうしますか?」
コウは炎を扱えない。
だから、こんな時にどうすればいいのかわからないのだ。
これからを問う彼女に、XANXUSは腕を組んでティルを見下ろした。
「ティルの初任務は次回に持ち越す。単独でいけるか?」
「ええ、構いません。半月の期間がいただければ」
「ティル。お前に憤怒の炎の使い方を教える。二週間で完璧に覚えろ」
「は、はい!」
ティルがパッと表情を輝かせた。
得体のしれない力に不安だったのかもしれない。
そして何より、彼から教えてもらえると言う事実に喜んだのだろう。
体術だけであれば、ルッスーリアが能力的に高い。
剣術はスクアーロ、銃器の扱いはコウが長けている。
殺人術や幻術に関してはベルフェゴールとマーモンだが、彼らは気が向いた時しか教えない。
レヴィはXANXUSに似たティルを気に入っており、その勢いにティルの方が引いてしまっていた。
能力的に師を選んだ場合、総合的に能力が高いXANXUSが手を出す必要がなかったのだ。
だからこそ、ティルは喜んでいる―――他でもない、父が教えてくれると言う事に。
そんな彼の姿を見たコウは、小さく笑みを浮かべた。
「準備してきます!」
炎を消したティルが慌しく部屋を出て行った。
いつも落ち着いて行動しなさいと言っているのだが、注意する暇もない。
「…明日からだと言っておけ」
「わかりました」
今日急になど、XANXUSの予定も立たないだろう。
苦笑を浮かべて頷いたコウは、ふと疑問を口にした。
「憤怒の炎は遺伝するものだったんですか?」
「俺は知らん」
素っ気無い返事だが、コウにはそれで十分だ。
そうですか、と頷いた彼女は、床に落とされた任務の書類を拾い上げる。
「私も明日、出発します」
「コウ」
退室しようとしたコウは、呼ばれるままに振り向いた。
窓の方を向いたXANXUSの背中が目に入る。
「俺は優しくはない」
告げられた意味を理解するのに、少しばかり時間が必要だった。
しかし、彼が何を言わんとしているのかを察した彼女は、クスリと笑う。
「私も、訓練の時には何度も泣かせました。大丈夫、あの子は強い―――あなたの、子ですから」
普通の子供だったならば、弱すぎてXANXUSが何かを教えることなど出来なかったかもしれない。
けれど、ティルには幼い頃から色々な事を教えてきた。
今はヴァリアー以外ではさほど知られていないけれど、彼はXANXUSの子供。
何がどうなって命を狙われる事になるかわからない。
コウ自身も命を懸けることが多い中、いつ彼をひとりにしてしまうかわからなかった。
だからこそ、力を付けさせたのだ。
今までずっと、厳しすぎる訓練を乗り越えてきた。
手加減をしないXANXUSが相手でも、壊れてしまう事はないだろう。
大丈夫だと―――コウは、強く頷いた。
09.12.06