Bloody rose
見下ろすXANXUS、見上げるティル。
両者共に、無言。
どちらも中々に目付きが悪く、況してやティルは子供。
10歳に満たない子供の目付きとしては、少し…いや、かなり将来に不安を覚える。
XANXUSで慣れてしまっていたコウは、あまり気にしていないようだが。
一種独特の緊張感がその場を支配しており、二人を見守るメンバーにもその空気が伝わる。
その時、ふとXANXUSが何かに気付いた。
スッと腕を伸ばす彼に、半ば条件反射的に身を引くティル。
だが、それを許さないXANXUSの手により、顎を掴まれた。
その様子を見ていたスクアーロが一歩踏み出そうとする。
XANXUSは弱者を甚振る趣味はないが、子供に優しい人間ではないと知っているからだ。
しかし、コウがそれを止めた。
「大丈夫だから」
にこりと微笑んだ彼女に心配の色はない。
少し悩んだ末、スクアーロは状況を見守る事にしたようだ。
XANXUSは掴んだティルの顎を、ぐいと横を向かせる。
耳の少し下に、覚えのある痣が見えた。
コウの身体にもまた、その痣がある。
血筋なのだと話していた事を思い出しながら、XANXUSはティルを見下ろした。
容姿はXANXUSの血が濃すぎたのか、彼女の血は殆ど見えない。
けれど、この痣があると言う事は、ティルは間違いなくコウの血を受け継いでいる。
XANXUSは目を細め、手を離して彼を解放した。
「コウ」
「はい?」
呼ばれたコウが首を傾げると、彼は何も答えずに執務室へと歩き出す。
恐らく、ヴァリアーの現状を聞くと言っているのだろう。
相変わらず何も言わない彼に懐かしさを覚えた。
「ティル。いつものように訓練に参加しなさいね」
「はい、母さん」
未だに緊張の残る息子の頭を撫でてから、スクアーロに彼を頼んでいく。
そして、廊下の先を歩いているXANXUSの背中を追った。
「…あの人、いつもあんな凶悪な顔なの?」
二人が去って、ぽつりとそう呟いたティル。
「…お前も似たような顔だぞ」
「でも、ボスよりは多少可愛げがあるじゃん?」
「もう!スクアーロもベルも、酷いじゃない。こんな可愛いティルを捕まえてそんな事を言うなんて」
可愛いから安心しなさい、と言うルッスーリアだが、正直、彼に言われても素直に喜べない。
ティルは複雑そうな表情を浮かべた。
「それにしても…似てると思ってたけど、ああして並んでると、やっぱり違うんだね」
XANXUSとティルのツーショットを思い出しながら、マーモンがそう言った。
確かに、と思うメンバー。
XANXUSの血を疑う事も出来ないほどに似ているのだが、やはり本人とは違う。
あくまで似ていると言う領域を出ない。
好きに話を始める彼らの傍らで、ティルは廊下の向こうを見つめた。
「……………」
「どうしたの?」
ティルの様子に気付いたルッスーリアが問いかける。
「…母さん、笑ってた」
今まで見てきたどの表情とも違う。
安心、信頼―――他にも、ティルが知らぬ感情が、沢山含まれていると感じた。
「…コウはずっと待っていたからね…。あなたは寂しいだろうけど」
「…寂しくないし」
寂しい、とは少し違う。
あんな風に笑う人なんだと―――まるで、彼女が知らない人に見えただけ。
「コウはあなたのお蔭でボスが帰って来るのを待っていられたのよ」
ルッスーリアが強すぎる力でティルの頭をぽんと撫でた。
首が変な音を立てた気がするけれど、まぁ大丈夫だろう。
「妊娠が発覚するまでの…2ヶ月くらいかしら。
あの時は、このまま無茶をし続けて死ぬんじゃないかと思っていたわ」
待っているのだと言っていたけれど、我武者羅に走り続ける彼女は、近い内に身体を壊していただろう。
ティルの存在が、彼女にブレーキの役割を果たしていた。
「さて、と。ちょっと、あんた達!喧嘩なら外でやりなさいよ!ボスが帰ってきたんだから怒られるわよ!!」
何がどう発展したのかは知らないけれど、自分の得物を取り出している三人。
呆れたように止めに入ったルッスーリアの言葉に、思い出したように執務室の方を見る。
だが、幸い喧騒はそこまでは届かなかったようだ。
「そう言えば、レヴィはどうしたの?ボスの近くに居なかったけど」
「…医務室だ。朝一番から奴のところに押しかけやがったらしい」
それは馬鹿だろう―――その場に居た、全員がそう思う。
ティルですら納得できた。
「…と、とにかく…レヴィの分は、コウが上手く割り振ってくれるわね。さ、訓練に行くわよ、ティル」
「ん」
彼がティルを引き連れてそこを離れ、他のメンバーも一人また一人と動き出す。
やがて、そこは無人の場所となった。
「―――――」
椅子に腰を下ろし、デスクに足を乗せてペラペラと紙束を読み進めるXANXUS。
彼の足の邪魔になりそうだった書類の山を腕に抱え、本棚へと移動する。
近くのテーブルの上に置いたそれを、本棚から取り出したファイルに挟んでいった。
そうして整理を終えたコウが、デスクの方を振り向く。
彼は先程と同じ格好のまま、そこにいた。
数年分のそれに目を通す彼の表情は真剣そのものだ。
はらり、と伸びた黒髪が彼の頬に掛かる。
その姿を眺めていたコウは、やがてゆっくりと動き出した。
彼の横を通る時、ちらりと視線が自分を見上げた事に気付く。
しかし何も言わず、すぐに書面へと戻される視線。
コウはそのままXANXUSの後ろにまわって、指先で彼の邪魔をしている髪を纏める。
纏めてから束ねるものがないことに気付き、少しだけ悩んでから自身の髪を束ねるそれを解いた。
「ベルトリーノの連中、動いたんだな」
「ええ。三年ほど前に。どこからかXANXUS様が表に出ていないことを聞きつけて」
ヴァリアーに手を出してきました、と続け、まるで昨日の事のように説明する。
よくここまで上手く組織化したものだ。
元々、ヴァリアーはボンゴレ内でも独立していて、辛うじて組織図が出来る程度のものだった。
それが、きちんと整理されているらしい。
「―――で、そのベルトリーノを傘下に招いたのか」
「上がそう望んだので、後始末は向こうに任せました。いけませんでしたか?
もし、駄目なら…今更ですが、片を付けてきますけれど」
ここで一言肯定すれば、明後日にはファミリーが壊滅するだろう。
少なくとも、それだけの実力は十分に持っている彼女だ。
ヴァリアーをまとめ、自分も任務に赴きながら、子供を育てたと言うのか。
女と言うものは、つくづく強い生き物だと思う。
「あのガキには―――」
「ティルです」
「………ティルには、どこまで教えてある?」
「…一通り、でしょうか」
何かに集中するのではなく、全般的なところを教えている最中だ。
その中から突出してきた能力を磨けばいいと考えていた。
そうか、と頷いた後は何も言わない彼。
その横顔を見つめながら、コウは何かを言おうとして…やめた。
漠然とした何かを感じている。
けれど、それを聞く時は今ではないと、そう思った。
09.10.26