Bloody rose

本当に久しぶりに、任務に出た。
隊員に任務を割り振ったり報告書を処理したり、上からの文句を聞いたり。
ストレスで胃に穴が開きそうな事も、ひたすら無心で進めてきた。
それだけに、久々の前線のピンと張り詰めた空気は、コウにとってはいっそ心地よさすら感じさせたのだ。
すぅ、と肌寒い空気を吸ってから、腰から提げた愛銃ではなく、背中に背負ったバッグに手をかける。
黒いバッグの中から出てきたのは、遠距離用のライフルだ。
音一つも立てずに手早くそれを組み立てた彼女は、その場に膝を着き、体勢を整える。
ライフルのスコープを覗けば、今回のターゲットが見えた。
スコープの中心に男が移動したその時を逃すことなく、迷いのない動きで引き金を引く。
かなりの衝撃と共に撃ち放たれた弾丸が真っ直ぐな軌道を描きながら飛距離を伸ばす。
数秒を置いて、男に着弾したのがスコープ越しに見えた。
これで任務は完了。
なんて、簡単すぎる任務だろうか。
身体を動かすどころか、動かしたのは指先一つ。
正直、ここに来るまでの移動の方が時間を使っている。

―――この程度では、胸の蟠りが晴れる事はなさそうね。

任務を割り振っているのだから、どうせならばベルフェゴールが好みそうな派手なものを用意すればよかった。
そんな事を考えながら、ライフルを解体してバッグの中に戻す。
運転要員として連れて来たスクアーロも、暇を持て余す時間すらなかっただろう。

「…もう終わったのか?」
「ええ」

ライフルを後部座席に放り込んで、ホルダーを外しながら助手席に乗り込む。
スクアーロは彼女と何度か組んでいて、任務完了の早さは知っているから、今更驚いたりはしない。
切っていたエンジンをかけ、律儀にもシートベルトを締める彼。
それに倣うようにしてカチッとシートベルトを嵌めた彼女は、銃を膝の上に載せてから窓の外を見た。
ボスが撃たれた情報が伝えられたのか、屋敷が騒がしくなっている。
それを尻目に、車はスムーズに走り出した。













「ねぇ、スクアーロ」
「何だぁ?」
「私ね―――」

声をかけてきたコウは、その続きを紡ごうとしなかった。
不思議に思い、ちらりと彼女を横目に見たけれど、窓の外を見つめている彼女はこちらには気付かない。
何を考えているのだろうか。

「妊娠したの」

思わず、ブレーキを踏んだ。
キキィ!と耳障りな音を立てて車が停止する。
何となく読んでいたのか、彼女は特に驚く事もなく、普通の停止と変わらない様子を見せていた。

「おま…いくつだぁ!?」
「この間17になったところね」
「早過ぎだろぉ!!」
「免許も取らずに車を運転しているあなたに年齢の事を言われたくないけど」

淡々と答える彼女に、何なんだ、この女は、と思う。
まるで昨夜の夕食のメニューの話をしているかのような落ち着きようだ。
いや、落ち着いていると言うよりは―――

「…誰の子だ?」
「XANXUS様以外にありえないでしょう」

馬鹿にしないでちょうだい、と呟かれた。
確かに、当たり前のことを聞いた。
彼女がXANXUSに盲目的なのは、誰の目から見ても明らかだ。
いや、割と淡白な付き合いだったから、気付いていない人間も居る事には居るだろうけれど。
少なくとも、幹部は全員知っていて、そして理解している。
彼女が別の男の子供など…妊娠したとわかった瞬間に、いや、そんな状況になった時点で死んでいるだろう。
まるで爆弾のような発言をしてくれた彼女は、相変わらずこちらを向いていない。
しかし、心なしか…握った手が、震えている。

「………どうする気だ?」
「……………」

彼女は落ち着いているのではない。
受け止めきれずに、考える事そのものを放棄している。
たとえそれが、僅かな間のものだったとしても。

「……………」

結婚も許されている年齢だ。
愛人の子ではなく、いずれは夫となるであろう者の子。
マフィア的には問題はない。
問題なのは、彼女自身だ。

「…どう、しようかしらね」

顔を動かした彼女が、自身の膝の上へと視線を落とす。
白い指先が撫でるのは、自分の銃に重なるようにして置かれている彼の銃。
その横顔を見て、あぁ、と心の中で納得する。
彼女は、どうしよう、などと悩んではいない。
彼女の中で、既に“それ”は決定事項なのだ。
スクアーロはゆっくりと前を向いた。
あんな風に急停車しても誰にも迷惑をかけないような、山の中の道。
車のライトの照らす場所以外は殆ど闇と言っても過言ではない。
そんな中を、ゆっくりと走り出した車。

「XANXUSも迂闊だったな」
「たぶん、それを本人に言ったら殴られるわよ」

彼女から苦笑が零れた。
今の彼女には、恐らく言葉は必要ない。
必要ないのだ―――スクアーロの言葉は。

「ねぇ、少し…寄り道をして欲しいんだけど」

彼女の願いにより、車はアジトへの道ではなく、本部への道へと曲がった。











コウは、ここに入る事を許されている、唯一の人物。
渡されたカードキーを通し、開いたドアを潜り抜けた先の階段を下りていく。
カツン、カツンと靴音が響く。
そうして進んだ先に、“彼”が居た。

「…XANXUS様」

返事どころか、視線一つも向けられないのだと理解しながらも、その名を紡ぐ。
氷に触れた指先に、ひんやりとした感触が伝わった。

「あなたが居ない間に一人で決めてしまう事―――許して欲しいとは、言いませんから」

だから、謝りません。
懺悔のようにそう呟いた。
自分が選んだ道を、彼はどう思うのだろうか。
今はまだ知る術はないけれど…出来る事ならば、受け入れて欲しいと思う。
今のコウに選べる道は、本当に限られていたから。

09.10.16