Bloody rose
医務室を訪れたコウは、そこで簡単に症状を説明した。
話が進むうちに、医師の表情に変化が見える。
考えるように顎に手を当てた彼は、やがて座るコウを見据え、こう言った。
「今からいくつか質問をします。少し踏み込んだ内容もありますけれど、出来るだけ正確に答えてください」
「…ええ」
そして、医師からの質問が始まった。
前置き通り、あまり聞かれたくない内容もあったが、医師の質問だからと割り切って答えて行く。
急ぐわけでもなく、落ち着いたペースで進んだそれは、時間にすれば5分程度で終わった。
「―――なるほど…ありがとうございました」
コウの答えを書き留めていたペンを置き、ふむ、と頷く彼。
「本部の医療機関で検査を受けた方が良いでしょう。手配しますので、予定の開けられる日を―――」
「え、待って。検査って…何か、深刻なの?」
深刻な病気だとすると、大問題だ。
漸く動き出したヴァリアーは、まだ誰かに預けられるような状況ではない。
今は病に伏している場合ではないのだ。
「…可能性でしかありません。私の専門外ですので」
医師はそう言って、明確な返答を避けた。
「…検査は早い方がいいのね?」
「はい、早いに越したことはありません」
「…では、今日。無理であれば明日、時間を取るわ」
「わかりました。明日のご都合のよい時間は?」
「朝から」
椅子をくるりと回し、デスクの上のパソコンに向き直る医師。
コウは、カタカタとキーを操作していく彼の横顔から視線を外す。
ふぅ、と息を吐き出した。
―――どうしたと言うのだろうか。
今までの健康診断では、悪い所などなかった。
お世辞にも規則正しい生活をしているとは言えないけれど、病気をするほどではないと思っている。
コウがそうだとすると、ヴァリアー所属の何割がそうなってしまうのか。
「コウ様、返事が来ました。体調が悪くなければ、今日の夕方で如何ですか?」
「構わない、と」
「わかりました。車を手配します。準備が出来次第、ご連絡を差し上げますので、自室で休まれては?」
「ええ。そうするわ。ありがとう」
貧血にならないようにとゆっくり立ち上がり、医務室を後にする。
ヴァリアーの医師は、基本は外科専門。
毒などの治療もあり得るので、恐らく内科の知識も持っているだろう。
それ以外となると―――どういう状況なのだろうか。
応急手当以外の知識にはあまり明るくないコウは、廊下を歩きながら頭を悩ませた。
彼女が悩んだ所でどうなるものでもないけれど。
車で数十分揺られ、ボンゴレの本部医療機関に到着した。
既に連絡が通っていたのか、顔パスで検査室へと案内される。
そこで行われる検査を受けながら、コウは自分が何の検査を受けているのかを朧気に理解した。
まさか、と言う思いがあるけれど、それを完全否定できる要因を持ち合わせていない。
コウには、されるがままにする他の道など見えてはいなかった。
検査後、応接室のような部屋へと案内されたコウは、出された紅茶にほっと肩の力を抜いていた。
この結果によっては、自分の生活は大きく変化するだろう。
そう思うと、今すぐにでもこの場所から逃げ出したくなった。
けれど。
「…逃げるなんて…」
検査の時ですら、手の届くところに置いていたそれをゆっくりと膝の上に乗せる。
一つは、使い慣れた自分の銃。
そしてもう一つ―――XANXUSの銃。
扱う事すら出来ないのに、手の届かない場所に置いていられない。
彼自身ではないけれど、彼の物だという現実が、コウを支えてくれていた。
―――逃げる事など許されない。
彼の銃を抱き締めた指先は、小さく震えていた。
「コウさんですね。初めまして」
ドアを開いて部屋の中に入ってきたのは、女性の医師だった。
赤いフレームの眼鏡が知的な顔によく似合っている。
「恐らく、検査の内容で何を調べていたのかはわかっていると思いますけど…」
「…はい」
「よかった」
にこりと微笑んだ彼女はコウの向かい側に腰を下ろし、持ってきたファイルを開いた。
コウのプロフィールでも書かれているのだろうか。
17歳ね、と言う呟きが聞こえた。
上から下まで時間をかけて目を通した彼女が、ペラリとそれを捲る。
「これからいくつか、重要な事をお話します」
「………はい」
「…そんなこの世の終わりみたいな顔で緊張して聞いて欲しくはないんですけど…まぁ、仕方ありませんね」
彼女の状況を考えれば、致し方ないのかもしれない。
医師はこの部屋に来る前に、既に連絡を受けていたらしい9代目から、直接電話がかかってきた。
今回の一件を他言せぬようにと注意を受けている。
随分と大事にしている娘らしい、と思ったが、彼女を取り巻く環境を聞き、納得できた。
こんな、少女から抜け切らぬ年の娘が、あのヴァリアーでボス代理として働いているとは。
見た目で判断できない世界を生きて十数年になるけれど、それでも驚いたものだ。
医師は理解していた。
今から彼女に告げる言葉が、彼女をより追い詰める事になるものだと。
しかし、それを告げずには居られない。
彼女は、人の命を預かる医師だからだ。
「さて…本題に入りましょうか」
コウの緊張を少しでも和らげようと、明るい声を発した。
効果は―――期待できなかったけれど。
09.10.14