Bloody rose

「コウ~。任務ちょーだい」

ノックも何もなくドアを開いた人物は、開口一番そう言った。
宣言通りに表の事をスクアーロに任せたコウは、雑務全般を担っている。
クーデターの被害は大きく、未だ前線に戻れないメンバーも多い。
人手不足は否めなかった。

「ベル。その件は後で聞くわ」
「あれ、取り込み中?」

一触即発と思しき室内の空気に、きょとんとした声を上げる。
広いデスクを挟むようにして前に立つ背中は、殺気が溢れているように見えた。

「だから―――その話は、もう三週間も前に終わっているはずよ。いい加減にして」

雰囲気を破壊しそうなベルフェゴールはこの際無視する事にしたのか、彼女はその人物に向き直った。
とりあえず口を噤んで彼女のところへと歩いたベルフェゴール。
人物を追い越す際に、漸くそれがレヴィである事を知った。

「何、また揉めてんの?ガキみてー」
「な…!どこがガキだ!!ボス以外の命令を聞く気はないと言っているだけだ!」
「その話、もう耳タコなんだけど。大体コウから説明聞いたじゃん。納得してねーの?」
「納得しているわけがない!!」

その内血管の一つも切れそうなくらい憤慨した様子に、コウは溜め息を吐き出した。
ベルフェゴールの登場により、より一層彼の怒りゲージが上昇したような気がする。

「何でコウの命令は聞けないわけ?惚れた女の事なんだし、聞いてやれよ」
「ほ…惚れておらん!!」
「一番初めにコウを見た時に気色悪いくらいに頬を赤くしてたヤツの台詞じゃねーし」
「~~~~~~っ!!」
「…ベル。少し黙っていてくれる?話がややこしくなるわ」

座ったまま口を挟めずに居たコウが、漸く彼らの会話を止めた。
これ以上は、本当にレヴィの血管がぶち切れそうだ。
コウの言葉に、へいへい、と気の抜けた答えを返した彼は、そのまま彼女の斜め後ろの位置を陣取った。
頭の後ろで腕を組み、そこから動く素振りのない彼。
どうやら、事の決着を見守るつもりらしい。

「…何度も言っているけれど、ヴァリアーは人手不足なの。今更新しい人員を望んでも遅い。
数少ない戦力としてあなたの力が必要なのよ、レヴィ」

静かな彼女の言葉に、レヴィはぐっと言葉を詰まらせた。
奥歯を噛み締める頬が赤いのは気のせいだろうか。
後ろでベルフェゴールが笑っている事から、たぶん気のせいではないのだろう。

「し、かし!ボスの命令以外は聞かん!」
「命令を聞かなくていいから、任務は全うしてほしいと頼んでいるの」
「貴様からの任務も受けん!」
「だから、スクアーロ経由で任務を渡しているでしょう。
一々私のところに文句を言いに来るから、顔を合わせる羽目になるのよ」
「ヤツも気に入らん!!」

どうしろと言うのだ。
あれは嫌だこれも嫌だ、では埒が明かない。
コウは頭痛を覚え、額に手を当てた。

「大体、何故幹部でもなくボスと関係もない貴様が代理をしている!?」

大声でそう言い切ると、室内に沈黙が降りた。

「………マジで言ってんの、それ?」

ベルフェゴールは呆気に取られた様子で、零れ落とすようにそう言った。

「ボスと関係ないって…えー?コウ、説明してたじゃん。俺も最初は信じらんなかったけどさ」
「は?説明…?」
「…あぁ、思い出したわ。その説明の時にも憤慨して部屋を飛び出していったから…聞いてなかったのね」

話した気になっていた、と自らを反省する。
何の関係もなく、幹部でもない女がヴァリアーを仕切れば、腹を立てるのも当然だ。
彼の憤りの理由の一つを垣間見て、コウは溜め息を吐き出した。

「ボスの婚約者」
「……………何?」
「だから、コウはボスの婚約者。関係ないどころか行く行くはボスの奥方サマ」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」

三種三様の表情を浮かべながら、沈黙。
さて、どうしようか。
そう考えたところで、レヴィの身体が震えている事に気付いた。
思わず声をかけようと口を開いたと同時に、彼が行動を起こす。

「ぅおおおおおおっ!!」

低く唸るような声と共に、部屋のドアを吹き飛ばすようにして飛び出していく彼。
声をかけようとしたままぽかんと口を開き、それを見送ってしまった。

「…何事?」
「儚く散った淡い恋心ってヤツじゃねーの?ぶはっ!!似合わねーっ!!!」

壁を叩いて腹を抱えているベルフェゴール。
溜め息を一つ零してからドアの方を見れば、両開きのそれは蝶番が壊れたのか開きっぱなしになっていた。
開け放たれた廊下には、鼻を押さえて座り込んでいるスクアーロが居た。
恐らく、勢いよく開かれたドアが彼の鼻にぶち当たったのだろう、相変わらず運の悪い男だ。
その両側から、ひょいと顔を覗かせる幹部のメンバー達。
どうやら全員で聞き耳を立てていたらしい。
コウはゆっくりと椅子から腰を上げた。

「レヴィは相変わらず短気ねぇ。ボスのためを思えば任務の一つや二つや三つは簡単でしょうに」
「ボス一筋って事でしょう」

ルッスーリアが差し出してきた書類を受け取り、ザッと目を通す。
彼の報告書は大抵不足もなく処理できるからありがたい。

「僕の任務も終わったよ」
「ええ、お疲れ様。―――…人数はまぁ仕方ないとして…ターゲットの生死確認は確実にと話したと思うけど」
「ちゃんとしてあるよ」
「そう、それならいいわ」

マーモンのそれを受け取り、目を通して不足を告げる。
彼の場合は、若干説明が足りていない程度。

「スクアーロ」
「何だぁ?」
「…とりあえず…鼻は大丈夫?」
「…気にするな」
「そう。…で、この報告書だけれど…いつも言うように、もう少し丁寧に扱って」

報告書は翌日でも大丈夫だから、身体を綺麗にしてから書いて、と頼む。
任務が終わったその足で報告書を仕上げるものだから、紙面が酷く汚れているのだ。
おまけに文面も雑で、読むと言うよりは解読に近い。
指摘を受けた彼は、やや不満ながらも、おぉ、と頷いた。
改善されるのはいつになる事やら。

「なー、コウ。任務ちょーだい」
「あぁ、そうだったわね。じゃあ…南に行ってくれる?詳しい事はこれを読んで」
「どんな任務?」
「人数は少ないけど、腕はいい相手。楽しめると思うわ」
「さっすがコウ!よーくわかってんじゃん」

コウ好きー、と頬にキスを送ってくる彼にも慣れた。
はいはい、と跳ねた髪を撫でてから書類を渡し、ベルフェゴールを送り出す。
大きな弟が居る気分だ。
マーモン、スクアーロも部屋を出て、コウは椅子に座る。

「コウ、あなた顔色が悪いわよ。ちゃんと休んでるの?」
「大丈夫よ、ルッス」
「そう言うなら何も言わないけど…」
「ええ、そうね」

わかっているわ、と答えながら、指先で軽く挟み込むようにして眉間を揉む。
未だクーデターの始末に追われていて、ゆっくりと休む暇などない。
疲労が蓄積されている事は理解しているけれど、だからと言って手を抜くわけには行かないのだ。
今気を抜いてしまえば、ヴァリアーが足元から崩れてしまう。

「もう少しで基盤が出来そうだから…」
「無理は禁物よ。ボスが帰ってくる前にあなたが潰れたんじゃ、本末転倒なんだから」
「そうね。…ありがとう」

そう答えた声は、先程とは違ってとても疲れているようだった。

09.09.23