Bloody rose
「…スクアーロ」
部屋に入るなり、飛んできた本を手で受け止め、諌めるように彼の名を呼ぶ。
すると、暴れていたスクアーロは、ぴたりとその動きを止めた。
体中に巻かれた包帯が痛々しい。
「子供みたいに癇癪を起こさないで、ちゃんと治療を受けて。あなたには早く仕事に戻ってもらわないと困るの」
不自然に持ち上げていた腰を、乱暴にベッドに戻す。
スラスラと紡がれるコウの言葉に、スクアーロは怪訝そうな表情を見せた。
まるで、別人のようだと思った。
いつもの、仕事と普段を切り分けるためのルージュを使う変化ではない。
姿はそのまま普段の彼女であるはずなのに、その身に纏う空気は仕事中のそれだ。
スクアーロの戸惑いに答えるように、コウが彼のベッドへと近付いた。
「知らないでしょうから、言っておくわ。
ヴァリアーには、今まで通りの活動を続けてもらいます―――私の、監視下で」
「あ゛ぁ?」
「今回のクーデターは、既に内密に処理されたわ。
傷が癒え次第、あなたにも通常任務を回すから、そのつもりでいて」
「ま、待て!まさか、てめぇ何も知らねぇのかぁ!?」
次から次へと言葉を紡ぎだすコウを留めるように声を上げる。
スクアーロは、コウが何も知らずにそんな行動を取っていると勘違いしたようだ。
コウは僅かに目を細め、彼と向き合う。
「…全てを知っているといっても間違いではないわ。その上で、発言しているのだから」
「―――っ!!連中に取り入ってXANXUSの後釜に座りやがったのか!?」
そう怒鳴ったスクアーロの手が、コウの首を掴む。
そのままベッド脇の壁へと押し付けた彼の眼に浮かんでいる感情は、怒りだ。
けれど、それは全てがコウに向けられているものには思えなかった。
彼は怒っている。
XANXUSがああなってしまう前に救う事が出来なかった、自分自身に対して。
コウは首を絞めるスクアーロの手を掴み、ぐいと筋を指圧する。
僅かに指の力が緩んだのを機にそこを抜け出し、勢いに任せて彼の足を払って床へとなぎ倒した。
うつ伏せにした背中に彼の腕を回して拘束し、息を吐き出す。
「あなたの下に甘んじていたからと言って、実力が劣っているわけじゃない。
況してや、満身創痍の現状で…私に勝てるなんて、思わないで」
剣の腕は彼には到底叶わない。
けれど、コウには幼少期より培われた英才教育的な技術がある。
あっさりと彼女に負けてしまったスクアーロは、ギリッと唇を噛み締めた。
そんな彼を見下ろしてから、コウはゆっくりとその腕を解放し、背中から降りる。
部屋の中に沈黙が訪れた。
「―――…守りたいのよ。XANXUS様が作り上げたもの、このまま壊されたくない」
事実を知る者からは、ヴァリアーを解散すべきとの声も上がった。
現実に、ヴァリアーの大半が今回のクーデターに参加しており、それぞれに怪我を負って前線を離れている。
上からの声を黙らせるには、それなりの位置に居る者が立ち上がらなければならない。
クーデターに参加しておらず、9代目が認める人物がヴァリアーをまとめなければならなかったのだ。
「何も知らない誰かに任せるくらいならば、私が立ち上がる。
関わる事を許されなかった私には、これくらいしか出来ないじゃない…っ!」
それすら望まれていないかもしれない。
自己満足でしかない事はわかっているけれど、それでも守りたいと思ってしまったのだ。
僅かながらも声を荒らげた彼女の腰の辺りから、何かがするりと落ちた。
ガシャン、と床を滑ったそれは、スクアーロにも見覚えがある。
「…コウ…お前…」
床に座り込んでいたスクアーロの表情が変わった。
彼女は無言で床に落ちてしまったそれを拾い上げる。
銃身にXの刻まれた、XANXUSの銃をその腕に抱き、唇を結ぶ彼女。
何を馬鹿な事を疑っていたのだろうか。
XANXUSが命じただけで、迷いなく自らの腕を打ち抜くような彼女だ。
疑う必要など、どこにあったのか。
「9代目の協力で、私が代理としてヴァリアーを纏める事は、既に決定しているの」
「…そうか」
「女の私では、実力を認められても納得できない人は居る。
だから…私は、裏に徹するわ。表はあなたに任せたい」
実質No.2だったスクアーロが立ち上がるのならば、反対の声も少ないだろう。
今の状況でヴァリアー内での問題は避けたいコウにとって、スクアーロの存在は重要だ。
コウは口を噤んで彼の答えを待った。
「…XANXUSが居なくても、ヴァリアーに残るのか?」
「…9代目にも同じような事を言われたわ。“関係を白紙に戻す事もできる”って。
でも、私はそんな事を望んでいない。だって…約束したもの」
―――待ってろ。
必ず帰ってくるとは言ってくれなかった。
何も話してくれなかった。
けれど、待っている事だけは許されたのだ。
コウの様子を見たスクアーロは、静かに溜め息を吐き出した。
XANXUSが彼女に何も言わなかったのは、巻き込まずに片を付けてしまうつもりだったからだろう。
それなのに、彼女は自らそれに関わってくるつもりらしい。
こう言うのを、一途とでも言うのだろうか。
そう考えてから、ヴァリアーの人間には似合わない言葉だな、と心中で笑い飛ばす。
「…手伝ってやる」
スクアーロの返事を聞いたコウは、安心したように微笑んだ。
「で、具体的に何をさせる気だぁ?」
「XANXUS様と同じ事を」
漸く痛みを思い出したスクアーロは、大人しくベッドに戻った。
治療を受けることにも納得し、既に今日の分の医療チームからの処置を受けた。
その間もずっと部屋の中に居たコウに、一段落したスクアーロが問いかける。
返ってきた答えはあまりにも大雑把過ぎた。
「…唯我独尊、傍若無人に振舞ってればいいのか?」
「そんなわけないでしょう。会議やヴァリアー内部の小競り合いの後始末。後は…適当に、任務についてもらう。
本部への報告は私がするから、気にしなくていい」
「…面倒くせぇな」
「それでも、XANXUS様はやっていたわよ。………それなりに」
仕事を溜め込んではコウを呼び出していたのだから、ちゃんと、とは言えないかも知れない。
とにかく、と彼女が声を改めた。
「出来る限り補助するから、殆ど今まで通りと思ってくれて構わない。幹部の…何人かには、話しておくつもり」
全員ではないのは、コウに良い印象を持っていないメンバーの事だろう。
贔屓なくというか、無関心なメンバーには話しておくらしい。
妥当なところだな、と思った。
「ま、頑張ってみろ」
「もちろん。…と言うわけだから、一週間で復帰してくださいね、スクアーロ隊長」
にこりと微笑んだ彼女に、スクアーロは口元を引きつらせた。
一週間とは、また無茶を言う。
こいつ、こう言う性格だったのか―――漸く彼女の本質に触れた気がした。
09.09.07