Bloody rose
「コウ・カノーヴァ様ですね?」
「…断りもなくXANXUS様の自室に足を踏み入れるとは…どう言うつもりなのかしら?
返答次第では侵入者として処理するわ」
コウの目に鋭さが宿り、腰のホルダーから黒光りする彼女の愛銃が引き抜かれた。
彼女の話は噂に聞いている。
幹部ではないのにヴァリアーの中でも群を抜いて優秀で、任務の成功率100%。
彼女がその気になれば、本当に“侵入者”として処理されてしまうだろう。
黒いスーツの一行の中に緊張感が走った。
そんな中、スッと身を進めた一人の女性。
「我々は門外顧問より、あなた様を9代目の元へとお連れするよう命を受けております」
「出来ないわ。私も、ここから出るなと命じられている」
命令を破るわけにはいかないのだ。
首を振るコウに、彼女はそっと目を伏せた。
「…9代目のご命令です。どうか、ご一緒に」
彼女の表情の意味が理解できない。
けれど、9代目からの命令ならば―――聞かぬわけにはいかないだろう。
コウ自身としてはXANXUSの命令を優先したいけれど、そうは言っていられないのが組織と言うものだ。
上司よりも上の人間からの命令には従わねばならない。
9代目の命令に背くことが、XANXUSの評価につながってしまうからだ。
コウは溜め息と共に銃を片付ける。
そして、書類の上に転がしていた万年筆の蓋を閉じ、ガタリと椅子を動かした。
「…行きましょう」
そう言ったコウに、彼女は安堵したように息を吐いた。
部屋を出て、ボンゴレの屋敷へと進むコウは、その道中の光景に驚きを隠せない。
自分がヴァリアーの屋敷の一室に居る間に、一体何が起こっていたのだろうか。
二つの屋敷の間にはそこそこの距離があるために、その騒ぎが届かなかったらしい。
門外顧問である家光と合流したコウは、漸くその疑問を口にした。
「何が…」
「クーデターだ」
「…っ…9代目は、ご無事なの?」
「軽く怪我をしているが、命に別状はない」
その答えに安堵する彼女の様子を見て、家光は目を細めた。
首謀者がXANXUSである事は、9代目自ら伝えるのだろう。
何も言わず彼女を連れてきてほしいと頼まれている。
XANXUSの婚約者である彼女が何も知らないと言う事などあり得るのだろうかと思っていた。
しかし、彼女の様子を見る限り、本当に知らなかったのかもしれない。
真っ先に9代目の身を案じた事、無事に安堵する表情…全てが、それを物語っていた。
「ここだ」
ギィ、と押し開かれた扉をくぐる。
部屋の中で椅子に腰かける9代目の姿を見て、コウが足早に彼に近付いた。
一瞬でもそれを警戒した家光だが、9代目が首を振るのを見て、足を止める。
彼の元へと歩み寄ったコウは、すぐ傍らで膝をついた。
「お怪我は?」
「大丈夫。大した傷ではないよ」
「…よかった…」
そう言って僅かに笑みを浮かべた彼女を横目に、9代目は家光に部屋から出るよう命じた。
そして、室内にはコウと彼だけが残る。
「コウ、落ち着いて聞きなさい」
「はい」
「今回のクーデターの首謀者はXANXUSだ」
9代目の言葉は、コウの思考を奪うには十分な力を持っていた。
目を見開いて言葉を失う彼女を、悲しげな表情で見つめる彼。
「…XANXUS、様…が…どうして…」
9代目の言葉は信じている。
けれど、その言葉の内容は、コウにとっては受け入れ難いものだった。
「やはり、XANXUSは君には何も話していなかったようだね」
「…私は、何も…」
「そうか」
9代目は静かに口を閉じた。
恐らく、XANXUSは彼女に何も話していないだろうと思っていた。
―――XANXUS。コウはこの事を知っているのか?彼女がどれだけお前を…。
―――あいつは関係ねぇ!
コウの名を出した時に、一瞬だけ怒り以外の感情に揺れた瞳。
自分の声を遮るようにして彼女との繋がりを否定したのは、彼女を守ろうとしたからだろう。
今となっては答えがどうなのかを聞く術はないけれど…9代目は、そう思っている。
「君には、全てを話しておきたいと思う。XANXUSの想いを…君だけは、知っていてほしい」
そして、コウは9代目の口から、今回の原因となる話を聞く。
XANXUSが9代目の実子ではないと言う事。
血脈なくしてボンゴレを継ぐことは出来ないと言う事。
そして、XANXUSがそれを知ってしまった事。
誰かが悪いわけではなかった。
けれど、それぞれの歯車が、上手く噛み合っていなかった。
僅かなすれ違いによる生まれた悲劇に、コウはただ唇を噛み締める。
今回のクーデターにより、XANXUSが眠った所までを聞いたコウ。
心を落ち着けるようにと深呼吸をしてから、まっすぐに9代目を見上げた。
「―――XANXUS様は、どこに?」
「案内しよう」
立ち上がった彼は、失血の所為か少しばかりふらついた。
コウは慌てて彼を支える。
「ありがとう。…こっちだ」
そう言われ、彼に手を貸したまま案内される方へと進む。
等間隔で柱が並んだその一角に、それは存在した。
「―――っ…」
「私は大丈夫だよ、コウ」
そう言って、彼はコウの手を解く。
一瞬躊躇いはしたものの、彼女は床を蹴った。
そして、それの前へと跪く。
伸ばした指先に伝わるのは、冷たい感触だけ。
彼に触れたいと思っても、厚い壁がそれを阻む。
「…XANXUS様…」
コウは静かに涙を流した。
「コウ。君は…これから、どうしたい?」
懺悔するようにそこから動かないコウの背中に、そっと問いかける。
「こうなった今、君とXANXUSの関係を白紙に戻す事もできる。君に不利にならないよう最大限考慮しよう」
婚約が白紙に戻れば、恐らくカノーヴァでは受け入れられない。
家に戻りたくないと言うのならば、別の場所を用意する事すら考えていた。
「君は、まだ若い。その想いは十分わかっているつもりだが―――」
「クーデターを起こした他の者はどうなりますか?」
皆まで言われるまでもない。
あえて言葉を遮ったコウに、9代目は気を悪くした様子もなく答えてくれた。
「XANXUSの独断で計画されたクーデターとして処理されるだろう」
「では、本件に関わっていない者が、その者たちを監視する―――それを理由に、解放できますか?」
「―――それが…君の答えなのかい、コウ…」
コウはゆっくりとその場で立ち上がり、振り向いた。
「たとえ、何年であろうと…待ちます。彼が築いたものは、私が守ります。彼が帰ってくるその日まで」
実力世界、況してや、ヴァリアーと言う荒くれ者の中で、女の彼女がどこまで出来るのか。
答えは9代目自身にもわからない。
けれど、彼女が真剣だから―――その心を、否定は出来なかった。
「…善処しよう」
「ありがとうございます」
09.06.10