Bloody rose

部下からの報告は、XANXUSの眉間の皺を深めるには十分な内容だった。

「ヴァリアーの内部情報が洩れてる…だと?」

俄かには信じがたい。
そんな思いが篭った声に、部下は震えるようにして肯定の意を示した。

「ついでにこんな話も聞いたぞぉ!」

バーンとドアを開け放って現れたスクアーロに、XANXUSの鋭い視線が向けられた。
射抜くどころか風穴でもぶち開けそうなほどの鋭利な視線だけでものが飛んでこなかったのは不幸中の幸い。
XANXUS自身が、スクアーロの情報を必要と判断した結果だろう。
さっさと言え、と言いたげな視線を向けられ、スクアーロは持ってきた皺くちゃの書類を広げた。











その日、コウはボスの仕事部屋へと呼び出された。
彼からの個人的な呼び出しではない事は、隊員の一人から聞いたのだから間違いはない。
個人的に呼び出す際には、本人もしくはパシリとして使われるスクアーロが言付かってくるのが常だからだ。
いくらかの違和感を覚えつつも、仕事の内容で呼ばれたのだと理解する。
そして、急を要する任務だけを早めに片付けて、指定された30分前に彼の部屋へと向かった。
部屋の中にはコウとXANXUSの他に、スクアーロを初めとする部隊長がいた。
この状況だけで、内容はヴァリアー全体に関わるものであることがわかる。
コウは冷静だった。
投げ捨てるように渡された資料に一通り目を通して尚、彼女はその精神状態を守り通した。

「―――それで、私が疑われているのですね。ヴァリアー内の情報を知ることが出来る “女”の私が」

報告書に書かれていたのは、任務に先回りされる確立が異常値を示していること。
尻尾を掴み、とりあえず拷問にかけた男が、女から情報を得ている、とだけ答えて死んだということ。

他にも様々な内容が書かれていたけれど、コウに関係しているのはその二つだ。
冷静な彼女の言葉に、この部屋の中にいる三人以外は彼女がスパイであるという疑いを深めた。
三人の内の一人は言わずもがな、コウ自身。
そして、彼女の直属の上司であるスクアーロと、そして。

「2日前の夜、どこで何をしていた?」
「2日前…?」

突如として与えられたキーワードに、コウはその日を思い出す。
そして、あぁ、そう言えば、と思った。

「…あの日は訓練も早くに済ませていましたから、21時頃には部屋に居ましたが」
「それを証明する人間は?」

そう問われ、コウは彼の方を見る。
無関心を決め込んでいるのか、何かを思案しているのか。
目を閉ざして沈黙する横顔からは、何も読み取る事はできなかった。

「…いませんね」

溜め息と共にそう答え、肩を竦めて見せる。
これでは更に疑いを深めることになるとわかっていながら、誤魔化すことをしない。
凛と背筋を伸ばすその様は、見る目のない者には開き直りか諦めとして映ったようだ。
彼女こそスパイであると言う考えが読める人間が、少なくとも五人。
この場の人数を考えれば、十分すぎる数字だった。






状況を良くする気のない部下に、スクアーロは深く溜め息を吐く。
そして、大股で彼女に歩み寄ると、グイッとその腕を掴んで引き寄せた。

「さっさとゲロっちまえ。…拷問に掛けられるぞ」

後半部分は、彼女にだけ聞こえるように告げる。
彼女がスパイであるはずがないと考えているスクアーロは、無実の罪で拷問に掛けられる事を案じている。

「身に覚えのない事は話せません」

コウは一貫して関係を否定も肯定もしない。
ただ、聞かれた事実だけを嘘偽りなく答えるだけだ。

「…本気で庇えねぇぞ」

このままでは、他の連中が無理やりにでも吐かせるべきといきり立つのも時間の問題だ。
彼の言葉にコウが答えようと口を開いた所で、がたん、と音が鳴った。
音の方を見ると、椅子に深く腰掛けて足をデスクの上に投げ出していたXANXUSが、立ち上がっていた。
ボスが動き、全員が沈黙する。

「カス。退け」

短い命令に、スクアーロは舌打ちをしてからコウの腕を離す。
彼女から離れる際、すれ違ったXANXUSに小声で話しかける。

「無茶するなよ。こいつが白の可能性はゼロじゃねぇ」

XANXUSがコウをスパイだと認識しているかもしれないと思っての言葉だ。
彼は何も答えず彼女の前に立ち、手に持っていた彼のものではない銃を投げた。
自分の足元へと投げ捨てられたそれを一瞥する彼女。

「その銃で俺を撃て」
「出来ません」

XANXUSの命令にも似た言葉に、コウは即答した。
彼の命令の内容に、室内がざわりと震える。

「…それで水に流してやるっつってもか?」
「出来ません」

銃を取ることすらしない彼女に、室内の緊張が高まる。

「なら、テメー自身を撃て。俺を撃つか、テメーを撃つか。どちらかを選ばせてやる」

スパイであれば、忠誠心などない。
自分自身とXANXUSを天秤にかけた時、どちらに傾くかは明白だ。
コウは有無を言わさぬ命令に、短い溜め息を吐き出し、腰をかがめて足元に転がったままの銃を拾う。
カシャン、と弾を確認し、そして指をトリガーにかけてグリップを握った。
そして、迷いなく銃口を向ける。

パァン、と銃声が響いた。











ボスに銃口を向けた場合は容赦しない。
そんな思いと共に、一斉にコウに銃口を向けていたメンバーは、絨毯に滴り落ちた血を見てその身体を固めていた。
彼女は、迷いも何もなく、自分自身の腕を銃で撃ち抜いたのだ。
その細腕を貫通した弾が壁に銃創を作り出している。

「―――決まりだな」

XANXUSは軽く鼻を鳴らし、座っていた椅子に乱暴に腰掛けた。
そして、コウに銃を向けたまま固まる連中を見て、冷たく命じる。

「3時間以内にスパイを見つけろ」

ボスである彼が、コウがスパイではないと認めた。
これ以上彼女を疑う事は、ボスの決定に背くことになる。
一斉に銃を下ろした彼らは、慌てた様子で部屋を飛び出していった。
3時間以内に成果を上げることが出来なければ、今度は自分だ。
任務の時以上の緊張感が彼らを襲う。















あっという間に部屋の中はXANXUSとスクアーロ、そしてコウだけになった。
彼女はそっと息を吐き出し、取り出した布でギュッと腕を縛って血を流すそこを止血する。

「…大丈夫かぁ?」
「神経は避けてありますから問題ありません」

てきぱきと応急処置を施す彼女。
スパイだと疑っていたわけではないけれど、この冷静さは何なのか。
鍛えているから…と言う問題ではないような気がした。

「コウ。お前、本当に2日前の事を証明する奴はいないのか?」
「ええ。証明する気のある人はいません」

証明する人がいないのではなく、証明する気のある人と表現を変えた彼女。
微々たる違いだが、その差は大きい。
まさか、と言う考えが彼の脳裏を過ぎる。

「…2日前、どこにいた?」
「部屋に」
「誰の部屋だ?」
「…ボスの」

ちらりと彼の横顔に視線を向けてから、彼女は静かにそう答えた。

あの視線はそう言う意味か!!

スクアーロはもたらされた真実に額を押さえた。
証明する人がいないわけではない。
いるけれど、その唯一の人物が口を噤んでいただけだったのだ。
スクアーロの視線を受けたXANXUSは、コウ、とその名を呼ぶ。

「本部の医療チームの所で手当てを受けて来い」
「はい」
「傷痕を残すなよ」
「それは医療チームの方に言ってください。私が努力できる段階ではありませんから」

すらりとそう答えると、失礼します、と言い残して部屋を出て行く。
彼女が消え、残された血痕を見下ろしたスクアーロが深く溜め息を吐き出した。

「…全然疑ってねぇ癖にあんな選択―――性格が悪過ぎるぞぉ…」

呟いた彼の言葉に、XANXUSはちらりと絨毯の上のシミを見た。
フン、と鼻を鳴らすその表情がどこか満足気であったことに、スクアーロが気付くことはない。

09.04.21