Bloody rose

コウの任務成績は目を見張るものだった。
失敗がないだけではなく、共に任務に臨む者を一人も欠かない。
用意されている期間の半分以内で本部へと帰還し、報告はその日のうちに行われた。
スクアーロ隊に組された彼女は、あっという間に部隊長まで上り詰め、更なる高みを目指していた。

「コウ、邪魔するぜぇ!!」

大声と共に自室のドアを蹴り開けてきたスクアーロに、コウは遅れるようにしてどうぞ、と答える。
ノックなどここの連中には望んでも仕方がない。
一旦彼に視線を向けてから、彼女は手元で解体していた銃の掃除を続行した。

「この後は任務が入ってなかったなぁ?」
「はい」
「なら、この報告書をまとめてボスの所まで持って行け」

コウは手の動きを止めることなく、ちらりと彼を見た。
彼の手元にある書類の一部を読み取り、目を手元へと戻す。

「隊長の報告書とお見受けいたしますが、私が?」
「…とにかく行けぇ」
「…わかりました」

カチャカチャとパーツを組み立てていく。
目を閉じていても間違うことのない作業を終え、チャッとそれの銃口を正面へと向けて構えてみる。
重心のずれもない。
調子を確認してから、彼女はそれをホルダーへと戻した。

「あぁ、隊長」

彼の脇を通り過ぎ、廊下を歩き出した彼女は上半身だけを振り向かせ、細い指を向けた。

「ドア、直しておいてくださいね」
「は?」

ドア?と思い彼が視線を向けたところで、バキン、と嫌な音がした。
毎度蹴り開けられる仕打ちに耐えられなかったのか、蝶番が見るも無残に割れている。
傾いたドアを見てから、スクアーロは彼女を見る。
すでに、そこに彼女の背中は見当たらなかった。


















「ボス、スクアーロ隊第一部隊長、コウです」

ノックをしてから、返事を待つ。
場合によっては返事がないこともあるけれど、その場合は絶対に室内には入らなかった。

「入れ」

短い返事が聞こえ、失礼します、と声をかけて中へと入る。
コウが入らないとわかっているから、XANXUSも短いながら許可の声を上げるようになった。

「スクアーロ隊長から報告書を預かってきました」

そう言って差し出す報告書の束を差し出すコウ。
それを受け取ろうともしないXANXUSの目線は、コウの唇へと向けられていた。
赤く彩られたそれは血を塗ったようだ。

「相変わらず似合わねぇ色だな」
「仕事中ですから」

仕事との切り替えとして、コウは唇を赤く彩る。
似合わないと言われたのはこれが初めてではない。
けれど、似合わないと言ったのはXANXUSが初めてだ。
大人の色が似合わないと言われているようで、少しだけ傷ついた。

「それで…今日は何の御用ですか?」

普段から割合と頻繁にこの部屋に呼び出されている。
とにかく、別件を言い渡されてはこの部屋を訪れ、二・三言話して去る。
自分を監視する為なのか、別の理由があるのかはわからない。

「面倒なパーティーに参加することになった」
「それはご愁傷様です」

思わず本音が零れ落ち、ぎろりと睨まれる。
口を噤んだ彼女は、そのまま無言で彼の言葉の続きを待った。

「てめーも来い」

え゛、と滑り落ちそうになる不満を飲み込み、一度だけ深呼吸をする。

「勘違いするなよ。“仕事”だ」

そう言われて、彼の指す『パーティー』が一般的な社交の場ではないことに気付く。
仕事と言われれば、こちらの対応も自ずと決まってくると言うものだ。
背筋を伸ばし、続きを聞き漏らすまいと集中する。

「標的はボス一人だ。時間も場所も指定はない」
「…つまり、パーティー前に片をつけても問題はないということですか?」

色々と含みのある言葉のようだったが、彼が一番言いたかったのはそれのような気がした。
コウの言葉に、XANXUSは彼女を一瞥する。
否定の声がなかったところを見ると、間違っていなかったようだ。

「出来るならな」

そう言った彼が書類の束をコウの方へと投げた。
受け取ったそれを走り読む限りでは、中々厳しい標的のようだ。
24時間態勢で警護をつけている事から察するに、本人も狙われる自覚は持っているのだろう。
コウはその中から標的を片付けられる場所を探す為、報告書に隈なく目を通す。
やがて、彼女は顔を上げた。

「やはり、ベッドルームが一番警護が手薄でしょうね。狙うならそこだと思いますが………何ですか?」

ふと気がつくと盛大に眉を顰めているXANXUSに、コウが一歩足を引いた。
元々人相の悪い顔が更に悲惨なことになっている、などと恐らく消し炭にされるだろう。

「…てめーはその意味を理解してんのか?」
「意味…あぁ、ベッドルームの話ですか?何も情婦として入るとは言っていませんよ」

30も年上の親父とベッドインなど、冗談ではない。
思い切り不愉快そうに表情を歪めるコウに、所謂女の武器を使うわけではないのだと悟った。

彼女が標的を片付ける時は、どんな状況であれ男たちと同じように武器を使っている。
以前、何が目的なのかをはっきりさせる為に彼女につけている見張りが、そう報告してきた。
彼女はプライベートの時間ですら訓練に明け暮れ、ヴァリアー所属後はカノーヴァとの連絡すら取っていない。
あの夜以来、部下に彼女の見張りを命じていない。

「ボス?」

ハッと我に返ると、不思議そうに首を傾げる彼女がいた。

「何だ」
「…今日、標的を片付けてきますと言っただけですが…お疲れですか?」
「…いや、行け」

XANXUSの態度にいつもとは違う何かを感じたのだろう。
コウは不安そうにその目を揺らす。
彼女は、いつもは凛と背筋を伸ばし、流石はかの有名なカノーヴァの娘と思わせるだけの姿勢を貫いている。
しかし、ふとした瞬間に垣間見える優しい表情はなんなのか。
いや…何となく、理解している。
あれが彼女の本来の表情や人間性なのだろう。
無理をしていると言うよりは、必要に応じて切り替えていると言った方が正しいのかもしれない。
どちらもコウであることに変わりはないが、その二面性は知らぬ者からすれば驚き以外の何物でもない。

「…失礼します」

頭を下げたコウは、くるりと踵を返して部屋を出て行った。












自室へと戻る途中、スクアーロが向こうから歩いてくることに気付く。

「隊長。任務が入りましたので、このまま出発します」

XANXUSの部屋に行くのだから、彼から直接聞くかもしれない。
けれど、一応コウはそう報告した。
大股で廊下を歩いていたスクアーロが足を止めてコウを見下ろす。

「今日は休みじゃなかったのか?」
「急な任務です。失敗すると面倒なことになりますから、早めに片付けておきます」

彼女の言う面倒なことを想像できなかった彼は、その返事に眉を顰める。

「昨日任務から帰ったばかりだろうが」
「大丈夫です。このくらいは日常茶飯事でしたから」

寧ろしっかりと休ませていただいています、と答える彼女。
どんな生活をしていたんだと問いかけ、彼女がカノーヴァの出身であることを思い出す。
あのファミリーならばこの答えが返ってきても無理はない。

「無理すんなよ」

ぽん、と彼女の栗色の髪に手を置いた。
驚いたように目を見開いた彼女は、少しだけ戸惑うような素振りを見せてから静かにはにかむ。

「…行って来ます」
「おぉ、行って来い。さっさと片付けて戻って来いよ」

ひらりと背中を向けたまま手を挙げた彼に、割と良好な関係を築けているな、と思う。
誰も居なくなった廊下で、コウは自分の頬を叩いた。

「しっかりしないと」

全ては、自分の望みを叶える為に。

09.01.16