Bloody rose
「本日付でヴァリアー所属となりましたコウです」
目の前できっちりと腰を折る女を見て、XANXUSは「この女か」と思う。
長い黒髪は柔らかく背中へと流れている。
薄いとはいえない化粧中でも、赤い口紅が酷く印象的だった。
先日、珍しくヴァリアーの服を仕立てている店から注文の確認の連絡が入った。
いつもは流れ作業で注文、製作、到着と淀みなく進む。
故に対応に困った部下がXANXUSに確認を求めた。
「女性物5着の注文に間違いはありませんか?」
「…あぁ」
XANXUSは短くもこう答えた。
彼自身もそれ以外に答えようがなかったのだ。
暗殺部隊に女性が入ると言う事は、前代未聞だ。
正直な話、ヴァリアーの誰もが笑い飛ばし、嘘だと言うだろう。
しかし、XANXUSの手元に届けられた書類には確かにそう書かれている。
彼は特に問いただすこともなく、言われるがまま部下へとそれを回しただけだ。
役に立たない女ならば、どの道長くは生き残るまい。
彼は、捨て置くことが一番面倒にならないと判断した。
そんな準備期間を経て、例外的彼女はXANXUSの前へと立った。
直接ボスへの挨拶に来ている所を見ると、行く行くは幹部と期待されているのだろう。
集められていた幹部たちは、それぞれ自由な壁際に立ち、興味深そうに彼女に視線を集めている。
「王子、アンタの噂知ってるしー。1キロ先の標的の脳天をぶっ飛ばしたって奴だろ?狙撃の性能は100%。
50センチのコンクリを貫いたとか、弾道を曲げられるとか…他にも色々」
シシシッと楽しげに口角を持ち上げてそう言ったベルフェゴール。
姿は子供だというのに、子供っぽい印象を与えない。
これで8歳だと言うのだから、まったく不思議な世の中だ。
彼の方へと視線を向けてから、彼女は軽く首を振る。
「噂には尾ひれが付くものです」
「全部嘘か?」
今までずっと黙り込んでいたXANXUSが口を開いた。
彼女は迷いなく、いいえ、とそれを否定する。
「どれが事実だ」
「…今まで狙った標的を撃ち損じたことはありません。標的との距離は100メートルが最長です。
コンクリートに関しては30センチまでは可能ですが、これは銃の性能によるもので腕はさほど必要ありません」
撃ち損じたことがないと言う事は、性能100%は間違っては居ないと言うことだろう。
距離に関しては噂の半分。
コンクリートは、確かに銃の性能により大きく左右される。
ガンナーは正確にそれを撃ち抜ける腕さえあればいい。
順に淀みなく答えた彼女は、言葉を止めた所でXANXUSの手元にある書類に目を向けた。
「以上の報告は、全てその書類に記載されています」
道理で、どこかで知った内容だと思った。
XANXUSはちらりと書類に視線を落とす。
数日前に手元に届いてから、一度だけ内容を走り読みした。
その時の記憶がそう思わせたのだろう。
「弾道が曲げられるって言うのは?」
噂の真実を知りたいのだろう。
ベルフェゴールが再度彼女に質問を投げかけた。
「――――」
彼女の無言は否定だろう。
その場の誰もが、そう思った。
そんな中、コウが太股に装着したホルダーから銃を抜く。
そして、誰が止める暇もなく、真正面からXANXUSに銃口を向けたのだ。
メンバーが息を呑んで反応する中、彼女は迷いない眼でトリガーを引く。
銃の向こうにXANXUSの射抜くような鋭い眼が見えた。
銃声と共に銃弾が撃ち出され、一瞬遅れて彼女は床へとうつ伏せに押し倒された。
「ボス!!」
コウの腕を締め上げながら名も知らぬ部下が焦ったように声を上げる。
しかし、XANXUSの方を向いた所で、彼だけでなくコウ以外の全員が目を疑った。
弾痕はある。
しかし、それは正面から銃口を向けられていたXANXUSを貫いてはいなかった。
弾痕は、彼から右へ75度ほど動いた位置に掛けてあった額入りの絵画の脇を貫いている。
「噂が嘘か真実かは、あなた方の判断にお任せします」
未だ男に押さえつけられていると言う状況に変わりはないが、彼女は怯えた様子もなくそう告げる。
肯定も否定もしない彼女だが、目の前で起こったことが事実なのだろう。
正面を狙っていながら、違う方向へと弾を撃った。
弾道が曲がると言う噂は、最早否定できるものではない。
「―――放せ」
「…いや、しかしボス…!」
「二度は言わねぇ」
ぎろりと睨まれただけではなく、その辺においてあったペーパーウェイトが男を襲う。
ガツン、と派手な音がして、男が床へと伸びた。
固定されていた腕を軽く回しながら立ち上がる彼女は、伸びた男に対して負の感情を持っていないようだ。
ただ、今起こったことを事実として受け止めている。
「出て行け」
椅子の背凭れに深く腰掛けたXANXUSがそう言った。
コウはその言葉に目を伏せ、軽く頭を下げてからくるりと後ろを向く。
そして、部屋の中のメンバーからの好奇の視線を集めながら扉の方へと一歩目を踏み出した。
「…女、どこに行く気だ」
「え?」
「…さっさと出ろ、カス共」
そう言った彼の視線はコウへと向けられていない。
壁際に立つ幹部らは、向けられた視線と言葉の意味を理解するのに時間を要した。
しかし、と声を上げようとした一人は、仲間によってその口を塞がれる。
彼らの視界には、頭に瘤を作って床に伸びている男が映っている事だろう。
「…何かあればお声を」
一人がそう言って、伸びた男をひょいと担いで部屋を出て行く。
それに続く形で、一人、また一人と部屋を去った。
そうして、そこに残っているのが三人になったところで、コウとXANXUS以外の人…銀髪の男、スクアーロが口を開いた。
「どっかで見た顔だと思ったら、お前―――」
何かに気付いたような表情を見せた彼の顔面へとボトルが飛んできた。
ギリギリのところで避けられたそれは、部屋の壁にぶつかって派手な音を立てる。
スクアーロはそれを投げた男をじろりと睨み、ドアへと去っていく。
「…カノーヴァファミリーの娘だな」
カノーヴァと言えば、小さいながらも古く、強力なファミリーだ。
その理由は…ファミリー全体がボンゴレのヴァリアーのようなものだと言えば、十分だろう。
それぞれが何らかの武器に長けており、女子供とてそれは例外ではない。
ただし、力だけではなく、礼節にも厳しいファミリーと言うことで有名だ。
―――生き延びたければカノーヴァの血を受けるべし。
そんな噂まで流れ、少ないながらもカノーヴァの子が婚約と言う形で他のファミリーへと渡った事もある。
政略結婚を拒んだ現在のボスにより、その制度は廃止された。
コウはそんなカノーヴァのボスの娘だ。
「ボンゴレに媚を売りに来たのか?」
「まさか。正式なお話だと聞いていますが…」
ご存知では?と首を傾げる彼女は、先ほどまでのツンとした空気が消えているような気がする。
自身のファミリーの話が出て、仮面が少しばかり剥がれたのだろう。
XANXUSは彼女の言葉を聞き、手元の書類を手早く捲って行く。
その中に、見つけてしまった。
「何だ、これは」
「………何だと言われても…」
こちらとしても困る。それがありありと表情に出ていた。
先ほど自分に銃口を向けた女とは思えないほどに、その表情が変化している。
―――以上、コウ・カノーヴァの報告である。
なお、本人同意の為ヴァリアーの任務を行う事には問題はないが、それ以外は婚約者として丁重に扱うように。
今までの経歴などよりも、よっぽど重要なことが、よりによって一番下の紙に記されていた。
09.01.02