一月二日の攻防
--黒揚羽 番外編
朝、心地よい朝日に誘われるようにして意識が浮上する。
目を開いて数秒、身体を起こせば、視線の先にある時計が9時を示しているのが見えた。
「恭弥、起きてよ」
声をかければ、隣に眠る彼は明るさから逃げるように身体を縮めていく。
仕方なく彼をそのままにしてベッドから出ると、冬の寒さがシャツの下の身体を震えさせた。
リビングを通り抜ける際に、テーブルの上のリモコンを操作する。
運よくやっていた天気予報が、今日の天気を知らせているのを聞きながらキッチンへと向かった。
棚からインスタントコーヒーの入った瓶を取り出す。
用意するのは二人分。
ポットから湯を注いでスプーンでくるりと掻き回し、両手に持って歩き出す。
ソファーの前のローテーブルにカップを置いて寝室を覗き込む。
相変わらず起きる気配はない。
「…初詣に行くんじゃなかったのかしら」
別にいいけれど、と呟きながら、リビングへと戻る。
つけておいたテレビには面白くない番組が映し出されていて、思わず電源を切る。
インスタントの安っぽい味で目を覚ましていると、程なくして、足音が聞こえてきた。
やがてリビングに顔を出した雲雀が、迷いなく紅の元へとやってきた。
「おはよう」
「…おはよう」
ソファーに腰掛けた雲雀の方へとコーヒーを差し出すと、彼は何も言わずにそれを受け取った。
それを口にした彼は、僅かに眉を顰めて紅を見る。
目が覚めるようにと少し濃く淹れた所為だろう、と考えながらも知らん顔。
「今日は初詣に行くの?昨日よりは人は少ないと思うけれど」
「行くよ」
「連日なんて、ご苦労な事ね。どうせなら昨日お参りして来ればよかったのに」
「君は居なかっただろ」
コトリとマグカップをおきながら告げられた言葉に、紅がほんの少し目を見開いた。
確かに、昨日はディーノに呼ばれていたからそちらに出向いていて、雲雀と行動を共にしていない。
まさか、それが原因だとは思わなかった。
「第一、僕一人で神に参るはずがない」
「あ、それはそうよね」
それでも毎年欠かさないのは、紅がそうしているからだ。
彼女に付き合っているだけなのに、自ら一人で参るなど、雲雀には考えられない。
なるほど、と納得した彼女は、二つのカップを持ってキッチンへ。
「なら、着替えたらすぐに出発しましょう。あまり遅くなると混んでくるわ」
「そうだね。―――あぁ、紅」
リビングを出ようとした紅を呼び止める雲雀。
何かと振り向くと、彼は僅かに口角を持ち上げた。
「スカートは駄目だよ。バイクで行くから」
「…はいはい。わかりました」
「それにしても…風紀委員の栄光は変わらず、ね」
両腕に山と詰まれた戦利品に、紅が冷めた目でそう呟いた。
隣の彼が受け取らないから自分が受け取る羽目になるのだ。
是非に是非にと押し付けられる品々。
紅に貢いだからと言って来年のショバ代が安くなるわけでもないのだが。
「高校を卒業してもう随分になるのに」
「僕は毎年顔を出してるからね」
「…まぁ、人が多くないのはいいけれど…ここまで避けられる必要はないわね」
雲雀が歩けば、人の波が左右に割れる。
その光景はさながらモーゼの十戒のごとく。
中学の頃から並盛ににらみを利かせていた彼は、名実共に並盛のトップだった。
治安と言う部分だけを見れば、元風紀委員たちのお蔭で市民の生活の安全は十分過ぎるほどに守られている。
下手なゴロツキが歩こうものなら、ものの数分で救急車の世話になるくらいだ。
「知っている?あなたのファンクラブがあるんですって」
ちなみに会員の居住地域は並盛だけではないらしい。
紅の言葉に、雲雀は興味なさそうに鼻を鳴らした。
「君のもあるよ」
「へぇ、私の―――え?」
思わず聞き流しそうになった紅だが、驚いたように顔を上げる。
勝ち誇ったような雲雀の笑みが、それが事実だと物語っていた。
「僕と10年も一緒に居ながら、自分が知られていない存在だなんて…思ってないよね?」
「…まぁ、自覚はあるわ」
それなりに人目を集める容姿であると言う自覚もある。
まさか、雲雀と同じようにファンクラブまで存在しているとは思っていなかったけれど。
「じゃあ、さっきから感じる熱い視線はその所為ね」
「鬱陶しいね。咬み殺したくなる」
「初詣の参拝客を襲うのはやめて」
「わかってるよ。トンファーのボックスが摩り替えられてたからね」
「あら、私が犯人って断定なの?」
「僕からトンファーを取り上げられる人間なんて、君以外にはいない」
懐から取り出したボックスは、彼のトンファーのボックスと同じ形状。
しかし、中身は違う。
摩り替えたのは彼女自身なのだから、知っていて当然だ。
気付いていないとは思わなかったけれど、やはり、と思う。
「よく気付いたわね」
「中から“雲雀”が出てきた時には蹴り飛ばしそうになったよ」
「やってないわよね?」
紅の声のトーンが低くなる。
笑顔に凄みが加わり、雲雀は口角を持ち上げた。
「君の相棒だろ」
返しておくよ、とボックスを彼女の手に乗せる。
思いついたのが昨日だったから代わりを用意する暇がなかったのだ。
「まったく…この子は蹴飛ばされるような間抜けじゃないけど」
「代わりにどこかの不良が全治二ヶ月の怪我を負ったけどね」
「…八つ当たりも大概にしなさいよ…。というより、いつの間にボックスを使うような状況になったの?」
「君がお守りを買いに行った間に」
僅か5分足らずの間に武器が必要な状況になるとは…紅は呆れたように溜め息を吐く。
これだけ人が居るのだから、無理はないかもしれないけれど。
「私の可愛い子達を傷つけられたら困るから、返しておくわ」
そう言ってポケットから取り出したボックスを彼に返す。
見た目ではその違いはわからないけれど、彼は手に馴染むそれが間違いなく自分のものであると悟った。
「あなたがそれを使いたくなる前に帰りましょう―――って、どこに行くつもり!?」
「…僕のテリトリーで引ったくりとは…いい度胸だね」
「ちょっと、恭弥!!…まったく、あの子は…」
本日の戦利品を抱えなおし、深く溜め息を吐き出した。
10.01.02