White world
--黒揚羽 番外編
ふわりと視界に舞い降りてきたそれに気付き、紅は顔を上げた。
空から落ちてくる白いそれは、雪だ。
今年は随分と冷え込む所為で、並盛の初雪は今日ではない。
しかし、今日と言う日に雪が降っているという事は、世間的に言えば喜ぶべきことだろう。
「ホワイトクリスマス、ですね」
手袋に包まれた手を差し出せば、まるで誘われたように雪が黒い布地の上に降りる。
触れ合った瞬間に溶けて消えるそれを見て、ほんの少しだけ切ない感情を抱く。
何と儚いものなのだろうか、と。
「何をしてるの?」
「雪を…見ていただけ」
「だけ、って言う割には、随分な顔だね」
そこは顔ではなく表情と言ってほしいところだ。
苦笑を浮かべるけれど、あえて口にすることはない。
雲雀にそれを言ったとしても、無駄にしかならないと言うことを理解しているからだ。
「今年は…家に帰れなかったなって…考えていたのよ」
「クリスマスは家に帰るの?不思議な考えだね」
「まぁ、日本は無宗教だから、クリスマスなんてカップルや子連れの家族のためのイベントみたいだけど」
イタリアにはカトリック教徒が多く、クリスマスと言えば一年の内でもかなり重要視されている。
紅自身はどちらかと言えば無宗教だけれど、だからと言って宗教関連を否定しているつもりはない。
ファミリーの中にもやはりカトリック教徒の人は居て、それならば、とクリスマスを理由に毎年宴会騒ぎだ。
それを思い出し、懐かしむような表情を見せる。
「帰らなかったの?」
「色々とあって、ね」
帰れなかったというのも間違っては居ない。
きっと、向こうは例年と変わらぬ宴会の準備が進んでいるだろう。
そこに自分の姿がない事を想像すると、一人なのだと…その事実を突きつけられているように思える。
「…行くよ」
そう告げた雲雀がバイクに跨る。
当然の如く渡されたヘルメットを被り、彼の後ろに跨った。
最初の頃よりはいくらか慣れた仕草で彼の胸元に掴まる。
「おまけに隣町の連中の制裁に向かう途中…色気も何もあったもんじゃないわ」
走り出したバイクの音に消され、声は自分自身すら聞き落としそうだった。
雲雀が一人いれば、紅など必要ないというのが事実だ。
何故一緒に来ているのだろう、と思いつつ、倒れ行く生徒を冷めた表情で見つめる。
一人、また一人と怪我を負って地面に伏していく。
さりげなく人数をカウントすることも忘れずに。
「くそっ!!」
「…29人目」
背後から鉄パイプを振り下ろしてきた男の顔面に肘鉄を食らわせる。
弱い立場であるはずの女性を狙おうと言う根性がいただけない。
容赦ない攻撃に、男は鼻やら口から血を流して倒れこんだ。
北イタリア一と謳われた男に体術を教えられた紅だ。
いくら不良とは言え、中学生の男子を相手に負ける筈がない。
雲雀恭弥が連れている女が弱いと思う方が間違っているだろう。
判断ミスだな、と思いながら雲雀の方を見れば、すでに立っている人間は彼以外には居なかった。
「…突然失礼します。私は並盛中学校の風紀委員の人間です。貴校の生徒が喧嘩を起こしているようです。
誰一人として、命の危険はないと思いますが、全員治療は必要でしょう。場所は―――」
携帯を取り出し、彼らの学校に電話をかける。
あまりにも丁寧かつ冷静に状況を説明する紅に、電話口の事務員が慌てた様子を見せる。
言葉にならない戸惑いの声を聞きながら、場所を説明した紅は即電話を切った。
これで、彼らは学校が迎えに来て、停学処分となるだろう。
名乗ったからには悪戯だとは思わないし、風紀委員の名を出せば相手を追及しようとは思うまい。
並中の風紀委員を束ねる雲雀恭弥と言えば、この辺りではとても有名で、恐れられている存在だ。
彼に楯突こうとする教師が居れば、それはただの無謀でしかない。
「相変わらずだね。放っておけばいいのに」
「この寒空で放り出されるのは、あまりに気の毒だから。嬉しくないクリスマスプレゼントよ」
「はいはい。さっさと帰るよ」
飛んできたヘルメットを受け取り、はぁ、と溜め息を吐きながらそれを被る。
膝当てでも買おうかな、と思いつつ、スカートの下から見えている赤くなった膝を見下ろす。
バイクは膝に来るから好きじゃないんだけど、と言っても、彼は聞いてくれないだろう。
「寄り道するから」
「え?」
聞き返したと同時にバイクが走り出し、それ以上追求することが出来なくなってしまった。
心中で首を傾げつつも、彼に掴まる事に専念しようと思い直す。
悪いようにはされないだろう―――多分、だが。
数十分バイクで走った先。
そこは、並盛の町を一望できる高台だった。
冷たい風に晒されていた膝はすでに感覚を失っているけれど、そんなことは気にならない。
町の中心部と思しき場所は煌びやかなネオンに包まれている。
住宅街の方も民家の明かりが点々と見えた。
百万ドルの夜景とは行かないけれど、それでも十分に目を奪われる美しさが、そこにある。
「こんな所があったんだ…」
「群れる連中が集まりやすい場所なんだ」
なるほど、風紀委員の関係で、この場所を知っていたのだろう。
元々不良が集いやすい場所ならば、一般人は避けて通る為、そこは穴場となる。
現に、雪の降る今は、二人以外の姿はなかった。
「綺麗―――ね!?」
言葉の半ばで起こした彼の行動により、妙な掛け声のようになってしまった。
驚く紅を他所に、雲雀はひょいと彼女の身体を持ち上げ、バイクの上に座らせる。
停めてあるバイクの上は不安定だが、彼が支えてくれているので倒れることはないだろう。
とりあえずバランスを取り直した紅の膝に、ふわりと学ランがかけられた。
驚いたように彼を見るけれど、彼の学ランは相変わらずその肩にかかっている。
よく見ると、女性用に作られた学ランで―――要するに、それは紅の物だった。
今日はよく冷えるから、と言うことで、学ランを脱いでコートを着込んできた彼女。
置いてきたはずの学ランが、何故ここに。
「…風紀委員の仕事の時は着て来なよ」
「…ええ、ごめんなさいね」
理由を問うのは野暮、だろうか。
プレゼントのつもりなのか、慰めのつもりなのか、それとも気紛れか。
わからないけれど、彼の心遣いに感謝し、夜景へと視線を戻す。
吐き出した息も降る雪も。
しんしんと、世界が白く染まる。
Merry Christmas!!
[ 2008年クリスマスドリーム ]
08.12.24