黒揚羽
Target  --088.5

眠れるはずがない。
日が昇るのを見届けた彼女は、自室のカーテンを開けて溜め息を吐き出す。
溜め息で幸せが逃げると言うならば、既に彼女の幸せは底を突いているか、その秒読み状態だろう。
考える事が多すぎて、いっそ放棄したくなってしまうのも無理はない。

「好き、か―――」

まさかと言う思いがあった。
彼女の知る雲雀恭弥は、雲の守護者に相応しく『何者にも囚われない人』だ。
その彼が―――やはり、信じられないと言う思いが強い。

―――この感情を、好きと表現するんだろうね。

あの言葉を聞いて、自分の心が動かなかったと言えば嘘になる。
しかし、それは嬉しさのようなものではなく、驚きだった。

「私…嬉しいと思った…?」

自問自答するように、そう呟く。
嬉しかっただろうか。
少し、違う気がする。
人に好意を寄せられるのは嬉しい事だ。
しかしそれは、たとえばツナに友人として好きだと言われるのと同じレベルの話。
恋愛感情を絡めて考えた時―――心は、動いたのだろうか。
それがはっきりしない限り、彼の想いを受け止めてはいけないと思った。
ベッドから立ち上がった彼女は、無言で机に近付き、引き出しを開く。
その一番奥に大切にしまい込んでいる、手紙。

「私はあなたへの想いを消化できてる…?」

白い紙に単語一つだけ書かれている手紙を、何度読み返したかわからない。
こうして言葉に出来ない不安や悩みを抱えた時、彼女はこの手紙を開いた。
彼の存在が、彼女にとって大きな意味を持っていたという事だろう。
癖のある字を指先でなぞれば、彼女の口元に薄い笑みが浮かぶ。

「今は…この戦いが終わるのを見届ける事だけね」

胸元で鎖に吊るしていたリングを手の平に落とす。
ツナたちの持つリングよりは一回り細身のそれは、彼らのように二つに分かれたりはしない。
それを右の中指に通し、目線の高さに持ち上げた。
光沢のある宝石の中に刻まれた、ボンゴレの紋章。
このリングの意味を知っている。
誰にも話していない、重要な意味。
それは同時に、彼女が今この場に存在する理由でもあった。

「9代目―――」

あなたは今、何を考えているのですか―――聞こえるはずのない問いかけ。

10.05.30