あの日の約束

言葉数の少ない白哉が、紅、と呼ぶ。
紅は自分の手を止め、声のした方を見た。

「ここにいたのか」
「はい。探していただいていましたか?」
「あぁ」

短い答えに、ごめんなさい、と眉尻を下げる。
構わないと首を振った彼が庭先に降り、彼女の傍へと近付いた。

「美しく咲いたな」
「はい。今年は暑さの厳しい夏でしたから、どうなることかと思いましたけれど…」

その暑さを乗り越え、二人の前で誇らしげに咲く花。
嬉しそうに笑顔を浮かべる紅に、白哉の表情も僅かに変化した。
「紅の手を煩わせていると庭師が嘆いていた」

「あら。私は好きでしているのだと何度も話していますのに」

苦笑を浮かべた彼女は、善処します、と告げた。
主人にそんなことをさせられないと言う庭師の気持ちもわかる。
とりあえず頷く紅だが、それでもきっと、少しは手を出してしまうのだろう。
長い付き合いだからこそ、手に取るように想像できる未来。

「明日からは現世任務だったな」

ふと、思い出したようにその話題を出す白哉。
手元から視線を上げて自分を見上げた紅に、彼はそっと手を差し出した。
その意味を理解した彼女は、すぐに自身の手を彼のそれに重ねる。
優しく促され、二人は並んで庭から屋敷へと戻った。

「最近は現世も落ち着いていると聞くが…」
「わかっています。油断せぬよう心がけます。怪我をしては、あなたを心配させますもの」

全て言われるまでもない。
紅は笑顔でそう答え、それを聞いた白哉は、そうか、と頷く。
そんな彼を見て、彼女がくすくすと笑った。
今の会話の中でどこに笑いの要素があったのか。
そう言いたげな視線を向けられた彼女は、やはり笑顔で答えた。

「昔を思い出していただけですよ」
「…昔…?」
「ええ。昔はあなたも若くて…随分と活気に溢れていたなぁと」

それだけを聞けば、今は枯れているかのような発言だ。
しかし、彼女の言いたいのはそれではない。

「夜一様にからかわれて冷静さを欠いていたあなたが懐かしく―――」
「…紅」
「あら、気分を害しましたか?でも事実ですわ」

懐かしいですね、なんて笑顔を浮かべる彼女。
年相応に、そして当主相応に落ち着きを持っている今の白哉には耳の痛い話題だろう。
そうとわかっていてあえてその話題を出すのだから、彼女も随分と人が悪い。
と言うよりも、白哉に対してこんな物言いを出来るのは彼女くらいのものだ。

「…そう言うお前も随分変わったと記憶しているが?昔は男と見紛う落ち着きのない小娘だったな」
「ええ、本当に。お蔭で随分と厳しく作法を躾けられましたわ」

付け焼刃でしかなかったけれど、と呟く。
俗に言う、幼馴染から結婚まで至った二人だ。
周囲の知らない部分も知り尽くしていると言っても過言ではない。

「けれど…あの頃の、無知ゆえの無謀さは、今にして思うと大切だったのかもしれないわね」

かつて、まだ夜一が頻繁に朽木家に顔を出していたあの頃。
若い二人が交わした約束があった。

「貴族の家は掟に囚われすぎているわ。これではこの先にあるのは衰退だけね」
「…私も、もう少し広い視野で物事を捉えてもいいと思う」
「私は、雪耶もそうだけれど…朽木の家も、衰退してほしくないの。この家が好きだから」
「守るために何かを変えなければならないなら…それも必要だろうな。お前となら、出来る気がする」


守るのだと約束した二人は、若かった。
古くから続く掟を変える―――それは続いてきた家の根底を覆すと言う事。
大人になり、二人はその難しさを知り、そして理解した。
けれど、決して諦めてはいない。

「あの日の約束を覚えていますか?」
「忘れたことなど、一度もない」

迷いも躊躇いもない言葉。
彼らしい、と紅は口角を持ち上げた。

「我が子が生まれるまでに、と思っていましたけれど…定めた期限は、少し短すぎたようですね」
「………紅?」
「こうなっては仕方ありません。子供に跡を継がせる前に、と期限を改めてしまいましょう」
「それは構わぬが…紅、お前…」
「子供が出来ました」

珍しく言葉を失う白哉を見つめる紅の表情は、かつてを垣間見せるものだった。




「子供…本当ですか!?」

帰って来たルキアにそのことを告げれば、彼女は暫し呆然とし、問い返す。
紅が頷くと、彼女は嬉しそうに表情を輝かせた。

「おめでとうございます、姉様!兄様!」
「ありがとう。生まれたら可愛がってあげて?」
「もちろんです!」

この喜びを誰に伝えよう、と言わんばかりの喜び様だ。
まるで自分の事のように喜ぶルキアを見て、紅もまた、嬉しそうに笑みを浮かべている。
自分が我が儘を通して養子に迎え入れた親友の忘れ形見は、最早欠くことのできない大切な家族だ。
そんな彼女が喜んでくれる―――嬉しくないはずがない。

「ところで、姉様は今後の任務はどのように?」
「普通に」
「それは…駄目だと思います!」
「大丈夫よ。これは病気じゃないんだから。ねぇ?」

白哉に同意を求めるように問いかけたけれど、返ってきたのは無言の圧力だ。
どうやら、何を考えていると言いたいらしい。
ほら、兄様も反対です!とこの表情ばかりは理解できたらしいルキアが声を上げる。
紅は大丈夫だと思うのだが、どの道白哉が納得しなければそれも不可能だ。
隊長である彼が黒と言えば白だって黒になるのだから。

「内勤程度であれば大丈夫です。外の任務は…仕方がないので諦めます」
「…妥協点だな」

少しの間をおいて頷く白哉に、紅も満足げに微笑んだ。








「聞いて驚け、一護!そして喜べ!」
「…その前に朝っぱらから突っ込んできたことに対する何かはねぇのか」
「姉様に子供が出来た!」
「へぇ、オメデトウ」
「心を籠めろ莫迦者!!」
「朝っぱらから喚くな!つーか、今までいなかったことの方が驚きなんだよ、俺は!」
「…確かに。まぁ、二人の事だ。思う所があったのだろう」
「…あー、何だ。とりあえず、おめでとうって伝えてくれよ」
「うむ。では、朝早くからすまなかったな」
「いや、めでたいことだから気に―――って、もういねぇのかよ!!」

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10.09.12