複雑な感情の先
ツナはディーノと共に別室にいた。
そこに顔を出した紅と骸を見て、彼はにこりと笑う。
「良かったね」
その言葉は、誰に対してのものだったのだろうか。
何となく行動を共にしていた骸を部屋に残し、廊下を歩いていた紅。
丁度部屋を出てきたツナが彼女に気付き、彼女もまた、ツナに気付く。
一瞬の沈黙。
「少し、話せる?」
そう切り出したのはツナの方だった。
廊下から繋がるバルコニーに出た二人は、視線を合わせるのではなく並んで空を仰ぐ。
既に夜が空を支配し、その場の明かりは月からのものだけ。
「…俺、驚いてるんだ」
「…そう、でしょうね」
ツナの言葉は、おそらく骸が紅を望んだことを指しているのだろう。
正確に言うならば、マフィアの血を継ぐ紅を、と言うべきか。
あれだけマフィア嫌いを前面に出していた骸だ。
違和感を覚えるのは、ごく自然なことだった。
「紅は雲雀さんとその…」
「雲雀?あぁ………そっちの事ね」
何故彼の名前が、ときょとんとする紅だが、言葉の意味を理解して頷く。
なるほど、そちらの話だったのか。
「一週間前にさ、骸と話をしたんだ」
骸が、あなたと?
紅の疑問は顔に出ていたのだろう。
ツナは苦笑交じりに、本当だよ、と頷く。
「クロームから聞いたんだろうね。次のイタリアには自分が一緒に行くって」
何をしに行くんだろうって思ったよ。
骸はわざわざ俺に報告してから動くような人じゃないし。
それなのに、あえて俺にそう言ってきたことが、疑問だった。
ツナはそう言うと、小さく笑った。
「今ならわかるよ。骸なりに筋を通したんだなって」
紅が9代目の実子であることは既に周知の事実となった。
そして、彼女はキャバッローネの幹部でもある。
本人が望まずとも多くの肩書を持つ彼女の隣に並ぶには、最低限、守護者としての立場が必要だった。
骸がイタリアに行くことにツナが頷いている―――その事実が、必要だったのだろう。
「もちろん、獄寺くんは反対したんだけどね。骸は文句も嫌味も何一つ言わずに、ただ俺の答えを求めてた」
骸の目に決意を見たのは、ボンゴレの超直感だったのだろうか。
少なくとも、ツナはこの骸の言葉を否定してはいけないと感じた。
「―――そう」
話を聞いた紅は言葉数少なく答えた。
そんな彼女の横顔を見つめ、ツナが問う。
「雲雀さんの事はどうするの?」
「…時々、あなたの目が怖いと感じるわ」
そう苦笑する紅もまた、相手にそう感じさせる時があるのだろう。
二人の中に流れるボンゴレの血は、彼らに不思議なほどの直感を持たせる時がある。
「遅い早いの問題じゃないわ。でも…少なくとも、もう遅い」
雲雀の方が早ければ、そんなことを考えるのは、無意味だ。
けれど、もしかすると彼の方が早く紅と再会していれば、未来は変わっていたかもしれないと思う。
少なくとも紅は“あの瞬間”まで骸をそう意識してはいなかったのだから。
―――消えないで、傍にいて…私も、あなたを―――
あの瞬間、紅の中の枷が外れた。
元から抱いていた感情だったのか、あの時に抱いた感情なのかは、未だにわからない。
しかし、あの時から紅の中には骸に対する感情が生まれ、今なお少しずつ成長している。
感情が動き出す前であれば、違っていたかもしれない。
けれど―――もう、遅い。
「それに、雲雀の気持ちが変わらなかったと断言できるものもない…」
「いや、それは…間違いないと思うよ。少なくとも、雲雀さんにとって紅は特別だったから」
そう言い切る彼の言葉には根拠があるのだろう。
初めてツナに視線を向けた彼女に、彼は苦く笑う。
「二年前、骸と雲雀さんが衝突したんだ。守護者総出で止めに入るくらい、派手に」
「それは…大変だったのね」
「他人事じゃないんだよ、紅に関係してたんだから」
やや呆れたように告げる彼に、初めて自分が関わっていたのだと知る。
確かに、今の流れからすると無関係の話題が出る方が不自然だ。
「骸が、雲雀さんがいつも首から下げていたピルケースを奪って終わったんだ」
「雲雀が、いつも…?」
「うん。中身を確認したことはなかったけど…紅が関係してるんだよね?」
ツナに隠し事は無意味だ。
紅はただ一度頷き、息を吐く。
そうか―――あの約束は、確かに雲雀の中で生きていたのか。
紅の心中は少し、複雑だった。
「ボンゴレ。余計な話はやめてくれませんか」
背後から、声が聞こえた。
振り向いた紅とツナが同時に、骸、と声を重ねる。
「あなたが戻ってこないから、探しに来たんです」
そう告げた骸が、紅の方にショールをかけた。
そう言えば何も羽織らずに出てきたんだった、と今更気付く。
「じゃあ、俺も部屋に戻るよ。おやすみ、二人とも」
ここ数年で、ツナも骸の扱いに慣れたのだろう。
あっさりと身を引いた彼は、そのまま引き止められる前にその場を立ち去る。
「骸…」
「今聞いたことは全部忘れてください」
「無理、ね」
ショールごと後ろから抱きしめられる。
あれから半日ほど経ったけれど、こうして彼の腕に抱きしめられた回数はもう数えきれない。
まるで空白の時間を埋めるように、彼は紅に触れる。
既に薬を使った身体は、彼とのバランスが丁度良い。
「あの薬を奪ったのは二年前です。その時点で、雲雀恭弥は僕の想いに気付いたはずだ。
それでも行動を起こさなかった―――それが、事実です」
起こさなかったのか、起こせなかったのかは問題ではない。
行動しなかったと言う事実がそこにある以上、どうであれ関係はないから。
「今更出てきたとしても…あなたは渡さない」
その言葉を行動で示すように、彼は苦しくないギリギリの強さで紅を抱きしめる。
そんな彼に苦笑し、トン、と背中を預けた。
「私は…こういう事に関してはあまり器用じゃないの。だから、一度自覚した感情を簡単には忘れられないわ」
骸に抱いた感情は、既に紅の中に存在している。
この後に誰が現れようと、そう簡単にその想いが消えることはない。
微笑んで告げた言葉は、骸を安心させることが出来ただろうか。
そんなことを考えながら、腹部を優しく覆う彼の手に自身のそれを重ねる。
それに応えるように、背後から首筋に口付ける骸。
くすぐったさに身を捩れば、上ってきた彼の手が紅の身体を反転させた。
バルコニーに両腕をつく彼と、柵の間に挟まれる。
見上げた骸の表情があまりにも優しくて、かける言葉を失った。
ごく自然に彼との距離が縮み、そして―――
「…紅」
「何?」
「…できれば、急いでください」
そう長くは耐えられません。
彼女の細い指先に唇を阻まれた骸は、溜め息交じりにそう零した。
目下横たわる制限の方が、雲雀以上に切実な問題のようだ。
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10.09.11