成長途中の僕と君

彼らがまだ中学生だった頃。
10年後の世界へと飛び、そこでミルフィオーレと対決すると言う事件があった。
紅自身が直接かかわったわけではないけれど、どうやら“未来の紅”はそれに関わったらしく。
その記憶だけは、大規模な地震と共に紅の中へと蓄積された。
数ある未来の中、紅が進むことのない未来。
紅はあの未来とは違う未来を進んでいた。








「風邪を引く」

そんな声と共に、肩にスーツの上着がかけられた。
ふわりと鼻に届く彼の残り香に、思わず薄い笑みを浮かべる。

「帰ってきたの?」
「ついさっきね。でもすぐに出かける」
「そう。先ほど草壁から連絡があったわ。あなたに話したいことがあるんですって」

そう伝えると、雲雀は知ってる、と頷いた。
首元のネクタイを緩める仕草は、何とも言えない色気があると思う。
出会って10年。
その半分の期間、離れて過ごしていた。
たった5年の付き合いなのか、それとも、もう5年の付き合いと言うべきなのか。
紅はあの頃を振り返るように目を細めた。

「あ、言い忘れていたけれど私、明日の朝一でイタリアに飛ぶことになったの」

ふと思い出したようにそう言った紅に、ネクタイをほどいた雲雀の手が止まる。
振り向いた表情は不機嫌で、彼が何を考えているのかがすぐにわかった。

「聞いてないよ」
「さっき連絡が入って、急遽飛ぶことになったのよ」
「何で?」
「研究が完成しそうなんだけど、あと一歩の所で上手くいかずに切羽詰まった状況だから」

さらりと答える彼女には、イタリアに向かう事への躊躇いも罪悪感もないらしい。
自分ばっかりだ、と思った。

「紅はいつもそうだね」
「恭弥?」
「手が届いたと思っていたのに…やっぱり、君を追いかけてる」

シュルリとネクタイを外した彼は、そのまま踵を返して部屋を出て行った。
残された紅は、肩から落ちそうになる彼の上着に手を添えながら、その言葉を考える。

「悟れって言うのは無理な注文なのかしら…」

そう呟く声は小さい。
紅自身は追いかけられているとは思っていない。
ちゃんと隣を歩いているつもりだが…彼にとっては違うらしい。

「…若いわね、本当に」

こう考えてしまう時点で、やはり彼との年齢の差は無視できないものなのかもしれない。
見た目の年齢が同じでも、中身が10歳も違えば仕方がないのかもしれないけれど。
ふぅ、と溜め息を吐き、明日の準備へと向かう。














イタリアの下町。
夜の気配に包まれた通りに面した、雰囲気のあるバーに紅の姿があった。
マフィア御用達の店内は、“そう言う人間”で溢れているようだ。
紅が着ている黒いスーツも目立たない。

「それは気の毒だな」
「…どっちが?」

空白の期間があるとは言え、長い付き合いだからだろう。
彼、ランチアの言葉が紅を擁護するだけのものではないと気付いた。
元々、彼は手放しに優しい紳士のような性格ではないけれど。

「男はいつまでも子供じゃない。だが成長も、認められなければ背伸びでしかない」
「認めていないわけじゃないわ」
「そうか?」

ランチアの問いかけに、紅はグラスを傾けて沈黙を返す。
認めていないわけじゃない。
けれど、認めきれているかと言うと、頷けないのだ。
彼は年下でまだまだ若くて―――そんな考えが、どうしても頭から抜けない。

「やっぱり駄目なのかしら」

溜めた息と共に吐き出された声は、自分でも驚くほどに弱々しいものだった。
まだ、愛しているとは言えない。
けれど少なくとも、向けられる好意と同じ種類の感情を彼に対して持っていることは確かだ。
それなのに、どうしてなのだろう。
殆ど空になったグラスを指先で傾ける彼女を横目に、ランチアは小さく笑った。
声が届いたらしく、紅の視線が彼を見る。

「お前は変わったな」
「…そう?」
「隠さずに話せば解決するんじゃないか?」
「それは無理」

酔いなど全く感じさせない迷いのない口調だ。
確かに、彼女は素直に悩みを打ち明けるような人間ではない。
人に頼らずに進める道を模索する人間だから。

「なら、とりあえずその鳴り続けている電話に出るところから始めたらどうだ?」
「え」

今気付いた、と紅がスーツのポケットを見た。
上等な布地だが、通気性良く作られているためにポケットの辺りは薄い。
そのお蔭で、携帯電話のライトが布越しに見えていた。
研究室でマナーモードにした後、それを解除するのを忘れていたらしい。

「ごめんなさい、少し」
「あぁ。そのまま外で待て。ここは俺が出してやる」
「あら、どうしたの?」
「次はお前に出してもらう」
「…そう言いながら毎度なんだけど…いいわ、ありがとう」

出すと言ってくれる好意を素直に受けるのもマナーだ。
お礼は別のところで返すとしよう。

「じゃあ、先に前に出ているわ」

そう言うと、カウンター席を離れつつポケットの携帯を取り出す。
ライトが消え、丁度、10回目の着信が途切れたところだった。
カラン、と品の良いベルに見送られ、店の前の路地に出る。
スゥと身体を冷やす風が心地良い。
それに目を細めた彼女が次に開いた視界には、予想外のものが映りこんだ。

「…恭弥?」

遠い日本の地にいるはずの彼が見える。

「遅い」

黒塗りの車のボンネットに腰を預ける彼は、どうやら幻覚の類のものではないらしい。
紅に向けられた低い声は、怒りとは別の色を浮かべていた。
戸惑う彼女の背後でカランとベルが鳴る。
頭の片隅でそれを聞いた彼女は、ふわりと背中を押されて首だけ振り向いた。

「俺はもう少し飲んでいく。見送りは必要ないな」

そう言って小さく笑ったランチアは、紅を残して店のドアを閉ざした。











紅を助手席に乗せ、雲雀が車を発進させる。
向かう先がボンゴレではなくキャバッローネであると気付き、紅の居場所を教えた人物を知った。

「忙しかったんでしょう?草壁は厄介ごとだって言っていたわ」
「面倒ではあったよ」

紅が問いかけ、雲雀が短く答える。
そして、沈黙。
何度かそんなやり取りをして、らしくないと思ったのか溜め息を吐く雲雀。
漸く、彼が本題を切り出した。

「気を抜くと君はすぐにどこかに行く」
「…ごめんなさい…?」
「謝らなくていい。僕はそれが君だって知ってる。だから、そのまま消えないように迎えに来ることにしたよ」

幼子を学校まで迎えに行くような手軽さで、あっさりと告げる彼。
その言葉通り、彼はあっさりと国境を越えてイタリアまで飛んできた。

「好きにしていいよ。制限して紅の良さを損なうのは、僕の本意じゃない」
「…あなたも変わったのね。昔は…何だって自分の思うようにしようとしたのに」
「変わらなきゃやってられないよ」
「…それもそうね」

彼が変わったように、彼女もまた、変化している。
今はまだ気持ちに多少の温度差はあるのかもしれないけれど、変化し続ければいずれは、並ぶ時が来るだろう。
焦る必要はない―――紅は、そっと瞼を伏せる。
その顔に浮かべられた穏やかな表情を、夜のネオンが優しく照らしていた。

Request [ モニターお礼企画|稚麻様|未来の話(ランチア出演希望) ]
10.09.09