天敵、現る
―――お前は…赤髪の飼い猫か。
やたらと目つきの鋭い、背中に大剣を背負った男に見下ろされながら、そんなことを言われた。
何の事なのだろうと思いつつ、猫の姿なので何も言わずに男の元を離れたのは数日前。
まさか、数日後にまた出会うなんて、思ってもみなかったから。
伸び始めた黒髪と共に、赤いリボンが風に揺れる。
重さなどほとんど感じさせないリボンは、揺れている時にはその存在を確かに示している。
だから、コウはこうして風に踊るリボンを見るのが好きだ。
甲板の縁に手をついて、潮風を浴びるその姿も馴染みの光景になってきた。
三日前から、“偉大なる航路”を進んでいた一行は、小さな名もなき島へと船を泊めている。
昼夜を問わず開かれる宴会に、コウは呆れたように溜め息を吐いていた。
「前の島の買い出しが無に帰す…」
「細かいことを気にしてると成長しねぇぞ!」
酒に集中していればいいのに、耳ざとく聞いていたらしいシャンクスが陽気に返事をくれた。
次いで酒をくれー、と言う彼に新しいボトルを投げたところで、彼女はふと思い出す。
「シャンクス、私のことを誰かに話しているの?」
「ん?どいつだ?」
「名前は…知らないけど。目つきの悪い―――」
「船長!!鷹の目が来た!!」
図らずもコウの言葉に割り込む形となった仲間の声。
それを聞いたコウは、聞きなれない呼称ながらも警戒心を見せた。
猫が毛並を逆立てるように、ざわりと空気を変えたコウに、シャンクスが口角を上げる。
「大丈夫だ。ここに連れて来いよ!」
「敵、じゃないの?」
「さぁ、どうだろうな。腐れ縁、ってところか」
気にした様子もなくコウから受け取ったボトルを開けるシャンクス。
そんな彼を見て、彼女はすべての警戒を解かないながらも、その人物が現れる方へと視線を投げた。
「あ」
その黒い人が現れると、コウは思わずそんな声を零す。
仲間の間を臆する事無く平然と歩いてくる男の顔…いや、その目に、見覚えがある。
その男はやがてシャンクスの前へと辿り着いた。
「よぉ、鷹の目。別に誘っちゃいねぇんだが?」
「偶々貴様の船を見かけたので立ち寄っただけだ」
「ま、いいか。お前も飲んでいくか?」
「そうだな―――」
何となく頷いた彼、鷹の目、ミホークがふとコウを見た。
猫と人間に共通点を見出すことは難しく、あるとすれば、赤いリボンと特徴的な金色の目。
けれど、あの黒猫を人間にすればこうなるだろうと言う人物が、彼の前にいる。
「飼い猫か」
「前も思ったんだけど!その飼い猫って失礼だと思うわ」
あの時は言えなかったことが思わず口をついて出てくる。
それからハッと我に返ったコウ。
そんな彼女にくくっと笑ったシャンクスが、少し遠い位置の彼女を呼んだ。
手招きされて仕方なく近付いていた彼女は、腕の届く位置に着いたところでシャンクスに腰を引き寄せられる。
そのまますとんと隣に座らされた。
「前に話しただろ、“コウ”だ」
「あぁ、そうらしいな。話に聞いていた通りだ」
「…ちょっと待って。何を話したの」
今の会話から、いったいどう“聞いていた通り”と判断したのか。
思わず口を挟むコウに、シャンクスは気にすんな、と彼女の頭を撫でた。
「可愛いが手は出すなよ?俺のだからな」
「…安心しろ。小娘に興味はない」
「こ…っ!!言うに事欠いて小娘!?」
「まぁまぁ、落ち着け」
シャーッと髪を逆立てそうな雰囲気のコウを、動けないよう隣に押しとどめる。
彼女は剣士ではないし、ミホークの食指は動かないだろう。
けれど、下手に突っかかれば余計な怪我をする可能性も否定はできない。
自分のものだと言えば傷つけはしない。
わかってはいるけれど、相手も海賊なのだから絶対などあり得ないと理解している。
だからこそシャンクスは、自分の隣に置くことで彼女を守っていた。
もちろん、コウはそんなことは知る由もない。
余談だが、このシャンクスの行動の意味は後程ベックマンの口からコウへと説明される。
それがコウを喜ばせるのは言うまでもないことだろう。
「あれ、誰?」
「あぁ、話してなかったな。鷹の目のミホーク。七武海の一人だ」
「…七武海…って何だっけ」
「後でベックにでも聞いとけ」
コウが海賊としての知識不足なのは仕方のないことだ。
元々なるべくして、と言うわけではなく流れでシャンクスの仲間になった要素が大きい。
海賊としてはまだまだ新米の彼女がそう多くの知識を持っているはずがないのだ。
「…無知だな」
「っ!」
「だからいちいち応えるなって。ほら、これでも飲んでろ」
何故かミホーク相手だと沸点が低くなるらしいコウ。
彼が彼女の反応を楽しんでいることに気付いていないのか、気付いていても止められないのか。
とりあえず甘めの酒のボトルを彼女に渡して大人しくさせるシャンクス。
「あー、もう!!あったまきた!!あんた敵!!私の敵!!」
コウが限界を迎えてこう怒鳴り、言い逃げるように走り去るまでにそう時間はかからなかった。
「…あれが例の娘か。ただの小娘だな」
コウが走り去った方を見つめ、ミホークが呟いた。
それを聞きながら、シャンクスは酒を呷る。
そして、先ほどまでコウを宥めていた軽い空気を消した。
「お前だから隠さなかった。期待を裏切るなよ」
「…まぁ、よかろう。だが、いずれ海軍はあの存在に気付く」
「守るさ。そのためにこの船に置いたんだ」
この船、シャンクスの隣―――この隻腕の届くところに置いた。
小さく笑みを浮かべる彼に、ミホークがフッと鼻を鳴らす。
「四皇も人の子だな。よもや、あのような小娘に骨を抜かれるとは思わなかったが」
「俺も俺なりに色々と考えたんだがなァ…全部無駄だったんだから、仕方ねぇさ」
真っ直ぐすぎるあの目に、想いに。
応えたいと思ってしまったのだから、仕方ない。
そう笑ったシャンクスは、新しいボトルをミホークへと差し出した。
「ベック!!なんなの、あいつ!!」
「どうした?やけに苛立ってるな」
「あの…鷲だか鳶だか知らないけど、人を馬鹿にして…!!」
「…鷹の目だ。ついでに言うと、アイツはいつもあんな感じだぞ」
「いつも!?」
「落ち着け。この広い海でそうそう会う相手でもないし…気にすることないだろ」
「………うん。そうよね。そうだと信じる」
寧ろ二度と会わなければいいんだけど!と言うコウの願いは、残念ながら叶う事はない。
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10.09.06