明日へと続く今
なぁ、見てみろよ。
暁斗にそう言われた翼は、どうやって動かすのかと確認していた紙から顔を上げた。
彼が示す先には対面式のキッチンがあって、そこで動く紅と玲の姿が見える。
何かを相談しているのか、コンロのあたりに並んでいる二人は、時折笑顔を浮かべていた。
「二人が何?」
「いい絵だと思わないか?」
ふやけるような優しい表情でそう告げた彼に、あぁ、惚気か、と納得する。
二人は、交際期間は長いが、結婚してからはまだ一年も経っていない、所謂新婚だ。
初めての正月準備ともなれば、色々と思う所もあるのだろう。
あまりにも今までと変わらないから、時々新婚どころか結婚していることすら忘れてしまうのだが。
更に、妻の隣にはそれこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっている妹の紅がいる。
二人が並んで談笑しつつお節作りに勤しんでいる姿は、彼にはとても幸せな絵に映るのだろう。
尤も、翼の目から見ても中々に微笑ましい光景だ。
何かに悩んでいたらしい紅の表情が、パッと閃きを宿す。
冷蔵庫の方に歩いていた玲を呼んで何かを告げて、二人して笑顔を浮かべた。
悩み事は解決し、良い方向へと向かったらしい。
鼻歌でも口ずさみそうなほどにご機嫌な様子の紅が、ふと視線に気付いた様子で顔を上げた。
ぱちり、と視線が絡む。
なぁに?と首を傾げた彼女は、一年前よりも大人びているように見えた。
翼の家は年越しに関して煩い家ではない。
どこで過ごそうが気にしないのだが、紅は年越しは家族で過ごすべきだと言った。
だから、翼は毎年、年が明ける前に家に帰る。
「翼、帰らないの?」
時計を気にした紅がそう尋ねる。
リビングは新婚夫婦に譲って、二人は紅の部屋にいた。
高校生ともなれば日付をまたいで起きていることなど珍しくない。
大晦日と言う名称さえなければ、いつもと何ら変わりのない夜だった。
とりあえず点けられているテレビからの声も遠い。
「今日はこっちにいるよ。暁斗には話してあるし」
「え、何で?」
「久しぶりに二人で過ごしたいの、なんて言われて追い出されたから」
玲に影響され、母が新婚時代を思い出してしまったらしく、大晦日は好きにしなさいと言われたのは三日前。
暁斗に相談したところ、苦笑交じりにうちに来いと言われた。
夜まで滞在する予定だったのだから、それが数時間延びようが関係ないと言う事だ。
事情を話すと、紅も暁斗と同じように苦笑を浮かべた。
「まぁ、おばさんが良いって言うなら…いっか。うちで寝るの?」
「や、帰る予定―――」
と答えた所で翼の携帯が震えた。
メールの差出人は母だ。
「…ごめん。泊まる」
「仲が良いのは良い事よ。じゃあ、兄さんたちにも話しておかないとね」
くすくすと笑って立ち上がった紅は、部屋を出ながら「兄さーん」と声をかける。
それを追って、翼もリビングへと降りた。
「災難だな、翼。部屋はいつもの所を使えよ」
「全くだよ。ありがとう」
「じゃあ、布団の用意をしないと。こんな可能性があるんだったら昼間の内に干しておけばよかったなぁ」
「いいよ。一晩くらい」
「とりあえず、布団乾燥機だけかけるから、手伝って」
今年最後の仕事だ、なんて言いながら、翼を連れて出て行く紅。
リビングに残った二人は、顔を見合わせて笑った。
「昔みたいに紅の部屋、とは言わないのね」
「新年から自分の理性を試すような馬鹿な真似はしない奴だよ、翼は」
「それもそうね」
年明け前に蕎麦を食べて、ひとしきり話しこんだ後は二人ずつ部屋に戻る。
「翼、寝る?私は眠くないし、折角だから日の出まで起きてようと思うけど」
「俺も眠くないから、付き合うよ」
「そう?じゃあ…どうしようか。DVDでも見る?」
「見てないのが残ってた?」
本棚の一角、DVDのボックスが置いてある場所に近付いてそれを運んでくる紅に問いかける。
ボックスの蓋を開けた紅は、順番に名前を読み上げた。
「あ、クリスマスに見られなかったのが一つ」
「何分?」
「180分」
妥当だね、と言う返事を聞いて、それだけを取り出して後の物を本棚に戻す。
翼に渡せば、手慣れた様子でそれをDVDレコーダーにセットしてくれた。
一つの大きな毛布を共有して、テレビと向き合うようにして並んで座る。
映画が始まれば、二人はテレビ画面に集中した。
そろそろ起きろよー、と客室をノックするが、返事はない。
いつもならば何らかの反応があるのだが…そう思いながら、ドアノブをまわして部屋の中を覗く。
整えられたベッドは一人分の膨らみすらない。
んん?と首を傾げる暁斗。
使われた形跡のないベッドを見つめ、少し考える。
「暁斗、どうしたの?」
「紅は?」
「紅?まだ寝ていると思うけど…起こしてきましょうか?」
頼む、と言われて、玲が紅の部屋へと向かう。
暁斗と同じように部屋をノックするが返事はない。
大人二人が顔を見合わせた。
そして、玲が部屋のドアを薄く開き、中の様子を窺う。
すると、彼女はすぐに表情を緩めた。
「いつまで同じ光景を見られるかしら」
そう言い残して、雑煮を作るからと階段を下りて行く彼女。
彼女が薄く開いたままのドアの隙間から中を覗いた暁斗も、思わず笑みを浮かべた。
「…ガキの頃と変わんねぇな」
高校生がベッドで並んで、と言う状況であれば考えなければならない所だ。
だが、二人は子供の頃と同じようにベッドに凭れるようにして並んで座ったまま、凭れ合って眠っている。
もう何度この光景を見ただろう―――微笑ましい気持ちになりながら、そっと部屋のドアを閉めた。
半時間ほどしてから、再度起こされた二人は、数秒後にハッと覚醒した。
「日の出は!?」
「とっくに昇っちゃったわよ。初日の出を見るつもりだったの?」
残念ねぇ、と苦笑した玲が開いたカーテンの向こうには明るい日差し。
何のために起きていたのか…肩を落とす二人にクスリと笑ってから、降りてきなさいね、と言って部屋を出る玲。
「…行こうか」
「そうだね」
一年間こんな感じなのかなぁ、と思いながら、並んで部屋を後にした。
- - - -
あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。
2010年が皆様にとって良い年でありますように。
Hora fugit 雪耶 紅
10.01.01