紡いだ言葉の先に
昨日はキッチンに籠ってお節料理を作っていた母、奈々と紅。
用意してくれたお節を食べて、届いた年賀状を確認していた頃、気が付けば二人の姿が消えていた。
「あれ?ビアンキ、母さんと紅は?」
「居間にいるわよ」
リビングを抜けてキッチンからペットボトルを持ってきたビアンキに尋ねると、そんな答えが返ってきた。
彼女はそのままリビングを出て行く…かと思いきや、扉の所でくるりと振り向く。
「ツナは来ちゃダメよ」
「え?」
「急ぎの用事でもあった?」
「いや、ないけど…何で?」
何でツナは駄目だと言われなければならないのか。
首を傾げる彼に、ビアンキは意味深に微笑んだ。
「秘密」
そう言い残して、彼女はリビングを後にする。
一体何なんだと未消化の疑問を抱いていた彼。
しかし二階から聞こえてくる「ツナ!!ゲームしよ!!」と言うランボの賑やかな声に考えを遮られる。
答えなければずっと叫んでいるだろうランボに「わかったよ!」と返事をして、二階へと向かう。
途中、居間の方を見てみたけれど、微かに話し声が聞こえる以外は何もわからなかった。
ランボに付き合っていると、思ったよりも時間が経っていた。
とりあえずランボが満足した頃、階下からツナを呼ぶ声がする。
「何ー?」
部屋のドアを開けて顔だけを覗かせ、答える。
降りてきて、と言われて、少し早い昼寝を始めたランボに毛布をかけてから部屋を出た。
「何、母さ―――」
階段の途中で再度母に向けて声を上げたのだが、それは中途半端な所で続きを失ってしまった。
同時に、ツナの足も止まる。
階段を下りた先に、綺麗な帯を締めた背中が見えた。
声に気付いたらしいその背中が、くるりと振り向く。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、綱吉。…どうかな?」
紅は身体の正面をツナに向けるように立って、そう問いかける。
少し赤い黒髪に合わせたのか、全体的に赤…緋色の印象だ。
薄い地に縫われている赤い花の模様は少し小ぶりで、派手に感じない落ち着いた雰囲気の柄。
艶のある金色の帯は彼女の背中で蝶のように結ばれている。
「綱吉?」
「あ、えっと…いいと思い…ます」
「何で敬語なの?」
クスリと笑う紅は軽く化粧をしているのか、その唇がいつもより鮮やかな色彩を放っている。
うっかりしていると日が暮れるまで彼女の姿を凝視してしまいそうで、思わず視線を逸らした。
出来るだけ自然に振舞うようにしたけれど、彼女に気付かれなかっただろうか。
「…着物を着てたんだね」
「うん。お母さんが張り切っちゃって」
いつの間に用意してくれたのかしら、なんて言いながら着物の袖を振る彼女。
香を焚いたのか、ふわりと和風な香りがツナの鼻孔を掠める。
「どう、ツナ。いい出来栄えでしょう?」
いつの間にやってきたのか、自慢げに胸を張る母がそこにいた。
頑張ったのよ、と告げる彼女に、心中で激しく同意する。
母が頑張ったお蔭なのか、紅が着物を着こなしているのか、はたまたその両方か。
とにかく、完璧と言っていい姿だった。
「ついでだから、二人で初詣に行ってらっしゃいよ。はい、お賽銭と…露店が出てるだろうから、お小遣いね」
ツナが近くにいたからなのか、彼女ははい、と小銭とお札を数枚、彼に手渡した。
「折角紅が綺麗にしてるんだから、少しはまともな格好で行きなさいね」
そう言った彼女は、強引にツナを反転させ、階段の上へと押していく。
二階までやってきた所で、彼女は背中からツナの耳元に顔を寄せた。
「見惚れてるだけじゃなくて、もう一度ちゃんと褒めてあげなさいよ?」
「な…!」
「そう言う所、お父さんそっくりなんだから」
くすくすと笑う母に、頬の熱を誤魔化すように頭を振る。
「レディを待たせないようにね」などと言ってトンと背中を押す母を少し睨んでから、自室へと駆けこんだ。
並んで歩くことなんて、今日が初めてではない。
それなのに、ツナは酷く緊張していた。
視界の端に綺麗に着飾った紅が映り込む度に、心臓が面白く跳ねる。
気を抜くと手と足を同時に出すような間抜けをしてしまいそうだ。
「人が多いね」
「あ、うん。元旦だし仕方ないよ」
そう答えた所で、後ろから二人を追い越した人の肩が紅に当たる。
ツナは咄嗟に僅かに体勢を崩した紅に手を差し出した。
「大丈夫?」
「平気よ。草履が慣れてないから」
「俺からするとヒールの高い靴の方が歩きにくそうだけど」
「あれはもう慣れてもの。草履の所為って言うより着物の所為かな」
歩幅が狭くって、と苦笑を浮かべる紅。
小さく小さく歩いている紅を見ていれば、ツナでもよくわかった。
そこで、ハッと気づく。
「もしかして、俺…歩くの速い?」
そう問いかけると、紅は困ったように笑った。
否定の返事がない所を見ると、そうだったらしい。
「ごめん!何も考えずにいつものペースで歩いてた!」
「ううん、いいのよ。ツナ、いっぱいいっぱいみたいだったし」
寧ろ何も考えていないどころか、頭の中は色々な事で飽和状態だ。
それを見透かすような紅の言葉に、思わず頬を赤くして視線を逸らす。
図星だと言っているようなものだが、それに気付く余裕もなかった。
「ゆっくり歩いてくれる?」
「うん。えっと―――このくらい?」
彼が示した速度は確かに紅が付いていける速度なのだが、何だか動きがわざとらしい。
少し悩むように顎に手を当てた彼女は、程なくしてパッと表情を変えた。
そして、ツナの手を握る。
「え?」
「これなら大丈夫でしょ?自然に歩いて」
そう促されて、一歩踏み出す。
ツナに合わせるように紅も歩き出すけれど、先程のような不自然さはない。
もちろん、二人の手が繋がっているから、紅が置いて行かれることも急ぐ事もなかった。
「初めからこうすれば良かったね」
なんて笑う彼女に、何とか「そうだね」と返す。
男の自分とは違う柔らかい手だとか、彼女との距離だとか。
色々と思う所はあるけれど―――そう思いながら、ちらりと彼女を見る。
いつもとは違う歩幅で、けれども支障もなく歩いている彼女は、綺麗な着物に心を躍らせているようだ。
楽しげに笑みを浮かべるその表情に、自然と緊張が解れて行く。
「紅」
「何?」
「着物、似合ってる。その…綺麗、だと思うよ」
人を褒める事…特に女性を褒めるなんて慣れていないから、少しだけ詰まってしまった。
前を向いたまま告げた言葉に、手を握る彼女のそれに力がこもった。
思わず紅の方を向いた彼は、目の当たりにする。
花開くように破顔する紅を。
「ありがとう。綱吉にそう言ってもらえると、嬉しい」
こんな些細な一言がこんなにも彼女を喜ばせるならば、どんなに照れようと、何度でも言ってあげたいと思う。
褒め言葉を口にする以上に、紅の表情にやられてしまった。
「あ、あそこにりんご飴があるよ!」
誤魔化すように…視線を彼女から逃がして、少し先にある露店を指差す。
彼女の表情が見えなくなるのはとても名残惜しかったけれど、今は照れくささの方が勝った。
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あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。
2010年が皆様にとって良い年でありますように。
Hora fugit 雪耶 紅
10.01.01