賑やかに過ごす時間
「そう言えば…祝った事ないなぁ」
コウがポツリと零した言葉が、ハートの海賊団船員の心を動かした事だけは確かだった。
使命感に燃える彼らの傍らで一人、冷静だったローが溜め息を吐き出す。
―――たぶん、何かが違う。
そう思いながらも、言葉では止まらない連中だと知っているローは、彼らを止めなかった。
買出しに行くぞ、と船から連れ出されて三時間。
箱で荷物を抱える仲間と並んで歩くコウの手には袋が二つ。
手伝うといったコウに渡されたそれはさほど重くはない。
「船に帰ったら準備で忙しいからな」
今のうちに楽をしておけ、と頭を撫でられれば、それ以上文句も言えない。
一人だけ楽をしていていいのだろうか、と思いながらも、その厚意を素直に受け入れた。
「ローさん。なんか皆、殺気立つみたいに準備に余念がないんだけど…」
何で?と首を傾げるコウ。
自分の私物の本を運んでいたローは、彼女の問いかけに僅かに笑った。
「前の島の時だな。もうすぐ新年のパーティーがあるって話を聞いただろ」
「…あぁ、そう言えば。それで、皆熱心なの?好きだね、宴会」
「そりゃ、お前が祝った事ないなんて言うからだろうが」
「祝った事…?…そう言えば、そんな事言ったね」
あまりにも軽い反応の彼女に、ローは溜め息を吐き出した。
何となくそんな気はしていたけれど、本当に他意なく零れ落ちた言葉だったらしい。
「祝った事はあるんだろ?」
「え、うん。ルフィと一緒に、村を上げて。小さい村だからさ、毎年皆で一緒にお祭り騒ぎ」
結構楽しかったよ。
彼女は思い出すように笑った。
それならば、何故「祝った事ない」などという発言に繋がるのか。
それを問いかければ、彼女は苦笑交じりに答えた。
「家族で祝った事はないな、ってこと」
コウに家族は居ない。
父親の事は知らないようだが、母親には捨てられたのだと話してくれた。
彼女の言葉は“家族で”と言う部分が抜けていたらしい。
今更ながら自分の発言が彼らを燃え上がらせている事に気付いたらしい。
その事に対して申し訳なさは感じたようだが、特に気にしている様子はない。
家族云々の問題は、彼女の中では既に消化されているのだろう。
「そっかー…皆、それで張り切ってくれてるんだね」
声の調子からして、申し訳ないとは思っているのだろう。
しかし、隠し切れない嬉しさが表情ににじみ出ている。
「楽しみか?」
「…うん!」
勘違いから始まった大規模な宴会だが、この笑顔一つで十分すぎる価値がある。
手伝ってくるね!と走り出したコウの背中で、黒い尾がゆらりと揺れた。
「…よほど嬉しかったらしいな」
自分の能力の調整が上手くいかないくらいに嬉しかったらしい。
仕事を貰ったのか、小さな箱を抱えて戻ってきたコウの頭には猫の耳。
準備の合間に仲間たちがその姿にほのぼのと和む。
新しい年を迎えるまで、あと6時間と迫っていた。
アルコール度数の低い酒だが、量を飲めばきつい酒と変わりはない。
結構なペースで薦められ、飲んでいたコウを見守る仲間たちの心中を察し、苦笑するロー。
どうやら彼らは、コウが酔うのを待っているらしい。
マタタビに酔う性質なのだと言う事は、ローから聞いた。
「コウ」
「はーい」
「酔ってないか?」
「うん、平気」
けろりとした様子の彼女に、なるほど、と納得する。
どうやら、マタタビには酔っても酒には酔わないらしい。
身体があたたかくなってきたのか、ご機嫌な様子の彼女の背中には相変わらず黒い尾が揺れる。
「酔わねぇならこれもどうだ?」
「わぁ、キレー!」
バーテンダー経験のある仲間がコウにカクテルを差し出した。
勢いで飲むなよ、と言われて、ゆっくりとそれを楽しむ。
意外にも酒好きらしい彼女は、そのカクテルの味が気に入ったらしい。
「もっと欲しい!」
「はいはい、お姫さん」
さほどアルコール度数の高いカクテルではないからと、彼はコウのために新たなそれを用意する。
「あんまり飲ませるなよ」
「あいよ、キャプテン」
「えー、ローさんずるい」
グラスを空にして口を尖らせる彼女。
それを見ていた男二人が思わず笑い声を上げた。
それによって、より一層膨れてしまった彼女の頭を撫でるロー。
「あんまり酒を飲むと成長が止まるぞ」
「あ、それは駄目。じゃあ、あと一杯だけ」
小柄な彼女にとっては、身長が伸びないのは切実だ。
即座に酒の量を規制されることを納得する彼女の姿勢がそれを物語っている。
「いっそ小さいままの方が可愛いぞー?」
確実に酔っているとわかる一人が、コウたちの会話に加わった。
全員がこの場に集まっているのだから、会話が聞かれて困る事など何もない。
頭の上に腕を乗せられ、押しつぶされそうになったコウがくぐもった文句を言う。
「こう言うことされるから嫌なの!つぶれる!!」
「しかしなぁ…コウがでかくなるのは嫌だぞ、俺たちは」
更に数人がジョッキを片手にカウンターに集まってきた。
口々に小さいままがいいと説得を試みて、あわよくば酒を飲ませてしまおうとしている彼ら。
酒程度で本当に成長が止まる保障などどこにもないのだが、酔っ払いの思い込みがなせる業だ。
そんな彼らの傍らでゆっくりと酒を飲んでいたローがポツリと一言。
「お前らみたいにでかくなるわけないだろうが。ガキが女になるだけだ」
水を打ったように静まるカウンター付近。
何を当たり前のことを、と首を傾げているのはコウだけだ。
成長する = 大きくなる。
そんな方程式を想像していた彼らの脳裏に、今のコウが浮かぶ。
コロコロと小さくて可愛い彼女の手足がすらりと伸びて、出るところが出て引っ込むところが引っ込んで。
今でも顔立ちは悪くないのだから、可愛さに綺麗さが加われば―――
「酒はやめとけ、コウ!!」
「あぁ、思うままに成長しろよ!!」
そう言って先程頼んだ一杯まで奪われそうになり、慌ててそれを確保するコウ。
ここにいては危険と判断したのか、彼女はひょいと椅子から下りてカウンターから逃げ出した。
チリン、と首元の鈴が鳴る。
逃げるコウを追いかけていく彼らは酔っ払いで、どこまでも自由だ。
「…首輪の付いた猫がてめえのもんになるわけねぇのにな」
バーテンダーの彼が苦笑を浮かべた。
カウンターに座るローはその言葉にニッと口角を持ち上げ、酒の追加を要求する。
「もう2時間も前に年が明けたんだが…一人でも気付いてんのかねぇ、あいつらは」
賑わいの中、壁の時計を見上げる者など、一人も居ない。
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あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。
2010年が皆様にとって良い年でありますように。
Hora fugit 雪耶 紅
10.01.01