太陽が照らす長い影
夜通し続いた新年の宴会から抜けだした紅は、庭先で沈んでいく月を見ていた。
もう一刻もすれば、今年初めての日の出を見る事が出来る時間帯。
あと少し、起きていられるだろうか。
まだ暗い空を見上げた彼女は、はぁ、と白い息を吐きだした。
「こんな所にいたのか」
探したぞ、と言う声が聞こえて後ろを振り向く。
縁側の所に政宗がいて、どうかしましたか、と尋ねた。
彼の腕には外套が握られているが、それは彼の物ではなく紅の物だ。
彼は既に外套を羽織っている。
「出掛けるぞ」
近付いてきた彼女を引き寄せた彼は、その肩に外套を羽織らせる。
しっかり着ろよ、と促されて袖に腕を通している間に背中を攫われ、足を進め始める。
「どこに?」
「いいから、黙ってついてこい」
何を聞いても誤魔化すどころかヒント一つ与えず、政宗は愛馬に跨った。
馬上から手を差し出され、心中で首を傾げながらもその手に自身の手を重ねる。
ぐい、と強いけれども無理のかからない力で引き寄せられ、彼の前に腰を落ち着けた。
「少し急ぐからな。舌を噛まないよう気をつけろ」
そう言われてしまえば、紅は口を開いていられない。
速度を上げて走る馬の背では、油断すれば言われたとおりに舌を噛んでしまう。
どこに向かっているんだろう―――そんな事を考えながら、彼の胸に背中を預けた。
「眠いなら寝てていい。着いたら起こしてやるよ」
「眠くはありませんから、大丈夫です」
政宗の行動に対する期待で、眠気なんてどこかに飛んでいってしまった。
悪いようにはならないと知っているからこそ、全てを預ける事が出来る。
そこから先は無言で、彼はひたすら馬を走らせた。
やがてたどり着いたのは、海を見渡せる海岸だ。
切り立った崖に程近い場所で馬を止めた政宗がひょいと馬を下りる。
ここまでくれば、彼が何を考えているのかは分かっていた。
既に、空は赤く染まり始めていて、もう間もなく日の出の時を迎えようとしていた。
「確か、初めてだよな?」
「ええ」
もうずっと奥州で過ごしているような気がするけれど、実はまだ三年目だ。
海から太陽が顔を出す様子は、紅が知っている日の出よりもずっと美しかった。
初日の出自体は、元の世界で何度か目にしている。
けれど、海からの日の出を見るのはこれが初めてだった。
「美しい風景ですね」
感動以外の何を伝えればいいのだろうか。
言葉少なくそう呟いた紅の肩に、政宗の手が載せられた。
柔らかく引き寄せられるままに彼に半身を預ける。
「来年も見に来るか?」
「ええ、是非」
「お前なら気に入ると思った」
そう言った彼が後ろから紅を包み込む。
布越しの体温がとても心地よく、自然と目を細めていた。
まだ眩しいとは感じない太陽が、ゆっくりと空を昇っていく。
「帰ったらすっかり日が昇ってしまいますね」
「あぁ。何も言わずに出てきたから、多少の小言は覚悟しろよ」
「え。…誰にも伝えていないんですか?」
新年早々から小言を聞かなければならないのか。
思わず嫌そうに表情を歪める彼女に、政宗がククッと笑う。
「もう。政宗様がちゃんと伝えてくれるか、伝える時間をくれれば怒られずに済むんですよ?」
「そうだな。悪かった」
ポンポンと慰めるように頭を撫でられて、紅は僅かに尖らせた唇を閉じる。
それから、仕方がないなぁ、と言う風に笑った。
「夜に出かけて怒られるなんて…子供みたいです」
「ついでに朝帰り、だな」
「怒られる時は一緒ですからね」
「心配しなくても、あいつが許してくれないだろうさ」
最早、二人の中では誰の小言を聞く事になるかまで、はっきりと連想されている。
「どうせ小言は決定なんだ。もう少しのんびりしてから帰るぞ」
「…そうですね」
そう頷いた彼女の意識が再び水平線へと向けられる。
暫くの間口を閉ざしていた紅がふと自分を包む政宗の腕を引いた。
「不思議ですよね。毎日、必ず日は昇るのに…新年を迎えた今日は、何故だか特別に見えてしまう」
少しずつ昇り始める太陽に願えば、叶うような気がする。
いつもと変わらぬ日の出であるはずなのに―――不思議だ。
紅が言いたい事がわかったのか、彼は、確かにな、とそれを肯定する。
「新年だって、所詮は人の決めた暦だからな。まぁ、世の中がそれを元に動いてる以上、従う他はねぇ」
「別に、嫌だって言ってるわけじゃないですよ?」
「あぁ、わかってる。ま、いつもなら気にしてない物に目を向けるいい機会だな」
いつもならばこの時間帯はまだ眠っている。
例えば出陣している最中でも、朝日を見ても日が昇ると感じるだけ。
新たな年の初めての日の出と言う事実があるからこそ、それに目を向けるのだ。
「ねぇ、政宗様。何を願いましょうか?」
「今年こそ、天下取りを決めたいところだが…それは願う事でもないな」
「政宗様自身で叶える目標ですからね。では…怪我がないように、とでも願いましょうか?」
「それもある意味自分の努力だな」
「…不幸からは守られるかもしれませんよ?」
クスリと笑う彼女の髪を一房掬いあげ、そこに唇を落とす。
感覚などあるわけがないのに、まるで指先に口付けられるようなくすぐったさを感じた。
「俺は、ガキが欲しい」
耳元で囁くように告げられた言葉に、紅が身体を振り向かせた。
彼と視線を合わせ、次に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「…政宗様、それは…」
「あぁ、わかってる。お前との約束だからな。だが、俺がそれを望んでる事だけは忘れてくれるなよ?」
ちゅ、と額に軽く口付けられ、思わず瞼を伏せる彼女。
それを追うように瞼にも唇が落とされた。
「私は、政宗様が天下を取れるよう、願います」
「…今はその返事だけで十分だな」
少なくとも、彼女が天下統一を達成したその先を望んでいる事はわかる。
彼女はまるで誓うように、そっと自身の唇を政宗の頬に寄せた。
「政宗様、今年もよろしくお願いします。どこまでも着いて行きます」
「随分と熱烈な挨拶だな。だが…歓迎するぜ?」
着いてこいよ、と口角を持ち上げる彼に背中を攫われ、強く抱き寄せられた。
指笛を鳴らし、馬を呼び寄せると紅を抱き上げて馬の背に跨る。
「海岸を走るぞ。他に行きたい所はあるか?」
「政宗様の望むままに!」
「いい返事だ!」
- - - -
あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。
2010年が皆様にとって良い年でありますように。
Hora fugit 雪耶 紅
10.01.01