そんな未来と、交差する

目の前で煙管を銜える男には見覚えがある。
あるはずなのだが、自分の知るその人とは、少し違っていた。
時が経っていると言われれば納得できるだろう。
知らぬうちに、彼…高杉は、青年から男性へと変化していた。

「…これは夢か…?夢なのか…?」

誰に問うでもなく、ぼそぼそと呟く。
こう言う所が銀時の影響を受けてしまっているような気がして、少しだけ嫌だった。
ふと部屋の窓に映る自分の姿を見て、思わずぽかんと目を見開いた。
花魁のように煌びやかな着物を身に纏っているわけではないけれど、少なくとも男には見えない格好だ。
切った筈の髪も、高い位置でくくっているのに背中まで届いている。
知らぬうちに、変化した彼と同じように、自分もまた、大きく変化していた。

「…何、呆けてやがる」

ふぅ、と煙を吐き出した高杉の視線がこちらを向いた。
初めて嗅ぐ煙管の臭いのはずなのに、それが何故か落ち着く。

「高杉…あの、さ」
「………………」
「俺―――!」

ひやりと冷たい感触が喉元へと添えられた。
引き下がろうにも、一瞬で壁に背中を押し付けられているので不可能だ。
火のついた煙管を銜えたまま自分に刀を押し当てる高杉は、自分の知る彼と同じ眼をしていた。

「…何者だ、テメェ」
「え?」
「紅の格好をしてりゃ、俺が油断するとでも思ったか?」

聞いたこともないような低く恐ろしい、背筋に冷たい氷が通ったような声だった。
息がかかりそうな距離で鋭い獣の眼差しに睨みつけられる紅は、言葉を失っている。
彼になら殺されても構わないと思っているけれど、殺されるなら自分の知る彼がいい。
その感情の揺れを表すように、朱がその色を濃くする。
近い距離でそれを目の当たりにした高杉は、チッと舌を打って彼女から離れた。

「た、かすぎ…?」
「頭でも沸いたか」
「はぁ!?し、失礼なこと言うな!銀時じゃあるまいし…!」

思わずそう答えた彼女に、彼はククッと喉を鳴らす。
先ほどまで自分を殺しかねない空気を発していた人間とは思えない行動だ。

「…中身だけ攘夷戦争ん時に戻ったみてぇだな」

ふぅ、と煙が吐き出される。
相変わらず、冷静に状況を見つめられる人だと思った。
数少ないヒントの中から、確実に真実を見出す能力は、最早天性のものと言っても過言ではない。
状況整理に満足した彼は、そのまま窓の外へと視線を向ける。
どうすべきかわからなくなった紅は、その場に佇んだ。
恐らく、彼の領域に踏み込む事は許されている。
ここから数歩進み、その距離をつめる事はそう難しいことではないのだ。
しかし、それを許されているのは紅ではない。
この時代の、彼と共に長い年月を歩いてきた紅なのだ。
自分ではない―――その事実が、紅の前に見えない壁を作る。
けれど、心のどこかでこの状況を喜んでいる自分が居た。
いくらか時間が流れても、彼と共に居る自分を見ることが出来たから。

「高杉」

彼は振り向かない。
しかし、その背中が紅の声を聞こうとしているように見えた。

「…アンタが生きてて良かったって言ったら…きっと、笑うんだろうな」

彼の表情は見えないけれど、笑っているように思う。
生き残れる保障などない。
寧ろ…人数の少ない人間側の敗北は見えているような気がした。
薄々それを感じているからこそ、彼が生きている未来を喜ぶことが出来る。
小さく微笑んだその時、意識が引き寄せられるのを感じた。
あぁ、目覚めか―――意味もなく、そんな事を考える。














ドォン、と言う低い音の後、建物全体が揺れる。
ゆっくりと目を開いた紅は、何も言わず身体を起こした。
手の届く所においてある刀を手に取ってから、乱れた髪を手櫛で整える。
短い髪は、それだけである程度見られる形になった。

「ったく…新年早々…」

そう呟き、気付く。
そうか、今日は新年一日目だ。
と言う事は、あの夢は初夢…と言うことになる。
随分と不思議な夢を見せてもらったものだ。

「紅、起きてるな?」

襖の向こうから声がした。

「あぁ、起きてるよ」
「5分で用意しろ。鬼兵隊は西に向かう」
「了解」

彼の声を聞いた時から、すでに準備を始めていた。
着替え以外の時間はないだろう。
本当ならば歯のひとつも磨いておきたい所だが、生憎洗面所は遠い。
大体、朝食もまだの状況ではできる事は本当に少ない。
腰に刀を挿して準備を完了した紅は、スラッと襖を開いた。

「早いな」
「っ!?待ってたのか、意外だな」
「一つだけ言っておくことがあってな」

そう言った彼の双眸は楽しげに細められている。
そう言えば、あの高杉の片目は包帯に隠されていた。
怪我でもしたのだろうか。
場違いなことを考える紅の前で、高杉が口角を持ち上げた。

「死ぬなよ、紅」
「今更、改めて言うことでもないだろ」
「馬鹿みてぇな油断で未来が変わるのは御免蒙るぜ?」

そういい残し、彼は足音を消すこともなく歩いていく。
残された紅は、彼の言葉の意味を図りかねていた。

「え?知って…?いや、まさか」

呟く疑問を解決してくれる者は居ない。






紅を置いてきた高杉は、一人小さな笑い声を発した。

―――晋助…じゃないわね。あなたは誰?

紅の面影を残した女が、妖艶に笑った。
女性へと成長を遂げた彼女は、自分の知る時とは違う、色気を得たようだ。
名を呼ばれたことにも驚いたが、彼女が女の格好をして、数年経って尚自分と共に居ると言うこと。
それが、どうしようもなく愉快だった。

―――暁斗は捨てたのか?
―――…攘夷戦争中の晋助かしら。
―――相変わらず勘のいい女だ。
―――ふふ。あなたはいつの時代もいい男ね。
―――テメェはいい女だろ。
―――褒めてくれてありがとう。今の晋助は、滅多にそんな事を言わないわ。
―――今の俺なんざ知らねぇな。
―――ねぇ、高杉。あなたの紅を、死なせないで。変な所で油断する子だから。





「俺以外の奴に殺させるかよ。まだ、『アイツ』を見てねぇ」

自分の知る紅もいずれは成長し、あの『紅』と同じ姿になるのだろうか。
その時には、『紅』には抱かなかった感情を持つのかもしれない。
そんな自分もまた、楽しみだと思う。

「逃がすつもりはねぇぜ。例え、黄泉の国だろうとな」

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あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。

2009年が皆様にとって良い年でありますように。

Hora fugit 雪耶 紅

09.01.01