いつの日か、出会う

あぁ、夢か。
夢を夢だと理解するのは、案外難しいことだが―――何となく、そう理解する。
ぽつんと佇んでいる道は変わっていないように見えて、風景はまったく違うものへと変化していた。
変化と言うより、成長と言った方が正しいのかもしれない。
よくよく見てみれば、自分が生きるべき場所の面影を残しているから。

「並盛…よね」
「そうだね」

ポツリと呟いた声に、答えが返ってくるとは思わなかった。
驚いたように振り向いた紅の視界に、雲雀が入り込む。
いや、彼と思しき人、と言うべきか。
その姿は、自分が知る彼よりも、いくらか年上に見えた。
トレードマークのようになっていた学ランの存在は無く、黒いスーツをきっちりと着込んでいる。

「紅―――じゃないね」

断言するようにそう言った彼の視線は高い。
本来の姿であれば丁度―――いや、それでも、頭半分ほどは足りないだろうか。
紅はじっと、それこそ穴が開くほどに彼を見つめるけれど、答えとなる言葉は発していない。
どうせ夢だとわかっているのだから、少しくらい眼の保養を楽しんでも罰は当たらないだろう。

「いくつ?」
「え?えっと…」

問われているのは年齢だろう、と自身の年を考える。
危うく本当の年齢を口に出しそうになり、慌てて心の中で年を数えた。

「14…かな」

正確な年齢ではないだろうけれど、実年齢から10歳ほど若返る薬を使っているのだから、そのくらいの筈だ。
数字を口にした紅に、彼はふぅん、と気のない返事を返す。

「8年前、か。例のバズーカの影響じゃないね」
「8年?」
「僕が誰か…わからないとは言わせないよ?」

くっと口角を持ち上げた彼に、紅は強烈なデジャヴを感じる。
あぁ、知っているとも。
いくら成長している彼だとしても、その本質が変わることはない。

「元、並盛中学校風紀委員長」

正解を口にする彼女に、彼の笑みは深まった。
そして、彼の手が紅へと伸びる。
サラリ、と耳元にかかっていた髪を掻き揚げられた。
寝る前だからとピアスを外した耳に、外気が触れる。

「一つだけ情報をあげる」
「…え?」
「卒業して、離れられると思わないでね」

その声を最後に、視界が急速な動きを見せ始めた。
まるで後ろへと引っ張られるように世界が逃げ、当然目の前の彼も遠くなる。

「どう言う…事?」

呟いた声は、彼の耳へと届かせるにはあまりにも小さいものだった。













ガバッと勢いよく身体を起こす。
広がる風景は並盛の道ではなく、いつもと変わらぬ自室だ。
やはり、アレは夢で間違いはなかったということだろう。
それにしても―――なんて、リアルな夢だったのだろうか。
そこまで考えた所で、ズキン、と痛む頭を押さえる。
別に、記憶喪失だとか、病気だとか…そんな状況ではない。
言ってしまえば、二日酔いだ。

「そっか…思い出した。新年だからって朝方まで飲んでて、それで…」

いつもはイタリアで過ごしている正月を、日本で過ごした。
こちらに来ていたディーノ以下3名、暁斗と一緒に飲むこと5時間。
ベッドに入ったのは初日の出を見ようかと言う時間だったのを覚えている。
時計を見てみると、まだ朝の7時だった。

「頭痛い…」

ずきずきと痛む頭が、新鮮な空気を求めている気がした。
寝不足を訴える身体を引きずってベランダに出た彼女は、手すりにだらんと身体を預ける。
新年一日目と言うこともあり、世界はまだ動き出していない。
眼下に広がる町を、ぼんやりとした目で見つめた。
小鳥のさえずりの中に片言の校歌が聞こえてくる。
あぁ、並中の校歌だな…そんな風にあっさりと受け入れた紅だが、きっかり三秒後にバッと身体を起こした。

「―――校歌?」

片言の声には覚えがある。
ヒバードと名付けられたあの鳥の声だ。
紅は慌ててマンションの下を見下ろした。
ヒバードの居る所には、彼が居る。

「…見つけちゃったよ…」

黒い学ラン姿の彼を見つけ、紅は身体を引っ込めた。

「えぇー…今年は取り立てはなしって言ってなかったっけ。だからあんな時間まで飲んだって言うのに…。
二日酔いの身体で元旦から引きずりまわされるって、ありえないんだけど」

ぶつぶつと文句を言うくらいは許して欲しいと思う。
貴重な休みだと知ったからこそ、朝まで飲み明かしたのだ。
何の障害もなく眠る彼らを思うと、少しだけ羨ましく思えた。
そんな事をしている間に、ベッドの所に置かれた携帯が激しく鳴り出す。
着信だ、とわかる、テンポの速い曲調に紅はその場にしゃがみ込んだ。

「…無視とか…まずいわよねぇ?」

延々と鳴り続けるそれが留守録に変わる事はない。
休みの日は、留守録を切ってしまうからだ。
覚悟を決めて、部屋の中に入った紅はそれを持ち上げた。












こんな日に隣の区の生徒と問題を起こすなんて…どこのどいつだ。
半ば八つ当たりな事を考えつつ、紅はコートの胸元を掻き寄せた。
二日酔いの上に寝不足の彼女の目つきは恐ろしいものがある。
事情を知らぬ者まで逃げ出しそうな彼女の隣には、そう言えば、と暢気な声を上げるツワモノが居た。

「面白い夢を見たよ」
「…へぇ、そう。私も見たわよ。残念ながら富士山の夢じゃなかったけど」
「『無駄な足掻きはしない方がいいよ。離れようと思っても、無駄だから』」
「…はい?」
「君への伝言。ちゃんと伝えたからね」

そう言うと、彼は歩く速度を速めた。
徐々に遠ざかる彼の背中を見つめる紅。

「…伝言って…え?」

今の内容は、まさか―――
信じられない、と言った様子で立ち止まったままの紅に、早く来なよ、と言う声が届く。
その声に引っ張られるようにして歩き出した彼女は、今日の夢を思い出していた。

「…夢…って言うか、正夢…になるって、事?」

要するに、アレは8年後の未来で、自分が彼から離れられない事は決まっている未来―――と言うことか?
別に、離れたいと思っているわけではないけれど…そう、決められているのは複雑な気分だ。
とんだ初夢だな、と思わずには居られない。
未来なんて、知らないに越した事はないではないか。
だって―――知らないからこそ、期待もあり、不安もあり…人らしく生きていけるのだ。
ありがたくない初夢に、紅は白い溜め息を吐き出した。
朝空を仰ぐ。

「まだ、富士山の方がマシだったかもしれないけど………まぁ、完全に決まっているわけではないし」

いや、完璧のような気もするけれど。
これから進んでいき、やがて辿り着くであろう未来。
多少の変化はあっても、変わらないものもあるだろうと思う。

「雲雀」
「ん?」
「あけましておめでとう。一応…今年もよろしく」

隣を歩く彼に、そう笑いかけてみる。
彼は少しだけ目を見開き、それから小さく口角を持ち上げた。

「おめでとう。そうだね、今年も…しっかり頑張ってもらうよ」
「はいはい。―――今年一年、ずっとこの調子かー…」

少しだけ嫌だと思うけれど、それもいいかもしれないと思う自分も居る。
とりあえず、今日の苛立ちに関しては…原因の人達でたっぷりと清算させてもらうことにしよう。
漸く賑わいを取り戻しつつある世界で、雲雀の隣を歩いていく。

- - - -
あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。

2009年が皆様にとって良い年でありますように。

Hora fugit 雪耶 紅

09.01.01