笑い合う、未来のために

「ねぇ、兄さん」
「どうしたんだ、コウ?」
「今日ね、不思議な夢を見たわ」
「夢、か…。今日の夢は、コウにとって大切な夢なんだよ」

兄は幼いコウの頭をなでてそう微笑んだ。

「どうして?」
「クルタ族にはね、言い伝えがあるんだ」
「いいつたえ?」
「10歳になる年の始まりの日に見た夢はいつか必ず現実になる」

語り聞かされた言葉を、一字一句違えることなくコウに教えてやる。

「現実になるの?」
「あぁ」
「兄さんは?」
「…なったよ。だから、コウがここに居るんだ」

幼いコウには謎かけのような言葉だった。
首を傾げる彼女に、彼は笑う。

「コウが生まれる夢を見たよ。その夢を見てから、2年後に…コウが生まれた」
「私を見たの?」
「あぁ、そうだよ。だから、例え良い事でも悪い事でも…その夢を覚えておくといい」

いつか、のために役立つよ。














前を歩くウボォーギンは、背中の蜘蛛を隠そうともしない。
動きに合わせて揺れるそれを見つめていたコウは、ふとデジャヴを感じた。
足を止めた彼女に気づいたクロロが、彼女の方を向く。

「どうした?」
「…ごめん。何でもない…んだけど、何だか、見覚えがあるような気がして…」

何でもないの、と彼女は首を振る。
今は新年の飲み会の準備をしているのだ。
ぼんやりしている暇はない。
一週間前に忘年会と称して浴びるほど飲んだと言うのに、また飲み会。
つくづく騒ぎが好きな連中だな、と思う。

「何でもないようには見えないがな」
「…あんまりじっと見ないで。手元が狂いそう」
「余所見をしながらそれだけの包丁捌きが出来るなら問題ないだろう」

部屋の方へと視線を向けながら手元では生の魚を捌いている。
東の方の国では生魚を食べるらしい、と情報を得たシャルナークの提案の一品だ。

「あ、ごめん」

暴れていた、目へと続く触覚のようなものをダンッと切ると、勢いよくそれが飛んだ。
ひゅんっと飛んで来た目玉を首だけで避けるクロロ。
彼の視線が壁にぶち当たった目玉を見つめる。

「食えるものが出来るのか?」
「…多分?」

とりあえず、食べられる身はありそうだし、食べるのは腹まで丈夫そうな連中だ。
まさか、食中りにやられると言うこともあるまい。
自分が食べなければ済むだけの話だと、コウは手早く作業を進める。

「さっき、何を思い出した?」
「…今日、兄さんの夢を見たの」
「兄か。村の中でも一際強かったな」
「ありがとう。夢って言っても、過去の出来事なんだけど…今日それを見たって事が、少し気になって」

今日と言う日に拘る彼女に、クロロが疑問符を抱く。
そんな彼の考えを読んだのか、彼女が説明した。

「新年の初夢は正夢になるって言うでしょう?どこかの国では縁起の良いものを見るといいって言うくらいだし」
「そう…なのか?」
「らしいわ」

詳しく知っているのは、クルタ族に伝えられているものだけだ。
他の部族のものも調べたけれど、今一まとまりのない結果に終わった。


ふと、あぁ、そうかと納得する。
デジャヴを感じるのも無理はない。
肌に刻まれた蜘蛛のタトゥーは、あの日に見た夢だ。
数字を背負う蜘蛛は、記憶の奥に封じられていたらしい。
いつの間にか、あの夢は身近なものとなっていた。

「クロロ」
「どうした?」
「オークションは半年後って言ってたわね」

確認する彼女に、クロロが頷く。

「私…誰にも欠けて欲しくないの」

彼らはもう、仇ではない。
彼女にとっては大切な仲間なのだ。

「クルタの言い伝えなんて知らない。絶対に…現実になんて、しない」

動かない骸を見下ろす緋色の眼など、現実にしてなるものか。
自分のものではない冷たい緋の眼を思い出し、コウはぎゅっと手を握り締めた。
あの子に、これ以上の闇を歩かせたくはない。

「大事なものは、今度こそ守ってみせる」

昔大切だったものは蜘蛛により奪われた。
そんな自分がその蜘蛛を大切だと言う。
他の人が聞けば、気違いだと思われても仕方がないだろう。
けれど、変わってしまったのだ。
自分にとっての価値も、自分自身も。





「何を考え込んでいるの?」

一抱えほどもあるお皿を持って近付いてきたパクノダ。

「何も。あえて言うなら…意思確認、ね」
「そう。…悩んじゃ駄目よ?相談する相手は沢山居るんだから」

そう言って、彼女は広間の方を見る。
誰が一番かはわからないけれど、どうやら始まったようだ。
すでに缶ビールの空が十数個見えるのは気のせいだろうか。
耳を覆いたくなるような大声で賑わう光景を見たコウは、ゆるりとパクノダに視線を向ける。

「相談する相手…沢山?」

これに相談しろと言うのか?と言う想いを込めて、問いかける。
彼女もその想いを読み取ったのか、はぁ、と頭を押さえた。
確かに、相談できそうにない相手も沢山、だ。
力で解決!と答えるか、飲んで忘れろ、と言いそうだと思うのは間違っているだろうか。
賑やかな彼らに、クスリと笑いあう二人。

「つまみはまだかって騒ぐんだけど…何笑ってんの?」

顔を覗かせたマチが怪訝そうな表情を見せる。
そんな彼女に、二人して「何でも」と声を揃えた。
それがまたおかしくて、クスクスと笑う二人。
何がおかしいのかわからないけれど、無性に笑いが零れた。
向こうから届いてくる酒気に寄っているのかもしれないなと思う。

「シズク、どう思う?」
「…コウが楽しそうだからいいんじゃない?」
「…ま、それもそうだね」

偶にとても哀しげな表情を見せるコウを知っているからこそ、楽しそうに笑う彼女を見て安堵する。
過去のことに罪悪感はない。
それを感じる生活を送ってきていないからだ。
しかし、それでも…コウは、仲間として大切にしてあげたいと思う。
マチは、先ほど聞こえてきたコウとクロロの会話を思い出していた。

「夢、か」

前にそれを見たのはいつのことだっただろう。
懐かしむように、目を細めた彼女の視界を空のビンが通り過ぎていった。

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あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。

2009年が皆様にとって良い年でありますように。

Hora fugit 雪耶 紅

09.01.01