切望する、未来
気が付くと、見知らぬ城の中庭に居た。
それがトラン城ではないとわかるのは、全く違った造りをしているからだ。
「…ここは…?」
「どこだろうね」
一人だと思っていたところに、思わぬ声が聞こえた。
振り向けば、そこにはティルがいて、やぁ、と苦笑を浮かべている。
どうやら、独りではなかったようだ。
「トラン城…じゃないね。でも、どこかの城だ。ついでに言うと、割と頻繁に戦いが行われているね」
「…訓練の声が聞こえるから?」
「そう。よくわかったね」
さすが、と褒められれば悪い気はしない。
はにかむように表情を穏やかにした彼女の隣まで歩き、ぐるりと中庭を見回す。
手入れが行き届いている状況を見れば、割と人は多いのだろう。
しかし、ここには他の人間は見当たらない。
「綺麗なのに、人が居ないのは不思議ね」
「あぁ。同じことを考えていたよ」
「時間からして、お昼時なのかしら」
太陽の位置を確認して、それが一番打倒な理由だと判断する二人。
ここがどこなのかを知るには誰かに聞くのが早い。
だが、中庭まで進んでいながら「ここはどこですか」と聞くのもおかしな話だ。
戦いが行われている城と言う状況を踏まえれば、侵入者と判断されかねない。
さて、どうしたものか。
それぞれが打開策を探る中、タタタと言う軽やかな足取りが近付いてくる。
建物の中から姿を見せたのは、ティルよりもいくらか若いであろう少年だ。
彼は、二人の姿を捉えると、警戒するどころかパッと表情を輝かせた。
一応は何をされても対処できるようにと、自然な空気で警戒心を高めたコウとティル。
流石の二人も、そんな反応は予想していなかった。
「こんな所に居たんですね!探しましたよ、二人とも!」
駆け寄ってきた彼の言葉に、え?と疑問符を抱く。
どうやら彼は自分たちを知っているらしい。
顔を見合わせた二人の間で「知ってる?」「いや…君は?」「覚えがないんだけど」と言った視線の会話が行われる。
「シュウに閉じ込められて、漸く報告書の確認を終わらせて来ました!これで約束通りですよね!?」
「…うん。お疲れ様。ところで、君は何がしたいんだったかな?」
「朝も言ったように、トランに買い物です!久しぶりに里帰りをするって言ったのはティルさんですよ?」
ごく自然な会話から望む情報を引き出すその手腕に、心中で拍手を送る。
なるほど、彼は誰か別の人と自分たちを間違えているわけではなく、ティルとコウを知っている者らしい。
しかも、身に覚えのない約束まで取り付けられている。
状況が上手く整理できないのでこれ以上は何とも言えなかった。
「さぁ、グレッグミンスターに行きましょう!英雄の帰還には、町の人も喜びますよ、きっと!」
「…英雄…?」
そう言葉を発したのは、ティルではなくコウだった。
戸惑いを隠せない彼女に、少年は屈託のない表情で答える。
「はい!ティルさんはトランの英雄でしょう?今は同盟軍に参加してもらっていますけど」
まるで自分のことのように誇らしげに話す彼を見れば、ティルを尊敬しているのだと言うことがよくわかる。
「あ、そう言えば…ティルさん。出発前に、シュウが顔を出して欲しいそうです」
「…じゃあ、行って来ようかな。コウ、一人で平気?」
色々な意味が含まれた言葉だったのだろう。
そんな彼に答えようと口を開くコウだが、彼女よりも先に少年が声を発する。
「ティルさんって本当に過保護ですね。ティルさんが帰ってくるまで、最愛の人は僕が守ってますから」
安心して行って下さい、と言う彼は驚いた様子もなく、どちらかと言えばその言葉に慣れている様子だった。
頻繁に告げる内容なのだろうかと思うより先に、彼の言葉の内容に頬を染めるコウ。
最愛の、と言うワードは、彼女を赤くするには十分すぎる。
「…はは。じゃあ、頼んだよ。小さなナイトくん」
初めから、シュウと言う人の所に行く気などなかったのだろう。
その場所すら聞かず、彼は建物の中へと歩いていった。
「相変わらず、ですね」
「…ねぇ」
「はい、何ですか?」
「あなたは、ティルを…あの人を、英雄だと思う?」
彼が去った方向を向いてそう問いかける彼女。
少年は静かに答えた。
「とても大変で、とても苦しんで…でも逃げずにそれをやり遂げた、素晴らしい人だと思います」
彼の答えに、コウは少し驚いたように彼を見る。
ニコニコと笑う少年を見て、警戒心は当に薄れていたのだと理解した。
「…英雄なんかじゃない。あの人の苦しみや悲しみ、努力を…そんな言葉で片付けないで欲しい」
自然と、口から零れでた言葉。
それを聞くと、少年は笑みを深めた。
「その言葉、出会ったにも言われましたね。大丈夫。
僕がティルさんを尊敬しているのは、あの人が好きだからです。人として、同じ天魁星として」
「同じ…?」
その疑問を口にしたところで、視界が急激に狭くなっていく。
あぁ、覚醒する。
そう自覚を持てた事は不思議だった。
心のどこかで、これを夢だと知っていたのだろうか。
結局、開いた口からは何も零れ落ちることなく、少年の笑顔を最後に視界はゼロになった。
目を開いて、暫くはそこが自室だと言う実感が沸かなかった。
けれど、見慣れた天井が、徐々に事実を浸透させてくれる。
漸く身体を起こす気になったコウは、シーツに手をついて上半身を起した。
寝乱れた着衣を整え、窓の外に目を向ける。
ベッドを降りて窓辺に立てば、トラン湖が一望できた。
ここがトラン城なのだと実感できる光景に、僅かながら残っていた緊張感が全て取り払われる。
そこで、部屋のドアがノックされた。
「はい?」
「コウ、起きてる?」
ティルの声だ。
壁にかかった鏡で身なりを確認してからドアを開けるべく足を進める。
ギィ、と悲鳴を上げて口を開くドアの向こうで微笑むティルが見えた。
「ごめんね、朝早くから。寝てた?」
「今起きた所。今何時かしら」
「6時くらいかな…。遅くまで…いや、早くまで、って言うべきかな。
さっきまで飲んでた連中も居るし、まだ暫くは起きてこない人が多いだろうね」
いつもならば6時と言えば城の中が動き出してもおかしくはない。
しかし、今日だけは別だ。
新しい年の始まり。
今日一日くらいは、全てを忘れてのんびり過ごすことも許されるだろう。
部屋に入ってきた彼は、真っ直ぐ窓を目指した。
そこから湖を眺める目は、先ほどのコウと同じ。
きっと、彼の部屋の方が綺麗な風景が見えるだろう。
しかし、あえてコウの部屋へとやってきた、その理由は―――
「…不思議な夢でも見た?」
「…その質問をしてくるってことは、僕の願望の夢ってわけじゃないみたいだね」
「願望、って…」
何?と聞こうとしたコウの脳裏に、あの言葉が過ぎる。
一気に頬に熱が集まるのを感じ、彼女は視線を逸らした。
そんな彼女を見て、ティルが楽しげに笑う。
「そんな居心地悪そうにしなくても大丈夫だよ。今は…うん。まだ、戦いの最中だからね」
「そう、ね」
「いずれは君に言葉で伝えたいけど、今は言わないよ。気持ちだけは、伝わってると思うし」
ね?と首を傾げる彼を見て、コウは一度だけ頷いた。
彼の心はその表情や空気、そして紋章を通して、幾度となく感じている。
言葉にするのは今更だけれど、きっと一種のけじめなのだろうと思う。
「あれは、未来かしら」
「そうだといいな。あの子が言ってたよね。やり遂げたって。…未来が、そうなってると…嬉しいよ」
「…頑張りましょう?きっと、出来るから」
そう言って手を握った彼女に、ティルは穏やかに微笑んだ。
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あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。
2009年が皆様にとって良い年でありますように。
Hora fugit 雪耶 紅
09.01.01