垣間見た、数年後の貴方
目を開いたそこは、見知らぬところでした。
場所的に言えば、見知らぬ、と言う表現はおかしいだろう。
米沢城の中の自室であると言うことに変わりはない。
ただ、何かが違うと思うのだ。
その違和感の正体を掴むことができず、紅は首を傾げる。
そんな彼女の察知範囲に入ってくる気配。
覚えがあるような、ないような。
いや、ある。
あるのだが…何かが違う。
よくわからない状況に、紅は少しばかり警戒した。
「紅さん!」
開かれていた襖の所から姿を見せた人物に、目を瞬かせる紅。
「雅樹…さん?」
そこにいたのは、悠希の従兄弟だ。
本人だと言う保障はどこにもないけれど…別人とは思えないほどに瓜二つ。
きょとんとした様子の彼女に、彼は首を傾けた。
「紅さん、寝ぼけているんですか?俺に『さん』なんて必要ないですよ。母上のご友人なんですから」
「え、あぁ…ごめんなさい」
「それより、元樹を知りませんか?目を離した隙に居なくなってしまって」
きょろ、と周囲を見回す彼。
そんな彼に釣られるように部屋の中を見回すけれど、当然ながら他に人影はない。
そもそも、元樹とは誰なのか。
紅は知らないけれど、相手は自分を知っている。
しかも、名前は『雅樹』で間違いはないようだ。
疑問符を連ねていく紅の感覚が、政宗の気配を掴んだ。
「政宗様がいらっしゃるわね」
「あ、それなら…見つけてくれたのかもしれません。先ほどお願いしてきましたから」
そうすると、彼と一緒の気配の主が『元樹』だろうか。
そう思ったところで別の襖が開かれる。
政宗と、その手にまるで子猫を掴むように襟首をつかまれた少年が居た。
紅が目を見開いて動きを止める。
「ほらよ。探してた弟を見つけてやったぜ?」
ひょいと放り投げられた少年を軽々と受け止める雅樹。
彼は政宗に向けて深々と頭を下げ、次いで紅にも同じように頭を下げる。
「お世話になっている身でご迷惑をおかけし、申し訳ありません。元樹にはよく言って聞かせますので」
「それくらい元気が溢れてる方がいいだろ」
「いいえ!人様にご迷惑をおかけすることと元気は別問題です!では、失礼します」
そう言うと彼は弟を担いでサッサと部屋を出て行く。
かなり暴れていたようだが、それもやがては聞こえなくなった。
残された紅はそれを見送るでもなく、ただ政宗を見つめている。
一方、二人を見送っていた政宗は、その姿が見えなくなったところで熱視線を送ってくる彼女を見る。
「どうした?」
微笑みと共に向けられた問いに、彼女は一瞬のうちに耳まで赤くして顔を背けた。
「(な、何だか知っている政宗様と違うんだけど…っ!!!!)」
違うと言っても人が変わったわけではない。
年を取ったと言うのが一番だろう。
それにしても…恐ろしいほどに男前に年を取ったものだ。
紅の知る政宗は、青い若葉のような瑞々しさすら感じさせた。
しかし、目の前の彼は、大人の男性の貫禄を持ち合わせている。
しかも、大人の色気も追加オプションだ。
政宗のお蔭で少しは慣れたとは言え、恋愛経験の未熟な紅には、色々と刺激が強すぎる。
まともに目を合わせることすら難しかった。
「(…助けて、悠希…!!)」
困った時には神を頼ったりはしない。
だが、一番の親友に助けを求めるくらいは、混乱ゆえと許されることだろう。
混乱している内に、見えている視界が変わった。
いや、よりクリアになったと言うべきか。
見慣れた内装が目に入り、そっと安堵の息を吐く。
この感覚には覚えがあった。
「夢…か」
呟くのと同時に隣で何かが動いた。
思わず身を硬くした紅は、そこで始めて政宗が居ることを思い出した。
呟いてしまった声を引っ込める事はできない。
とりあえず、と手で口に蓋をしてから、彼の方を伺った。
首だけを動かし、時間を知ろうと窓の方を見る。
障子の向こうはまだ薄暗く、夜明け前だという事がわかった。
今から外を見ていれば、初日の出を拝むことが可能だろう。
「…起きたのか?」
僅かにかすれた声が聞こえ、紅が肩を震わせる。
捻っていた首を元の位置へと戻せば、少し肌蹴た胸元が見える。
そこから鎖骨、首筋と視線を上げていき、まだ薄くしか開かれていない独眼にぶつかった。
射抜くような彼の眼がこんなにも穏やかな光を宿すこと。
それを知っている数少ない人間の一人なのだと思うと、どうしようもなく幸せだと思う。
「まだ夜明け前です。もう一寝入り出来ますよ」
彼の問いに答えているようで答えていない。
理解しながらもそう言った彼女に、政宗は瞼を伏せた。
同時に、軽く触れているだけだった腕に背中を引き寄せられる。
強く抱き締められ、彼の鼓動と吐息が限りなく近い位置で聞こえるようになった。
「…紅」
名を呼ばれ、ゾクリと背筋が粟立つ。
その声に含まれた絶妙な色気を読み取った本能が、咄嗟にあの『政宗』を思い出させた。
いつの日か、彼もあの姿へと時を繋いでいくのだろうか。
そんな事を考えて平静を装おうと努力するも、やはり鼓動が逸るのはとめられない。
顔に熱が集中していることを感じた紅は、彼には悟られまいとその胸元に隙間なく擦り寄る。
そうすると、彼の肌越しに規則的な振動が伝わってきた。
何だろう、と考え、彼が笑っているのだと気付く。
「…政宗様…?」
「…悪い。隠すなら、その熱を何とかしてからじゃねぇと意味がないぞ」
笑いながら告げられた言葉はすぐには理解できなかった。
その熱が何を指しているのか。
少し悩んだ末に、顔が熱いと感じるこの熱のことを指しているのだと察する。
肌蹴た胸元に擦り寄った所為で、少し高い紅の体温を素肌で感じ取った彼は、その変化を如実に感じ取ったらしい。
こんな所ばかり…いや、他の所もだが…とにかく鋭い彼に、紅は思わず唇を尖らせた。
「…もう」
「悪いっつったろ?」
「謝って許されるとお思いですか?」
少しだけ責めるような声でそう言えば、ククッと言う笑い声が返って来る。
それから、彼は紅の耳元へと唇を寄せた。
「許されない、か?」
「――――っ!」
わかってやっているのだから、性質が悪いと言わせてほしい。
元々政宗には逆らえない紅だが、その声には滅法弱い。
こんな風に耳元で優しく囁かれて、どうして否と答えられようか。
やり場のない羞恥心を顔への熱へと変化させ、より一層逃げるように顔を押し付ける。
とりあえず、直に見られるよりはマシだ。
そんな彼女の行動に声を上げて笑ってから、政宗はその身体を抱き寄せて安定させる。
いよいよ二度寝に入ろうとしているらしい。
笑うのを止め、紅は心を落ち着かせようと政宗の心臓の音にだけ集中する。
誰かの心音と言うのは、心を落ち着かせるのには効果覿面だ。
落ち着くのにあわせ、自然と瞼が重くなってくる。
「―――…お前は、数年後もイイ女だな」
さらりと髪をなでられる。
紅は告げられた言葉を夢うつつの状態で聞いていた。
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あけましておめでとうございます。
いつも『Hora fugit』へのご来訪ありがとうございます。
最近は私生活が忙しく、拍手の返信もかなり遅れてしまって申し訳なく思います。
皆様からの温かいコメントはちゃんと確認し、またそれを励みに頑張らせていただいています。
創作意欲が途切れるその時までは頑張りたいと思います。
今年もサイト共々よろしくお願いいたします。
2009年が皆様にとって良い年でありますように。
Hora fugit 雪耶 紅
09.01.01