騒がしいひととき

実質二人暮らしとなっている紅の家。
新しい年が明けて三日目の夕方、彼女の家は賑わっていた。
玄関には所狭しと靴が並ぶ…事もなく、乱雑に入り乱れている。
中にはきちんと揃えてあるものもあり、育ちを感じさせる光景だ。
賑わいの中心は、広いリビングだ。
家中から集められたテーブルを囲うようにして、東京都選抜のメンバーが揃っている。
このメンバーが揃っていて、部屋の中が静か、なんてことはありえない。
騒がしいリビングの奥、使い慣れたキッチンで、紅はやや乱暴に包丁をまな板に押し付けた。

「作っても作っても終わらない」

育ち盛りである上に、スポーツマン。
そんな面子が揃えば、食事量も半端ではない。

「本当ね…さすがに、私もこんなに料理を作ったのは初めてだわ」

オーブンからグラタンを取り出しながら玲が苦笑する。
騒ぐのは嫌いではないけれど、馬鹿騒ぎは好きではない。
注文すればいい、と言った暁斗の提案を跳ね除け、作ると言ったのも自分だ。
けれど…これだけの量を作るはめになるとは思わなかった。

「姉さん。こっち、お願いできる?」
「ええ、構わないわよ。グラタンは少し冷ましてから運ぶ?」
「…いいよ、そのまま持っていこう」

ふつふつと熱さを伝えるそれをそのまま運ぶと言う、ささやかな意地悪。
今彼女達が労している苦を思えば、その程度は許される筈だ。
紅の答えに玲がクスクスと笑う。

「火傷でもしたら大変じゃない?」
「自己責任よ、姉さん」
「それもそうね。もう、子供じゃないんだから」

そう笑ってから、玲は両手揃いの鍋掴みでグラタン皿を運んでいく。
追加よ、と声を掛ければ、大げさすぎる声が上がった。
カウンター越しにそんな彼らの反応を見る。
案の定、飛びついた奴が熱さに悲鳴を上げた。

「…ジュース、追加してくるね」

手当たり次第にペットボトルを空にしていく様子を見かねた紅がそう言えば、玲は笑ってどうぞと答えた。
冷蔵庫の近くに置いてあった箱買いのペットボトルの中から、炭酸を避けたジュースを取り上げる。
果汁100%のジュース―――まぁ、妥当な所だろう。
それともう一本ペットボトルを持ち上げ、キッチンを後にした紅。

「皆楽しんでるね」

一番キッチンに近い位置に居たのは、暁斗他数名だ。
キッチンのカウンターに平行に置かれた6人掛けのテーブルに腰掛けている面子である。
食事を脇へと押しのけ、開いた大学ノートに何かを書いているようだった。
大方、サッカーの話が白熱してきて何か書くもの、とそれを取り出したのだろう。
6種類の字が、それぞれの意思を主張しているようだった。

「おう。お疲れ。悪いな、こんな人数の食事を作らせて」

顔を上げた暁斗の前に新しいペットボトルを置けば、そんな声が聞こえた。
確かに、大変と言えば大変な作業だ。
けれど…こうして、順番に皿が空になっていくのを見ていると、嬉しくなってくるのは気のせいじゃない。

「兄さんがうちで新年会するって言った時点でわかってた事だから」

気にしなくてもいいよ、と笑いかけたところで、隣からエプロンを引っ張られる。
そちらを向けば、ノートに視線を落としている翼が見えた。

「紅はここ、どう思う?」
「どこ?」

1.5リットルのボトルを抱きしめ、彼のノートを覗く。
書き記してあるメンバーの名前から見たところ、この間テレビで放送されていたJ2の試合の話題らしい。

「…24番が動くのは良くないかな。右翼に隙が出来る」
「でも、動かないと中央突破」
「だよね。あの試合、真正面から1点取られたから。それなら…32番が隙をカバーしたらどうかな」
「こいつを動かして…両翼のバランスが悪いね」
「大丈夫。だって、この選手がこう動けるから…」

ノートの上に新たな矢印と字が加えられた。
それを覗き込んだ者がなるほど、と納得した、まさにその時だ。

「暁斗さ~ん!!」
「ぅわっ!!何だ藤代!こら、抱きつくな!気色悪い!」
「あははは!暁斗さん酷ぇーっ!!」

妙にテンションの高い乱入だ。
大人と中学生とは言え、スポーツをしていればそれなりにガタイが良くなる。
横からドーン、とぶつかられた暁斗は、半ば押しつぶされながらも何とかその身体を支える。

「暁斗さん流石!!」
「藤代、酒臭ぇぞ。どこから…って、俺のビール飲みやがったな!!」

いつの間にか空になっているビール缶を見て、暁斗がそう怒鳴る。
引き剥がそうとするのだが、それに反抗するように腰に纏わりついた腕の力が強まる。
先ほどまで比較的落ち着いて新年会を楽しんでいたテーブル組みは、状況についていけていなかった。

「雪耶!!」
「!!」

ぽかんと暁斗の様子を見ていた紅は、脇から飛び出してきた鳴海に気付かなかった。
少し考えればわかりそうなものだ。
藤代が飲んでいて、こいつが飲んでいないはずがない。
バッと盛大に腕を広げてきた彼に、逃げる事を忘れて口を引きつらせる。
しかし次の瞬間、彼は彼女ではなく空を抱きしめ、しかも何故か床に転がっていた。
その傍には今しがた何かを蹴りましたと言う姿勢の翼が肩を怒らせている。

「雪耶、平気?」
「あ、ありがと…」

後ろから肩を支えてくれていたのは、どうやら郭だったようだ。
もちろん彼はテーブル組みである。

「あっちに行ってなよ。こいつの傍に居ると危ないから」
「うん、そうさせてもらう」

巨体に潰されると思った先ほどの恐怖を思い出し、紅は素直に頷いた。
あっち、と指した方には、桜上水メンバーが見える。
あそこならば、とりあえずは安全だろう。
紅がそちらへと向かうのを横目で見送り、翼はにっこりと笑った。

「酒の勢いなんて言葉は世の中通用しないんだって事、しっかり教えてあげるよ」

その言葉と綺麗過ぎる笑顔に、テーブル組みだった飛葉メンバーが青褪めた。










事が落ち着き、翼は紅の元へと歩いていく。
紅?と声を掛ければ、彼女は振り向いた。

とろんとした目。
上気した頬。
半開きの唇。

妙に逸る心臓に気付かない振りをして、翼は深々と溜め息を吐き出した。

「誰だよ!紅に酒飲ませたの!!」
「水野」

翼の怒号に答えたのは、状況を冷静に把握していた不破だ。
ギッと水野を睨みつけてみれば、彼はすでにテーブルに沈んでいる。
どうやら、酒の所為でダウンしてしまっているようだ。
不破に対しても、見ていたなら止めろ、など、言いたい事は山ほどある。
しかし、その言葉が紡がれる前に、別の声が飛んだ。

「翼ぁ~!」

首にしっかりと腕を回し、猫宜しく胸元に頬を摺り寄せる紅。
普段ならば絶対に人前ではしないような行動に、翼は一時的に動きを止めた。
どこからともなく、おぉ~、と言う歓声と拍手が上がる。
こめかみに軽く怒りマークを浮かばせながらも、翼は怒りの言葉を飲み込んだ。
そして、抱きついてくる紅の膝を攫って彼女を横抱きにする。

「暁斗、玲!後始末頼んだからね!!」

そういい残すと、翼は返事も聞かずにリビングを飛び出して2階へと上がっていった。

「そう言えば、紅はお酒に弱かったわね。はい、お水」
「…さんきゅ。あー…迂闊だった。誰だよ、初めに飲みだしたの」

何とか藤代を引き剥がし、キッチンへと逃れた暁斗は玲から水を受け取る。
後始末のことを考えると頭が痛い。









「うーん…」

妙な頭痛を伝えてくる頭と、今の状況に首を傾げる。
いつの間にか自分の部屋に戻っている上に、隣には翼。
とりあえず、記憶がないことが問題だ。

「間違いは…起きてないと思うんだけど」

今までの経験上、彼が目を覚ましたら説教が待っている気がする。
どうしようかなぁ、と呟きつつも、折角なのでと彼の寝顔を堪能しておいた。

因みに、階下ではメンバーの半数が奇妙な頭痛に苦しんでいた。



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Hora fugit 雪耶 紅

08.01.01