大変なひととき

賑やかなことが大好きなディーノと、何でもツナの修行に繋げてしまうリボーン。
そんな二人が揃っている現状、こうなる事は予想できていた。
どんな伝で借りてきたのかは知らないが、かなり広いレストランを丸々貸しきっての新年会。
マフィアの掟、などといつものように勝負事を言い渡し、その場は騒然としている。
普段ならばキャバッローネの一員として参加する紅だが、今回ばかりは傍観を決め込んでいた。
元々ツナのファミリーはまだまだ少人数なのだから、紅一人がキャバッローネから抜けたとしても問題はない。
だが、紅が勝負に参加しない理由はもう一つあった。

「あの、無理しなくても帰っていいと思いますよ」

紅とは角を挟んだ位置に座っている人物にそう声をかける。
先ほどから、結構な速度で空いていくグラスが気になるところだ。
コン、と強めにテーブルにグラスが置かれ、仕方無しに新しい酒を注ぐ。
自分が覚えているだけでも、もう5回はお酌をしているはずだ。

「あの赤ん坊と戦えるって聞いて来たんだけど」
「あー…。あの調子だと、無理だと思います」

雲雀の言葉を聞き、紅は様子を窺うべく彼らの方を向いた。
ボンゴレファミリーの面子は、多いに盛り上がっているようだ。
最早、他の事…具体的に言えば、雲雀との約束など、すっかり消え失せているだろう。
リボーンの場合はあえてそう見せているのかもしれないけれど。

「でも、ほら…えっと…料理は美味しいし、綺麗なレストランだし…」

とりあえずこの状況で良い所を挙げていくが、何分騒がしさがその邪魔をしてしまう。
普段は静かなひと時を楽しめると雑誌の見出しを作るようなレストランが、喧騒に包まれているのだ。
褒めろと言う方が難しいのかもしれない。

「―――ところで」

次は何を褒めるか。
そう頭を悩ませていた紅は、雲雀の声にその思考を中断した。
彼はまだ中ほどまで液体を残しているグラスを置き、彼女の方を見ている。
その真っ直ぐな視線に、思わず息を呑んで黙り込んだ。

「今年は着てないんだね」
「着る?」
「振袖」

短い言葉に、紅はあぁ、と思った。
今の彼女の格好は、寒くないような私服だ。
レストランの中は適度に空調が効いているので、上着は預けてある。
薄手のクリーム色のVネックセーターを見下ろし、彼女は納得した。

「飲んで食べて、と言う会場に着物は合いませんからね」

一概にはそうは言えないだろう。
この時期、飲んで食べる会場に振袖を着てくる女性は沢山居る。
要は、今回の会場は、と言う限定された場所のことを言っているのだ。
確かに、この騒がしい最中に振袖など、情緒も何もあったものではない。
誘われたらしい京子やハル、ビアンキは去年のように振袖を着ているけれど。

「明日は集金に回るからね。その時は去年と同じように着てきてよ」

その方が早く済むし。
そう言った彼に、紅は苦笑交じりに「はい」と頷いた。
確かに、去年の年始の集金は、夏祭りの時よりも遥かに短時間で集金できた。
それもこれも、紅の振袖姿効果だ。
結局最後まで声の掛からなかった風紀委員の連中は、いつ声が掛かるだろうかと思いつつ休みを満喫出来た。

「着物…どうしましょうかね。去年のと同じにするか、違うのにするか…」
「同じでいいよ。…似合ってたし」

小さく付け足された言葉に、紅はこれでもかと言うほどに目を見開いた。
そして、その意味を理解した瞬間、頬を赤く染める。

「え、あ…えっと…ありがとう、ございます」

去年のあの時、そんな言葉は一切聞けなかった。
別に、褒められて喜ぶような年でもないと思っていたのだが…どうやら、違っていたようだ。
一年越しの褒め言葉は、何とも素晴らしい破壊力で紅に投げられた。
こんな風にしどろもどろになるなんて、いくつの小娘だ。
頭の中の冷静な部分がそう叱り付けるも、熱を持った頬は暫く冷めそうにない。
そうしていると、不意に雲雀が音を立てて椅子から立ち上がる。
俯いてテーブルに手をつく彼の表情は見えないけれど、ただその雰囲気が気になった。
暫くは冷めそうにないと思っていた頬も平静を取り戻し、紅は不思議そうに彼の名を呼ぶ。

「雲雀…さん?」

どうかしましたか、と言う続きは紡がれなかった。
懐に手を差し込んだかと思えば、抜いてきた時にはしっかりと鉛色のそれが握られているではないか。
もう片方も同様にしてそれを握り締め、両手に彼の得物が鎮座した。
物言わぬそれに、彼女はひくり、と口元を引きつらせる。

「僕の視界で…群れないでくれる!?」
「に…逃げて!!」

雲雀の声に重なる紅の助言も空しく、片方のトンファーが真っ直ぐにツナたちの元へと飛んでいった。
















半壊したレストランから雲雀を連れ出した紅は、近くの公園のベンチへとやってきた。
どうやら、酔っていないと思っていた彼も相当酔っていたらしい。
酔うと凶暴化する―――これは、しっかりと覚えておかなければならないだろう。
男連中はいいとして、女の子達は無事だっただろうか。
紅は友人である京子やビアンキ、ハルの安否を気遣う。

「ディーノが庇ってくれていたから大丈夫だとは思うけど…」

ファミリーの集まりだったことが幸いし、ディーノはしっかりと跳ね馬としてその役目を果たしていた。
それなのに、雲雀を止められなかったのだから…酒の力と言うのは恐ろしいものだ。
雲雀は酔うとディーノよりも強くなってしまうらしい。
紅の力でここまで連れ出すことが出来たのは、本当に奇跡のようだ。

「雲雀さん。大丈夫…ですか?」

とりあえず、彼の手はトンファーを離してくれた。
恐る恐ると言った様子で尋ねる紅に、雲雀は沈黙を返す。
暫くは両者無言の状態が続き、堪えかねた紅が再度口を開いた。

「何か買って来ますね」

すぐ近くにある自動販売機を指差してそう言うと、彼女は早々にベンチから立ち上がる。
ポケットから小銭を取り出したところで、ヒュゥ、と吹いた風に肩を震わせた。
必死だった為に気付いていなかったが、上着を持って出てくるのを忘れてしまったようだ。
あの状況で上着まで気にかけていられるはずがなかったのだけれど。

「…寒い」

Vネックの服は首筋を綺麗に見せてくれるので紅が気に入って着る服だ。
だが、こう言う寒空の中ではタートルネックの物にすればよかったと思う。
セーターの生地は薄く、首筋の形状が変わったからと言ってさして寒さに大きな変化はないだろうけれど。

「踏んだり蹴ったりね、まったく…」

恐らく、上着はロマーリオ辺りが持ち帰ってくれるだろう。
問題は、今のこの寒さだ。
体温の移った小銭を投入口に滑り込ませ、あたたかいコーヒーを二つ買う。

「ぅわっ!」

あたたかいそれを両手にベンチに戻ろうと振り向いた所で、紅の視界は真っ暗になった。
ついでに、何かに包まれているように息苦しい。
即座に缶を片手に持ち替え、空いた手でそれを手繰り降ろす。
何かに包まれているように、ではなく、実際に何かに包まれていたらしい。

「コート?」

手にあるのは、見覚えのある黒いコートだ。

「着てれば」

そんな声が聞こえ、コートを見下ろしていた目をそちらに向ける。
いつの間にか復活していたらしい雲雀がそこに立っていた。

「いや、でも…これは雲雀さんのですから」
「見てて寒い。迷惑」

すっぱりとそう答えられ、紅は言葉を詰まらせる。
こうなった彼は梃子でも動かない。
分かっているからこそ、彼女は溜め息を吐き出した。
それからまだあたたかい缶コーヒーを彼に差し出す。

「酔いは醒めたんですね」
「酔ってないよ」

彼の返答に、「酔っている人ほどそう言うよねぇ」とどこか他人事のような事を考える。
思わず沈黙する紅だが、怪訝そうな雲雀の視線を受けて慌ててその場を取り繕った。

「雲雀さん!風邪引かないうちに帰りましょう!」
「…ねぇ、紅。何か気がついたらここに来てたんだけど」
「(やっぱり酔ってたんじゃん!)」

どうやら、彼は酔うと凶暴化する上に暴れた記憶はなくなるようだ。
今後は酒を飲ませないように気をつけようと心に誓う紅だった。



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Hora fugit 雪耶 紅

08.01.01