ささやかなひととき
1月3日にヨークシンシティ、サンファリー通り305に集合。
各地に散っている幻影旅団のメンバー全員にそれが伝えられたのは、年末の25日だ。
一言に各地と言っても、距離にすればピンからキリまで様々。
下手をすれば1ヶ月も掛かるような場所に居る事もある。
それなのに、用意されているのは一週間と言うのは些か酷ではないだろうか。
とりあえず唯一の連絡手段であるメールを送信したコウは、微妙な表情でそれを見下ろした。
送信完了、の文字が無機質に浮かぶ。
一応…本当に、一応渡してあるケータイ。
受信したメールを開く事ができるのか怪しい者も居る。
お楽しみと言う名の乱闘の最中、それを壊してしまう者も…居そうで怖い。
「連絡つくのかなぁ…」
「つかなかったら、念を使うか」
傍で本を読んでいたクロロがそう答えた。
そんな便利な能力を盗ってあったなら、初めからそっちを使ってくれ。
そう言いたげな目を向ける彼女をサラリと無視するクロロ。
ペラリ、とページが一枚進んだ。
「あ、シャルからだ」
小さくメロディを奏でたケータイに、コウは彼へと向けていた視線を戻す。
アドレス帳に入っている中からシャルナークの名前が表示されていた。
もちろん、この結果は予想通り。
次はパクノダ辺りだろうなぁ、と思っていると、案の定彼女からの返信が来た。
どうやら、二人はそう遠くない位置に居るらしい。
了承の旨を伝える本文の中に、ついでに現在位置も記してくれていた。
シャルナークは三日後、パクノダは二日後に合流できるようだ。
「シャルとパクはOKみたいよ」
「そうか。早いのはどっちだ?」
「パク。二日後に合流だって」
「それなら、明日場所を移動するぞ」
会話の間、一度も向けられる事のない視線。
すでに慣れていることとは言え、人としてどうなんだろうと思う事はある。
返事をもらえないわけではないのだから…そう納得して、コウはパソコンでの作業を再開した。
一週間後の新年会と言う名の宴会のため、大量の食料や酒を調達しなければならない。
街中で買うという手もあるのだが、それだと荷物がかなりの量になる。
クロロ・コピーと共に行くと言うと、彼本人が嫌そうにそれを拒んだ。
コピーとは言え、自分が荷物持ちをさせられるのは嫌らしい。
仕方ないので、便利な電脳ページから調達するように言われた。
食料までパソコン一つで購入できると言うのだから、世の中便利になったものだ。
「ねぇ、クロロ。何人分購入すればいいの?」
自分達で調理するのは面倒なので、オードブル系のものを買う予定だ。
しかし、ここで問題になってきたのは、その人数。
メンバーの分を買ったのでは、絶対足りない。
「30人分もあれば足りるんじゃないか?」
「さんじゅ…っ」
牛か、と言いたくなるのを何とか抑え込み、代わりに溜め息の塊を吐き出す。
多すぎるんじゃ…と思いつつ、キーを打ち込む。
どうせお金はクロロのポケットマネーだ。
自分は痛くないのだから…と自身を納得させる。
「酒はその倍は要るぞ」
…眩暈がした。
あれから一週間後。
コウは珍しく廃れたビルではなく、小奇麗なビルの前に居た。
ここがメンバーに伝えた集合場所であり、数日前からクロロと共に拠点としている場所でもある。
廃ビルよりは小さいけれど、それでも30人は優に過ごせる広さの部屋。
その床を埋め尽くさんばかりに並べられた料理と、それ以上の酒。
ある意味では予想通りの状況に、コウは苦笑を浮かべた。
「お、コウ!久しぶりだなぁ!!」
ビール片手に近づいてきたのは、入り口に程近い場所を陣取っていたウボォーだ。
そう言えば、彼と会うのはかれこれ一年ぶりかもしれない。
今までで一番長い空白だったので、久しぶりと感じるのだろう。
「ホント、久しぶりね。元気だ…ったって、聞く必要もないわね」
風邪のウイルスだって、このメンバーを前にすれば裸足で逃げ出しそうだ。
コウの返事に、すでに相当飲んでいるらしいウボォーの大きな手が彼女の頭を撫でる。
首がもげそうだ、と思いつつも、彼の好きにさせていた。
「コウ、その馬鹿でかい荷物は何だ?」
ウボォーと共に居たノブナガにそう問われ、コウは思い出したように、あぁ、と答えた。
大きなバッグを肩から提げるようにして、その口を開く。
「忘れてた。何か美味しそうだったから落としておいたんだけど…飲む?」
二人だけに向けた声ではない。
室内の全員に届くように告げられた言葉に、一度は鎮まる部屋。
いくつもの視線がコウの手元へと注がれ、そのうちのいくつかが驚きを映した。
その価値を知っているひとりであるシャルナークが彼女の元へと近寄ってくる。
「幻の300年前のウィスキーだよ、これ…」
コウが持っていたバッグから覗いていた一つを手に取った。
そのラベルに書かれた年数に、思わず喉が鳴る。
緊張しているのだ、信じられないことに。
「コウ…どこで手に入れたの?」
「え?この間落としたものを欲しがってた人と交換したのよ。
お金で渡すって言われたんだけど、物々交換の方が良かったから…試しに提案したら、これを」
「…また、とんでもない物を落としたんだね、コウは」
この、自分たちでも目玉が飛び出るような貴重なウィスキーを交換として差し出すほどの品を落としたのだ。
例のサイトで彼女に落とせないものはなく、それ故に彼女は物の価値観が若干ずれている。
クロロですら目を見開いているという珍しい状況を、彼女は正しく理解できているだろうか。
「とりあえず…飲む?飲まない?」
壁際に固めてあったグラスの元へと歩いたコウは、そこで一つのグラスを持ち上げてからそう問いかけた。
緊張の一瞬と言うのは、こう言う状況のことを指すのだろう。
各々、手元に握られたグラスの中の琥珀を見下ろす。
ゆらりゆらりと揺らぐ水面。
シャルナークによると、一口だけでも島が一つ買えるほどの値段らしい。
緊張が伝染し、何とも言えない珍しくも面白い光景が目の前に広がっていた。
「飲めば?」
笑いを堪えつつ、コウがそう言えば、一番に動いたのはメンバー内で最も行動力のある面子だ。
グイッと一気にそれを呷る数名に、あ、と声を上げたのはコウだったか、シャルナークだったか。
「…キッツ!!何だこりゃ!!」
「ガハッ!喉が焼ける!!」
「水っ!!」
グラスの中を空にしてしまった面子は、次の瞬間には喉を押さえ、競うように水道へと走った。
バタバタと遠ざかっていく足音を聞きつつ、やや口元をひきつらせたマチがコウの元へと身を寄せる。
「そんなにキツイの?」
「えーっと…アルコール度数70ね」
ラベルに書かれているそれを読み上げた頃、漸く彼らが帰ってきた。
ズカズカとコウの元へ足を進める彼らの目は心なしか潤んでいる。
「……死ぬって!」
「ウィスキーのレベルか、それ!?」
詰め寄ってくる彼らに、コウは心外だ、といった表情を見せる。
そして、とある人物を指してこう続けた。
「そんなに弱い身体じゃないでしょ。ほら、団長を見てみなよ。普通に飲んでる」
一同の視線が団長、ことクロロへと向けられた。
そこには、本を片手に優雅にグラスを傾けるクロロがいるではないか。
もちろん、ちびちびと舐めるような量を楽しんでいるわけではない。
目に見えて水面を下げる琥珀を見れば、彼の飲んでいる量がよくわかる。
「………何だ、その化け物でも見るような目は」
とりあえず、羨望の眼差しでなかったことは確かだった。
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Hora fugit 雪耶 紅
08.01.01