あたたかいひととき

元々弾けた身なりの奥州伊達軍。
彼らはその見た目通り、宴会好きだ。
忘年会を一週間も前に終えたばかりだと言うのに、今日は新年会。
最早、名前など関係ないのだろう。
とにかく、飲めや歌えやと大騒ぎだ。
紅はそんな状況の中、政宗の隣を離れることなく、彼のお酌役に専念していた。

「今日は朝まで騒ぎそうな勢いですね」
「あぁ、そうだな」
「二日酔いでその辺りに転がる彼らの姿が目に浮かびます」

そう言って、紅は彼の杯に酒を注ぐ。
忘年会の時も大変だった。
まるでそのまま床に溶け込んでしまうのでは、と思うほどにだらりと床に伏せる者多数。
厠も、まるで駆け込み寺の如く大賑わいだった。
酒に強い面子は、いつものように過ごしていたようだけれど。
弱いなら飲まなければ…と思うのだが、それは女の考え方なのだろう。
こんな軍に所属して、飲まないと言う方が難しいのかもしれない。
出陣中でも、陣を張って宴会を開くくらいなのだから。

「紅」
「はい」
「明日は暇か?」

唐突にそう尋ねられた。
きょとんと目を見開きつつ、予定はないことを確認する。
今日から三日間は、伊達軍は仕事をしない。
政宗がそう言っている以上、彼女の仕事が出るはずもないのだ。
することと言えば、鍛錬くらい。
紅は頷いた。

「なら、明日は出掛ける」
「政宗様と、ですか?」
「あぁ。この所、ゆっくりしてなかっただろ」

そう答える彼に、紅はパッと表情を輝かせた。
いつも彼と過ごしているのだから、二人でいることが特別なわけではない。
けれど、どこかに出掛けるのはひと月ぶりくらいだ。
紅とて年頃の女性。
好きな相手と出掛けることを喜ばないはずはない。
嬉しそうな彼女の様子に、政宗もまた静かに微笑んだ。







折角なのですから、と強く押され、散々弄られた。
いや、着飾られた、と言った方が正しいのだろう。
鮮やかな緋色の生地の上には、種類はわからないが、美しい鳥の柄が描かれていた。
いつも着る着物よりも遥かに上等なものだとわかる。

「筆頭からのご命令ですわ。今日はこれを着せるようにと」
「政宗様が…」
「ええ。大変お美しゅうございますよ、紅様。筆頭は紅様を惹き立てるのがお上手ですわ」

着付けを手伝った3人から何度も褒められ、紅の頬に朱が走る。
頬の熱を冷ますように2度ほど小さく頭を振ってから、彼女は部屋を後にした。
襖に手をかけた際、刀の存在を思い出して一度だけ振り向く。
少し悩んだ末、彼女は小太刀と関節剣を部屋に残し、歩き出した。




着流しではなく袴を着付けた政宗は、紅が来た事に気づいていなかった。
あちらの方を向いているその背中を見つめ、足を止める。
あの背中に、どれほどの重圧が圧し掛かっているのだろうか。
それを感じさせることなく、凛と姿勢を正すその姿に、尊敬と言う言葉では足りぬ感情を抱く。
言葉で言い表すことができない。

「…来たのか」

ふと、気配に気づいたのか政宗が振り向く。
彼の姿を見つけたところで足を止めていた紅との間には、数メートルの距離があった。
彼も彼で、振り向いて以来何を言うでもなく、静止している。
お互い向き合うようになった所為で、その姿に見惚れていた。

「………ったく…相変わらず、贈り甲斐のある奴だな」

先に動き出したのは彼の方だ。
足早に距離をつめ、彼女の正面を陣取る。
静かに見上げてきた紅の頬を撫でた。

「似合ってるぜ」
「あ、ありがとうございます…」
「動きにくいだろうけど、今日一日くらいは耐えろよな」

そう言うと、彼は紅に手を差し出す。
一瞬躊躇い、彼女もその手に自身の手を重ねた。
歩き出す速度は酷く遅い。
慣れない格好の紅を気遣っているのは、火を見るよりも明らかだった。

「あ、の…」
「どした?」
「………政宗様も、よくお似合いで、その……格好良い、です」

消え入りそうな音量ではあったけれど、彼女は確かにそう言った。
思わぬ言葉に、政宗が足を止めて彼女を見下ろす。
居た堪れなくなった紅は、視線を落とした。
こうして褒めるのは、何と言うか…妙に照れる。
そんな紅だが、不意に伸びてきた手によって否応無しに顔を上げるはめになった。
思わず彼と目を合わせたところで、その唇が重ねられる。
掠めるような軽い口付けに、紅の頬が僅かに赤らむ。

「…あんまり可愛い事言うなよ」

吐息のかかる距離でそう言うと、彼は口角を持ち上げて笑う。
その強い笑みと言葉と、そして近すぎる距離。
紅の顔が真っ赤に染まった。














「あ、政宗様」

そう言って、紅が政宗の袖を引く。
声を聞きとめた彼が振り向いた。

「甘酒の振る舞いですよ。いただきますか?」
「…いや、いい。一人で飲んでも面白くねぇ―――」
「すみません、二ついただけますか?」

彼の返事の言葉も半ばで、紅は甘酒を振舞っている町人に声をかけている。
町人は相手が紅だと気づいたようだが、あえて何も言わず、ただ笑みを深めて「はい」と元気に答えた。
お忍び、と言うほどに忍んでいないにせよ、ここで町人が騒げば二人がゆっくりと町を楽しめない。
幸い、城下町はその辺りの理解がある町人たちばかりだった。
だからこそ、今まで騒がれることもなく町を歩いてこれたのだ。

「はい。甘酒二つです!今年も宜しくお願いします!」
「ありがとう」

紅に向けられた言葉だと気づいた。
だからこそ、彼女は満面の笑みを返す。
そして、二つの甘酒を手に政宗を振り向いた。

「小十郎に持って帰るつもりか?」

それでは、折角の温かい甘酒が冷めてしまうだろう。
そんな意味を含んだ言葉に、彼女はくすくすと笑う。
そして、片方を彼へと手渡した。

「私がいただきます」
「…待て。誰が酔ったお前を介抱するんだ」
「甘酒は唯一酔わないお酒なんですよ」

初耳だ。
そんなことを思っている彼を他所に、くいっと甘酒を飲む彼女。
半信半疑で見守るも、いつものように即座に酔った様子はない。
どうやら、本当らしい。

「…ここらに美味い酒を売ってる店があったな。どこだ?」
「お酒なら、あちらの通りにありますよ」

宴会用のお酒ですか?と首を傾げた彼女の隣で、彼も甘酒を飲む。
普通の酒ほどに強くなく、しっとりとしたそれが喉を通り身体を内側から温めた。

「甘酒なら飲めるんだろ?今日は付き合えよ」
「…私のお酌、飽きましたか」
「阿呆。お前と飲みたいだけだ」

そう言って、空いた手で彼女の頬を撫でる。
おそらく、いつもならばこの手は彼女の髪を撫でたのだろう。
今は綺麗に結っているため、それを憚られた様だ。
紅は彼の言葉に嬉しそうに微笑んで、「はい」と答えた。



「ついでに城の奴らへの土産にするか」
「ちょっと待ってください。政宗様、そこは樽です」
「宴会は樽だろ」
「…左様ですか…って、政宗様!?甘酒は私しか飲まないでしょう!?そんなに飲みませんよ!!」
「これくらい付き合えよ」
「飲みきるまでに何ヶ月かかる量を買うおつもりですか!」



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Hora fugit 雪耶 紅

08.01.01