愛おしき者との幸せ

ドタドタと騒がしい音が部屋に近づいてくる。
幾度となく、仕事に使う部屋だから静かにするようにと言ったところで、一向に直らない。
2人分の足音が次第に大きくなってくるのを聞きながら、コウはそっと苦笑を浮かべた。
彼らがああ言う風に足音を立ててこの部屋に向かってくる時には、大抵何か「お願い」がある時だ。
今度は、一体何を言いに来るやら。

「「母さん!」」

ステレオの如く綺麗に揃った声が、コウを呼んだ。
バンッと開かれたドアが壁にぶつかり、ノブによる凹みが出来る。
そろそろ力加減も覚えて欲しいものだ…そう思いながら、コウは仕事の手を止めた。
息を切らせる2人の少年―――銀髪のルイスに、黒髪のカイル。
コウの愛息子達だ。

「今度はどうしたの?」
「あの、ね…!」
「母さんに、話があって…!」
「…そんなに息切れして…どこから走ってきたの」

常日頃からイルミによって鍛えられている彼らが息を切らせるのは珍しい。
そんな思いからそう問いかければ、彼らは揃って「西の崖!」と答えた。
因みに、この屋敷は島の東の崖から数十メートルのところに建っている。
およそ島の端から端までの距離を、全力疾走してきたらしい。
もちろんその程度で疲れるような柔な身体ではない筈だが、いくらかの興奮も手伝っているのだろう。

「さっきダークが手紙を届けてくれたんだ」
「送り主は頭の丸いおじさん!」
「でね、その手紙に―――」

続きは、何とも的を射ない言葉の羅列だった。
必要でない話を右から左へと聞き流しつつ、要約するに必要である部分を抜粋していく。
そんな作業を脳内で進めながら、「頭の丸いおじさん」とやらを思い浮かべた。
彼らの言うその「頭の丸いおじさん」は、十中八九ハンゾーのことだろう。
あの後彼の故郷である島国に赴く仕事があり、その時に偶然の再会を果たした。
まぁ、これも何かの縁、とアドレスを交換したのはもう3年ほど前になるだろうか。
2人がその国に興味を持ったことがきっかけで、コウは彼を2人に紹介した。
それ以降、彼らとハンゾーとの手紙の遣り取りは続いているらしい。
我が息子ながら、何とも真面目な性格だ。

「で、結局何がお願いしたいの?」

延々と語られそうな話題を切るようにして、コウがそう問いかける。
苦笑交じりのそれに、彼らはパッと目を輝かせた。

「「お年玉が欲しい!」」














「って事なんだけど…どう思う?」

ごろりとシーツの上にそのしなやかな身体を横たえたまま、コウは机に向き合っているイルミに問いかける。
彼女の掻い摘んだ内容で、話の大体分かった。
机の上に広げたどこかの町の地図の上に赤いペンで丸を残すと、彼は漸くその視線を上げる。

「そもそも、お年玉って何?」
「あぁ、そうか…イルミは知らないんだっけ?」
「東の島国の習慣なんて覚えてられないよ。あぁ、もしかして靴下にプレゼントを入れるアレ?」
「それはクリスマスでしょう…一週間も前に過ぎてるし、別の国の習慣が混同してるわ」

クスクスと笑いながらそう言えば、彼は軽く首を傾げる。
どうやらどちらの習慣も、あまり知識として頭に残ってはいないらしい。
混同も無理は無いな、とコウは思った。

「お年玉って言うのは、新年の祝いに贈物をすることよ。今では親から子供にお金を渡すことが多いみたい」
「…お金なら浴びるほどあげてるはずだけど…?」
「まぁ、あの子達の個人口座には、ね…」

カイルとルイス、どちらもそれぞれ個人の口座を持っていて、その中にはそれこそ、浴びるほどの額が入っている。
片や世界屈指の殺し屋一家の一人、片や同じく世界屈指の情報屋。
金が無いと言う方が可笑しい話だ。
況してや、手塩に掛けて育てている子供達にそれを使わないはずも無い。
一般常識は教えているけれど、金の面に関しては若干の金銭感覚の狂いも、最早職業病だ。

「新年って言うなら…今日だよね」
「ええ。さっき日付が変わったから」

時刻はすでに丑三つ時に差し掛かっており、屋敷内はしんと静まっている。
恐らく、二日ほど前にドタドタと足音を響かせてきた彼らも、今では可愛い寝息を立てているだろう。
数時間前までは屋敷を上げて二人の誕生パーティーが催されていたが、今ではその熱も冷めていた。
そう、何を隠そう、カイルとルイスは1月1日…新年初日が誕生日なのだ。
彼らが生まれて以来、屋敷ではこの日は元日と言うよりも彼らの誕生日と言う印象の方が大きい。
そこに、彼らの存在の大きさが窺えると言うものだ。

「今に始まったことじゃないけど…話すのが遅いと思うよ」
「あら、昨日の夜遅くに帰ってきたあなたにいつ話せと?」

時間が無かったじゃない、と唇を尖らせた彼女に、イルミは肩を竦めた。
別に疲れていたわけではないのだから、帰ってきてから話を聞くことはできたのだ。
コウが「休んで」と強く言わなければ。
それを思い出しつつ、イルミは再び口を開いた。

「まぁ、遅い早いはどうでもいいとして…お年玉が欲しいって言うの?」
「そう。ハンゾーから入れ知恵されたみたいで」
「ふぅん…。欲しいって言うなら、あげれば?」
「それはそうなんだけど…いくらくらい渡してあげればいいのかしらね?」

仰向けの状態からごろりと身体を反転させ、うつ伏せになって肘をつき、その上に顎を乗せる。
そうして、コウはうーんと頭を悩ませた。
元々こちらの習慣ではないだけに、その基準がよくわからない。
小遣い程度をあげればいいのか、それに少し上乗せすればいいのか、もしくは何かの祝い事並みの大金なのか。
今までは興味のなかった分野だけに、コウの探究心が首を擡げる。
彼女はパソコンを取り出すと、器用にそのままの姿勢でキーボードをたたき出した。
カタカタカタ、と淀みなく音が響く。

「んー…どれも参考にならないわね…。とりあえず、これはまだマシな方か…」
「どれ?」

自身の傍らに膝をついてパソコン画面を覗き込む彼に、彼女は見やすいようにと少しだけ動かす。
ザッと文章を読み取り、この部分、と指先で示した。

「…じゃあ、小遣いの1.5倍程度でいいんじゃない?」
「ん、そうする。どっちが渡す?」
「2人居るんだから…考える必要ないよ」

即座にそう答える彼に、コウは「了解」とパソコンを閉じた。
昔の彼ならば「任せる」と答えていたところだろう。
彼も変わったんだな、と思うと、どこか嬉しかった。

「それはそうと…お菓子ばっかり買うの、少しは注意した方がいいよ」
「小遣いをどう使おうが勝手だと思うけど…」
「一部屋菓子で埋めるのは明らかに間違ってる」
「まぁ、確かに。…あの量は尋常じゃないわね」

いつかの出来事を思い出して、コウはどこか遠い目を見せた。
次から次へと箱で送られてくる菓子に、珍しくも目を見開いて反応を失ったのはまだ記憶に新しい。
限度を知らないと言うか、感覚が一般人離れしていると言うか…。
今度もそうされては、確かに堪ったものではない。
分かった、と頷くコウの頭を撫でながら、イルミは彼女の傍らに腰を下ろした。

「ねぇ、イルミ」
「ん?」
「さっき、面白い記事を見つけたんだけど…」
「どんな?」

髪を撫でられる感覚に目を細め、コウは子供のような笑みを浮かべる。
何か楽しい事でも企んでいる様な、そんな笑み。

「お年玉ついでに、初詣も体験してみない?」
「…何の事かはわからないけど…。コウがしたいなら、好きにすればいいよ」
「あら、イルミも行くのよ。皆で、誕生日兼家族旅行を味わいながら」

どう?と問いかけながらも、表情は断るはずが無いと言うどこか確信めいたもの。
それを見下ろしながら、イルミは僅かに口角を持ち上げた。

「向こうの手配は?」
「朝までに済ませるわ」
「それなら別にいいけど…寝なくて大丈夫なの?」
「今から手配するから、半時間も掛からないわよ。心配しないで」

そう微笑みかければ、彼は漸く頷いた。
そして、名残惜しげに彼女の髪から手を離すと、再び机の方へと戻っていく。

「イルミは寝てくれていいのよ?」

パソコンを開き、キーを叩きつつそう声を掛ける。
しかし、返って来たのは視線無き声。

「どの道、コウが起きてるなら寝れないよ」
「なら、仕事部屋に行こうか?」
「…俺も今度の仕事のルート確認があるから」

言外に込められた「部屋を移る必要は無い」と言う意思。
それを即座に悟ったコウは、彼にわからないようにクスリと笑った。
血も涙も無い、冷酷無慈悲な殺し屋と言う噂もあるが、彼のどこを見てそんな事を言っているのだろう。
確かに仕事の時とプライベートは違うが、それを知っていて尚、コウには彼が冷酷にも無慈悲にも見えない。
それが愛情と言うフィルターを通しているからなのかはわからないが。
旅行の事を告げた時の息子達の反応を思い、コウは薄く微笑んだ。





数日後。

「………コウ」
「私は一応注意したわよ。ほら、今回は部屋一杯じゃなくて半分でしょ?」
「一杯も半分もあまり変わらないよ」
「…それを言ったら、元も子もないわ、イルミ…」
「これを全部食べて、更に食事もして…あいつらの胃がどうなってるのか知りたいよ、まったく…」
「これがなくなる頃に追加が届くように手配してあるみたい。我が息子ながら天晴れだわ…」



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Hora fugit

07.01.01