朝日を浴びて

昇って来る朝日は同じ物なのに。
去年は一緒に見たそれを、一人で見る寂しさ。
それが何とも切なくて、音もなく頬を伝ったのは私にとっての弱音だった。









お互いの存在が隣になかった、空白の三年間。
その間も新たな年は始まり、そして終わっていった。
今日と言う日。
また、新たな年が始まった。






「すっごい人…」
「まぁ、年明けと同時に初詣に参ろうっちゅーけったいな人もおるさかいなぁ…」
「自分も便乗してるくせに」

鳥居の向こうに溢れる人ごみにスフィリアは思わず口元を引きつらせる。
美しく着飾った着物の女性が足を取られて隣の恋人と思しき男性に受け止められているのが、視界の端に映る。
危ないなぁと思うと同時に、動きやすい服装をしてきて良かったと思った。
まぁ、己の隣に立つ彼は最後の最後まで不平を漏らしていたが。

「スフィリアかて着物着たら絶対似合うのになぁ…勿体無いわ」
「動き難い。足首でも捻ったらどうすんだよ」

サッカー選手として生きるスフィリアにとって、足は命。
下手に挫いて癖でも作ってしまおうものなら、それこそ選手生命に関わる一大事なのだ。
それを未然に防ぎたいと言うスフィリアの気持ちは、同じサッカー選手である成樹には痛いほどわかるだろう。

「せやけどなぁ…」

見たいものは見たい。
その欲求は中々抑えることが出来る物ではないのだ。
尤も、迎えにいった時に彼女がジーンズを履いていた時点で抑える以外に道はないのだが。

「それより、さっさと参って帰ろ。こんな場所に長時間いると人酔いする」
「はいはい。相変わらず人ごみに弱いんやなぁ、スフィリアは」
「少しは慣れたけどな」

そう言ってスタスタと歩いていく彼女に続き、成樹は速度を速めてその隣に落ち着いた。
逸れないようにと伸ばした手は空ぶる事なく彼女の手を包み込む。
ほんの少しだけ驚いたように彼の顔を見上げたスフィリアだが、すぐに何事もなかったかのように前を向いた。
その頬が熱っぽいと感じるのは、恐らく気のせいではないと自覚しながら。
















ダウンジャケットのファーに顔の下半分を埋め、スフィリアは夜空を見上げた。
隣の彼も同じような行動を取っている。
違う所といえば、スフィリアの方は温かい缶コーヒーから暖を取っていると言うくらいだろう。

「今何時?」
「6時」
「あと一時間近くあんのか…」

長いなぁ…とスフィリアは眉を寄せる。
そんな彼女を横目に、成樹はクッと口角を持ち上げた。

「一時間ぐらいすぐやん」
「そうだけどさ…。改めて時間を待つとなると長いんだよ」
「まぁ、それはわからんでもないわ」

時間と言うのはそれを一度長いと思ってしまうと、中々それが抜けない物だ。
現に、こうして言葉を交わしていて五分は経っただろうと思っていても時計の針は秒針が一周しただけ。

「向こうでも初日の出は見てたん?」
「…見てたよ。部屋が5階だったから、その部屋の窓から」

東の窓際に設置してあったベッドに乗って、毛布を肩から羽織って。
ただ只管、それが町並みの間から顔を見せるのを待った。

「さよか。俺も毎年欠かさず見とったわ。…ここで」

芝生の上に付いた手を動かし、その短い草を指先に絡める。
そんな仕草を見せながら、成樹は前方へと視線を向ける。
二人にとっても馴染み深い、中学校の近くの河川敷。

「…そっか」
「寂しかったわぁ。隣に誰もおらんで、一人日の出を待つ寂しい男の図やったで」

笑い話にするように明るい口調で彼はそう言う。
そして屈託のない笑顔を見せた。
しかし、スフィリアはそんな彼に対して少し落とした笑みを返す。

「…私も、寂しかったよ」

膝を立て、それを抱えるようにして顎を乗せる。
温かかったコーヒーが少し冷たく感じてきた。

「ホントに行き成りだったしさ。初めての年明けは…ホントに寂しかった」
「スフィリア…」
「一人暮らし自体も初めてで、年越しに一人って言うのも初めてだった」

帰って来いと両親は言ってくれたけれど、結局は一人異国の地で過ごすことを決めた。
三年で帰ると決めた、スフィリアなりのケジメ。
けれども、やはり寂しいと嘆く心を慰めるのは容易なことではなかった。

「隣の存在って、大事なんだって思ったよ」

一分一秒を刻む針の音すらも孤独に感じる中。
やがて顔を見せた朝日だけは、どこに居ても同じなのだと初めて実感した。
頬に伝ったそれは決して哀しみだけの物ではなかったと思う。

「…ありがと。今日…誘ってくれて」

一週間も前から決められていた約束。
早すぎるだろうと苦笑を漏らしたが、本心はただ嬉しかった。
出会ってから毎年欠かさずに見てきた初日の出を覚えてくれていた事。
そして、自分と同じ思いを抱いていてくれたと言う事。

「成樹が誘ってくれなかったら…私から言うつもりだったし」
「…危なかったわ…」
「?」
「いやぁ…やっぱ、誘うんは男の特権やろ?」

ニッと口角を持ち上げるその姿は見慣れた物で。
スフィリアはクスクスと笑い出した。

「別に女からでもいいと思うけど?」
「まぁ、偶にやったらそれも新鮮やけどな。俺としては自分から誘うんが一番や」
「あーあ。じゃあ、先に誘っとけば悔しがる顔が見れたのかな…」

それこそ惜しい事した、とスフィリアは目に見えるようにして肩を落とす。
そんな彼女の返事に成樹は内心冗談じゃないと焦る。
彼女から誘われていれば自分が舞い上がってしまうのは目に見えているから。
新たな自分の発見といえば聞こえはいいが、何とも恥ずかしい思いをするのは必至だ。
そして、それをスフィリアがからかうだろうと言う事も容易に想像できる。

「ホンマ、危なかったわ…」
「いやいや。そこまで安心するもんでもないでしょ」

彼の本心を知らずに、スフィリアは堪えようと言う無駄な努力を一切する事なく笑う。
馬鹿笑いに似たそれではあるが、不思議と彼女が帰って来たのだと実感させる物でもあった。

「…ほら、笑っとったら見逃すで」

ええ加減にしぃや、と成樹が彼女の顎を持ち上げる。
意図的に閉じられた口が不満げに歪むことすら、彼は楽しそうだった。

「いつの間にそんな時間経ってた?」
「楽しい時間はあっちゅー間に過ぎるもんやって」
「………だな」

朝日のおかげか、随分と見やすくなった成樹に向かって微笑んでみせるスフィリア。
その表情は柔らかい。
けれども、そこには三年と言う確かな成長の証が刻まれていた。
最後に見た朝日を見つめる横顔はまだ幼さを残していたが、今はそれが抜け切っている。
大人への階段を駆け足で上っているスフィリアを横目に、成樹も彼女と同じように向こうへと視線を向けた。
それから、朝日が顔を出したのは僅かに一分後の事。














「やばい…さすがに寝不足…」
「はぁ?」
「いやー…一昨日の大掃除中に溜め込んでたビデオがわんさか出てきてさ…」
「…夜通しそれを見とったっちゅーわけか」
「そう言う事。おかげで睡眠不足のままにおせち作って、んで初詣&初日の出…」

もう限界、とスフィリアはその目を擦る。
その様子が何とも子供っぽく、成樹は肩を竦めながら苦笑を浮かべる。
自分の所為以外の何物でもないが、それを言えない程に微笑ましい光景だったのだ。

「ホンマしゃーないなぁ、自分」
「あ、そう言う事言うんだ?折角秘蔵のビデオを見せてやろうと思って持ってきたのに」
「え゛!?ホンマ!?」

途端に焦る成樹に、スフィリアは「ホンマやで~」と彼と同じく関西弁で返す。
眠いから思考回路がおかしいのか、本気で成樹をからかう為なのかは微妙な所だ。

「よっしゃ!ほな、今から俺のマンション行こうや!」
「えー…眠いから嫌」
「ベッドぐらいいくらでも貸したる!はよ行くで!!」

そう言って再び自分の手を取って歩き出す成樹。
短い金髪が朝日を存分に浴びて自らを誇示していた。
そんな背中に、幼き日の彼が重なる。
高くなった身長と、代わりに短くなった金色の髪。
時間の流れを感じさせるには十分だった。

「…成長してるんだね」
「何や?」

呟きが聞こえたのか、成樹はクルリと顔をこちらに振り向かせる。
その表情が記憶の中の彼と何一つ変わっては居なかった。

「…何でも!」

それがどうしようもなく嬉しくて、スフィリアは彼の腕に自らの腕を絡めた。
いつになく密着してきた彼女に驚くが、成樹は口角を持ち上げるだけで何も言わない。
新しい年を照らす朝日を背中に浴びつつ、二人の影が仲良く寄り添っていた。



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明けましておめでとうございます。
昨年中は『Hora fugit』へお越しくださいまして誠にありがとうございます。
今年も頑張って参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

2006年が皆様にとって良い年でありますように…。

Hora fugit 雪耶 紅

06.01.01