初日の出計画

エクソシスト総本部、こと黒の教団。
この度めでたくも新たな年を迎えました。
お国柄なのかさほど騒ぐわけでもなく…まぁ、いつもよりは皆さんはっちゃけてたけども。
それなりに騒いだ後、年越しパーティーはお開き。
眠い目や飲みすぎた身体なんかを引き摺って会場を出て行く皆。
それを見送り…私はとある背中を引き止めた。















「ホントにすんの?」

とある部屋の前。
控えめに声を発したのはすでに寝ている皆を配慮しての事だろう。
声の主は頭の後ろで手を組みながらニヤニヤと口元を歪ませてドアに手を掛けた少女を見ていた。

「とーぜんでしょ!ここまで来たらやんないとね」
「勇気あるねー。あのユウ就寝中の部屋に突撃する奴なんてコウくらいだって」
「ラビだって反対しなかったんだから同罪で」

ね?と人差し指を唇に乗せて、コウは笑った。
わかっている、と言う風な笑みを浮かべるラビを見て満足げに頷き、彼女は再度ドアノブへと手を掛ける。
そしてゆっくりとドアを開いていった。
途中、ギィ…と言う軋む音にギクリと肩を震わせる二人だが、幸い中の住人は気づいていないようだ。
ラビが入れる程度の隙間を開ききると、コウは静かにその隙間に身を滑らせる。
彼が通れる隙間なのだから、彼女が通るのは余裕だ。

「…なぁ、コウ」
「ん?」

いよいよ声を潜めてラビがコウを呼ぶ。
それに振り向き、彼女はオプションとして首を傾げて見せた。

「鍵はどうしたんさ?」
「ふふふ…ラビは私が錬金術師と言う事をお忘れ?」

ニッと口角を持ち上げると、コウはポケットから一つの鍵を取り出す。
それをじっと見つめ、ラビは口を開いた。

「作ったんか?」
「うんにゃ。この人が寝てからドアを鍵無しver.に作り直しました」
「……………この鍵必要あんの?」
「…ないね」

ぽいっと鍵をカーペットの部分に放り投げ、コウはいそいそとベッドの方へ近づいた。
すでにお分かりであろうが、この部屋の主は神田ユウ。
教団内でも指折り…寧ろ一番と言っても過言ではない程に短気かつ凶暴な彼(コウ談)
彼女曰く、女であると言う容赦も情けもなく降ってくる拳骨はかなり痛いらしい。

「…ユウってこれだけ喋ってて起きねぇほど寝起き悪かったっけ…」
「酒に一服持ってあるからね」
「…………どんだけ用意周到なんさ…」

ぐっと親指を立てるコウを前に、ラビは盛大な溜め息を漏らした。

「さて、と。んじゃ…大人しくしてもらう為にも…」

ドアの所で背中を預けて眺めているラビを一瞥して、コウは脇にあったクッションから頑丈なロープを作る。
そしてそれを手と手の間でピンと張ると、彼女はニッと笑った。

「アズ、出てらっしゃいな」

コウの声に反応して、彼女のコートがもぞりと動く。
裾から出てきてプルプルと首を揺らしたのは他でもない彼女のイノセンス、アズ。
彼はラピスラズリをはめ込んだような目を動かしてコウを見上げた。

「はい、端っこよろしく」

そう言って差し出されたロープの先を銜え、彼はベッドの壁側へと回った。
音も無くシーツに降り立つアズだが、ベッドの主は依然として規則正しい寝息を立てている。
そこからのコウとアズの動きは目を瞠る物だったと、後にラビは語っていた。















アズの背に乗ること小一時間。
任務に赴くでもなく団服に身を包んで天体観測よろしく夜空を見上げる人影が三つ。
息が白く見えるほどの気候と言う事で、屋根に座るよりは温かいだろうとアズの背にお邪魔している。

「で?」

不機嫌を隠そうともせずに神田が口を開く。
余談だが、彼はつい先程までロープでぐるぐる巻きの状態にされていた。




『ユウ。暫く大人しくしててくれる?』
『誰が!人の安眠を妨害しておいて…!』

噛み付きそうな勢いでそう言った神田に、コウはにっこりと笑みを返す。

『大人しくしててくれないならこのままだけど…』

二重で結んであるロープの上から更にもう一重それを巻き、キュッと最後の始末を終える。
己の身体を縛るそれを見下ろし、神田は今まで以上に盛大に眉を寄せた。

『大人しくする?』
『………………………………………………………ああ』

たっぷりとした沈黙の後、彼は頷いた。
彼の返事に満足そうに頷くと、コウは「それじゃあ…」と手を伸ばす。
だが、彼女の手はロープの結び目に掛けられたわけではなかった。
コウの手が抱き上げたのは、白くふわふわの毛に包まれたアズ。
彼の前足の脇を手で持ち上げ、神田と同じ目線にあわせる。

『アズに向かってもう一度。大人しくする?』

コウが首を傾げるのに合わせて、アズはカパッとその口を開く。
しっかりと生え揃った白い歯が神田を睨む。
初めから、頷く他に道など残されていなかった。













「“で?”って、何が?」

コウは隣に座る神田の方を向き、きょとんと首を傾けた。

「惚けるな」
「ユウユウ。コウは悪気0だから睨んでも無駄だって」

神田の逆隣に座っていたラビがヒラヒラと手を揺らしながら笑う。
そんな彼を一睨みするが、そんな事で怯むような繊細な神経を持ち合わせている者はこの場には居ない。

「もうすぐだから…ね?」

開いた銀時計を手の平に載せ、コウは再び前方へと視線を戻した。
それ以上の質問は許さないと言った風な彼女の様子に、神田は口を噤む。
ここで彼女を怒らせれば、恐らく…いや、きっと自分の背後でゆらゆらと揺れる黒い尾が襲ってくるのだろう。
気にするほど痛くは無いだろうが、尾で叩かれると言うのは何とも屈辱的だ。

「ま、そんな気にすることねーって。悪いようにはなんないからさ」

先程と変わらない様子でラビはにっと笑う。
様子から察するに、彼は早朝に不本意な人間を引きずり出した意味を知っているのだろう。
問い詰めた所で彼が口を割らないのは長年の経験からわかっている。

「…ったく…。仕方ねぇから付き合ってやるよ」

そう言って神田は身体より少し後ろに手をつく形で姿勢を崩す。
それに…と彼は隣のコウを見た。
心なしか彼女は嬉しそうに表情を緩めていて。
時折チラチラと視線を落すも、決して閉じられることの無い時計の針が指す時間を知って。
彼女らの魂胆が見えてきていたから。

「来た!」

嬉しそうな声を上げて彼女が指さした方。
山の端から顔を覗かせ始めた朝日にコウは満面の笑顔を浮かべた。

「やっぱり初日の出か…」
「うん!やっぱり新しい年になったんだから、これは拝まないとね!」
「てか、普通の日の出となんか違うわけ?」

ラビのそんな言葉に、コウは「気分だよ、気分!」と返す。
次第に姿を現してくる日の光が彼らの元まで届く。
顔を覗かせる一瞬の為に一晩起きていたのか…と思うと何とも言えない感情もある。
しかし、隣で笑う彼女が嬉しそうだからそれでも良しかと思う二人だ。

「うー………ちょっと飛んでくる!」

飛びたいと言う欲求に耐え切れなくなったのか、コウはトンとアズの背を蹴って空へと舞い上がった。
黒い翼を羽ばたかせながら浮上していく彼女を見送る男二人。

「…眠ぃ…」
「ユウはまだいいって…俺なんか一睡もしてねぇよ」
「何でお前もこんなくだらねぇことに付き合ってんだよ…」

ガシガシと縛っていない髪を掻きながら神田が言う。
そんな彼を横目に一瞥して、ラビは少しだけ小さくなったコウの背を見つめた。

「………家族と見てた、って」

その言葉に神田が目を見開く。

「酔ってたんかは知らねぇけど…言ってた。毎年欠かさず見てたって。父親と母親と…妹が生まれてからはそいつも一緒に」
「………そうかよ」
「そんな事話されたら見ないわけにはいかないっしょ?ま、いいじゃん。あんだけ喜んでんだし」

二人の視線の先には、いくらか高度を下げてきたコウの姿。
彼女は屈託のない笑顔を浮かべて朝日を見つめていた。
そして、視線に気づいたのかその笑顔のままに彼らを振り向く。

「ラビ!ユウ!今年もよろしく!!」

ラビは彼女と同じような満面の笑顔で。
神田は眉間の皺を取り払って、口元を僅かに持ち上げて。
それぞれ、己の腕を彼女の方へ突き出すように持ち上げた。
言葉ではない答えに、コウは彼らと同じように右腕を持ち上げて見せる。

コウの向こうに見えている朝日だけが知っている、彼らと彼女のヒトコマ。



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明けましておめでとうございます。
昨年中は『Hora fugit』へお越しくださいまして誠にありがとうございます。
今年も頑張って参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

2006年が皆様にとって良い年でありますように…。

Hora fugit 雪耶 紅

06.01.01