ありのままで居られる場所

我が家で恒例となっている年越しそばを食べ終え、のんびりと新たな年を祝った午前1時ごろ。
私は自室に戻って充電が終わったらしい携帯を持ち上げた。
カチカチとボタンを操作し、ディスプレイに表示された名前に電話をかける。
手馴れた動作でそれを耳へと運び、数回のコール音を聞く。
それが途切れた後に聞こえたのは間違いもなく彼の声だった。










「A Happy New Year!!」
『行き成りそれかよ』
「新年の挨拶としては至極一般的だと思うよ」

向こうから聞こえてくる声は呆れているような、それで居て少しだけいつもより楽しそうな声だった。
半分勉強用の机と化しているパソコンデスクの前の椅子を引き、紅はそこに座りながら言葉を続ける。

「そっち、賑やかだね」
『いつもの事だろ?』
「それもそうだね。で、今年は何時に待ち合わせるの?」

机の上にちょこんと鎮座している時計に視線を向ければ、部屋に上がってきてからすでに10分程経っていた。

『6時ぐらいでいいんじゃねぇか?あんま早いと寒いだろ』
「ん、6時ね。今から一寝入りする?」
『…親父たちが静まらない限りは無理だな』

はぁ…と言う彼の小さな溜め息は、恐らくリビングから聞こえているであろう声に掻き消されそうだった。
何とかそれを聞きとめた紅はクスクスと笑みを零す。
同時に、温かい家庭だと思った。

「待ち合わせはいつもの所?」
『…いや、紅の家でいいだろ』
「は?何で?去年までは川原で待ち合わせだったじゃん」
『…………何でもいいから、家の前で待ってろ』

沈黙の意味する所はよくわからないが、紅は渋々納得した。
去年まで待ち合わせていた川原と一護・紅のそれぞれの家は丁度三角形の角の位置関係だ。
つまりはそれぞれが単独で待ち合わせ場所に向かった方が二度手間にならずにすむ。
それがわかっているだけに、紅はやや腑に落ちない様子だった。
去年、一護の到着がもう少し遅ければ高校生風の男二人に声を掛けられる所だったと言う事を彼女は知らない。

『あー、そんな事より…。今年はいつ頃来るんだ?』
「おせちのお裾分けもあるし…明日…じゃなかった。今日中には行くよ」
『そうか。なら、下で騒いでる親父に伝えとく』

一護の言葉によろしく、と答える。
ふと、外が気になったのか、手持ち無沙汰だったのか。
紅は机の横にある窓に手を伸ばす。
夜中と言う事もあり、すでにカーテンは閉じてあった。
それを手の甲で軽く押しのけ、窓ガラスに映る自身を見つめる。
その向こうにちらりと雪が見えた。

「今年は元旦まで雪なのね」
『雪?』
「外、雪降ってるみたい」

そう言えば一護の方も窓の方へと近づいたのだろうか。
ほんの少しだけ彼の声が遠くなり、そしてまた近くなった。

『本当だな』
「しっかり着込んでいかないと風邪引きそうだね」
『ああ。お前、特に寒さに弱ぇんだから気をつけろよ』

彼の言葉にさすがは幼馴染、と紅は笑った。
彼女は夏に強く、そして冬には弱い。
と言っても、もちろん変温動物のように冬眠しなければ!と言うほどではないが。
夏よりもやや元気がなくなって、更に行動が鈍くなって…出不精になるくらいだ。
そんな他愛ない言葉を交わしていた二人だが、ふと時計の長針が12を指したことに気づく。

「うわ…2時だ。さすがに一寝入りくらいしないとまずいよね。5時半には起きなきゃいけないし」
『…んじゃ、とりあえず切るか』
「だね。じゃあ…またあとで。おやすみ」

紅はそう言うと、おやすみと答えが返ってくるのを聞いて通話を切った。
料金は見たくないような数値になっていたが、中身の有意義さを思えば安い物だろう。
携帯を握ったままベッドへとダイブし、冷たい感触を身体全体で感じる。

「アラームをセットしてー…おやすみ」

誰に言うでもなく、紅はそう呟いた。
そして、程なくして眠りの世界へと落ちていく。
















夢を見ることもなく熟睡した紅。
彼女が次に起きたのは携帯のアラームの音だった。
最近気に入っていた着信メロディを奏で続ける携帯を開き、慣れた手つきでそれを止める。
その間、目は開かない。

「やばい…眠すぎ…」

頭を起こそうと無理やり上半身を起こしてベッドへと座り込む。
しかし、先程まで横たわっていたシーツのぬくもりが彼女を誘っているようだった。

「………仕方ない…。少し早めに外へ出て頭を起こそう」

何度か躓きそうになりながらも、紅は服を着替えてダウンジャケットを着込む。
携帯をポケットに押し込むと、未だふら付く足取りのままにその足音を顰めて階下へと下りた。
出来るだけ音を立てないように開いた扉の隙間から身を滑らせ、紅はその鍵を閉める。
吐き出した息の白さが気温の低さを表しているようだった。
マフラーを口元に掛かるように巻きなおし、紅はそのまま門扉の所まで歩く。

「…え?」
「よぉ。早かったな」

門扉の上から覗いていたのはオレンジ色の髪。
街灯だけでは些か不安の残る道でも、その色は純粋に綺麗だった。
紅が落とした声に気づいたのか、その髪の主は門に凭れていた背を離して彼女を振り返る。
薄く持ち上げられた口角に、思わず自分も笑みを返してしまった。

「一護早起きだね」
「結局寝たのか寝てねぇのかわかんねぇけどな」

そう言って苦笑した彼は歩き出す。
数歩遅れでその後を追っていた紅は、いとも簡単にその横へと並んだ。
彼女が横に並んだのを見越してか、一護は「あ」と何かを思い出したような声を上げる。

「おめでとうさん。さっき言うの忘れてたからな」
「あー…そう言えば。んじゃ、改めて…あけましておめでとうございます」

トントンと軽快に一護の前へと躍り出た紅は、そのまま彼と向き合うように立った。
そして笑顔を浮かべてその腰を折る。

「今年もよろしく!」
「………あぁ、よろしく」
「…今の沈黙は何」

不自然な沈黙に気づき、追及するあたりも実に彼女らしい。
僅かに頬を膨らませる彼女はまるで子供のようだと思った。
彼女は家では甘えると言う行為をしないと言う。
それだけに、自分の前でこうしてありのままを見せてくれるのはただ嬉しいと思えた。

「お前らしいと思っただけだって」

くしゃりと彼女の栗色の髪に指を通し、その頭を撫でる。
文句を言っていたが、それを誤魔化すように更に髪を掻き混ぜたあと、一護はさっさと歩き出した。
ぐしゃぐしゃになってしまったらしい髪を直しながらも、彼女は急ぎ足で彼の後を追ってくる。

「身長が伸びなくなったら一護の所為だからね!人の頭を上から押し付けて…!」
「…それくらいで身長って伸びなくなるもんなのか?」
「………気分的に縮むような気がするでしょ!」

そんな軽い言葉が交わせるのも、今までの生活があっての事だ。











一歩進む度に日の出に近づくように明るくなってくる空。
川原に到着した時、丁度日の出が顔を出した。
目に眩しいほどではないそれをしっかりと見つめる二人。
片手の指では足りないほど、二人は毎年こうして日の出を見てきた。
幼い頃こそ両親と共に来たが、小学校の高学年になってからは本当に二人で。
毎年大きく変る事はないそれは美しいと言う感情すら抱けるような光景だった。

「…来年も、また来ようね」
「ああ」
「今度はもう少し温かかったらいいんだけどなぁ…」
「冬だからな。さすがにそれは無理だろ」

一護の呆れた様な声に、紅はそれもそうだね。と小さく微笑んだ。

次があると信じて疑わなかった二人。
彼らを待つのは永久の別れか、一時の別れか。
今は彼らを包むこの日の光だけが、その真実を知っていたのかもしれない。





「お、おい紅!寝るなよ!寝たら置いて帰るぞ!」
「…それは女の子に対して酷くない…?せめて連れて帰るとかさぁ…」
「普通に考えて喧嘩が強いだけの中学生が人一人を運べる距離じゃない事に気づけ」
「あー…それもそうだね…」
「だーっ!寝るな!…………ったく…。明日腕が使い物にならなかったらお前の所為だ」



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明けましておめでとうございます。
昨年中は『Hora fugit』へお越しくださいまして誠にありがとうございます。
今年も頑張って参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

2006年が皆様にとって良い年でありますように…。

Hora fugit 雪耶 紅

06.01.01