雪化粧

白く冷たいそれは、静かに舞い降りる。
全てを覆うように長く……深く。
そして、それは新たな生命を繋ぐ。

春と言う、生命を。














「いらっしゃい、冬獅郎!」

笑顔で日番谷を迎え入れる紅。
年明けの1日。
紅は淡い色調の振袖に身を包んでいた。





「そんな固まらなくても…。いくら似合わないからってさー…」

居間へと案内するために廊下を進む紅。
むろん、日番谷が固まったのは似合わないからではない。
その逆である。

誂えたように似合う着物に、薄く施された化粧。
アップに結い上げた栗色の髪によく合う花の髪飾り。
髪飾りには鈴がついていて、紅が歩く度に澄んだ音を響かせる。

気を抜けば見惚れて立ち止まってしまいそうなのだが、生憎紅はそう言う事には酷く鈍い。
似合っていないから固まった、と本気で思っているのである。

「(似合ってないって……んなわけあるか!)」

そう本人に言えばいいのだが…。
真正面から見つめられでもすれば、それこそ赤面して口を閉ざしてしまうであろう。
元々端整な顔立ちであるが、着物と言うのはこうも変化させるものなのだろうか。
不思議に色気と言うか何と言うか…とにかく、美しさに磨きがかかる。
元々尸魂界では着物が主流だが………正式な着物とは訳が違う。
ふすまの前に両膝を着くと、紅は中へと声をかけた。

「お父様、お母様。日番谷隊長がお越しくださいました」

そう言って、ふすまを左右に滑らせる。

「ようこそ、日番谷さん。お久しぶりです」
「お久しぶりです。お元気そうですね」

紅が養子に入ってからと言うもの、日番谷も何度かこの屋敷を訪れた。
そうしているうちに顔見知りとなったのは言うまでもない事。
軽く挨拶と近況報告を交わすと、紅と母である惟沙(いさ)が席を立った。
紅の背中を見送りながら、用意されたお茶を口に運ぶ日番谷。
そんな時、紅の父、実明(さねあき)が口を開く。

「中々綺麗になっただろう?」
「!」

まさに思っていた事を第三者の口からはっきりと告げられ…。
口に含んでいた液体を何とか喉へと流し込む。
咽なかったのは奇跡と言えるだろう。

「な、何を…」
「顔が赤いぞ、日番谷」

ふいっと実明から顔を逸らして、口元を覆う。
とてもじゃないが、頬の熱はすぐには治まりそうになかった。

「今日の為にせっせと着付けの勉強をしていたからな。しっかり褒めてやってくれ」

気分を悪くした様子もなく、むしろ楽しそうにそう言った。
日番谷からすればどう反応してよいものが悩むものである。

「お待たせ。おせち持って来たよ」

紅と惟沙が戻ってくると、否応なしに考えは消え去っていった。













「冬獅郎と散歩してきますね!」

食事を終え、一息ついたところで紅が日番谷を連れて部屋を出て行く。
二人の背中を見送って、惟沙と実明は顔を見合わせていた。

「楽しそうですね、本当に」

楽しげな紅を見て、二人が嬉しそうに表情を柔らかくしていたのは言うまでもないことである。




「寒いね、やっぱり」
「まぁな」

中庭に面した廊下を進むと、冬の寒さが肌を打つ。
着物と言うのは見た目よりかなり着込む為にあまり寒くはないのだが……。
顔や手は外に出ている為に寒さを凌ぐことは出来ない。

「何でわざわざ寒いのに外を歩くんだよ…」

半ば呆れたような声色で日番谷が言う。
紅ほど寒くなさそうだが、吐く息は白かった。

「見せたい物があるの。もうちょっとだけ歩いて。ね?」

果たして、綺麗に着飾った紅に首を傾けてそう言われ、逆らえる男が何人いるだろうか?
日番谷も例外ではない。
顔を逸らすと、紅にわかるように頷いた。
紅が喜ぶのが気配で感じ取られ、再び歩き出す背を追って日番谷も歩く。
彼女が歩く度に、チリンチリンと澄んだ音が響く。
廊下には二人の足音と鈴の音以外に音はなく、ただ庭を覆う雪が静かに光を反射していた。













「ほら、ここだよ」

そう言って、紅が足を止めた。
紅に促がされるままに、中庭へと目をやる。
そして………。

「…綺麗だな」
「でしょ?」

そこは、中庭を一望できる場所だった。
葉を落とした木々がほんのりと雪化粧している姿は、酷く目を惹いた。
そんな木々の溢れる庭。
地面にも雪が積もり、土の色を映していない。
一面、銀世界だった。
細い枝に雪を載せた木々は、まるで墨絵の如くその場に佇む。
動く事のない景色に、心を動かされた。

「私のお気に入りの場所なの。見つけたのは一週間くらい前なんだけど…」

そう言って、紅は廊下の縁に腰を降ろす。
自由になった足を揺らしながら、嬉しそうに目を細めて景色を見やる。
日番谷も紅に倣って隣に座った。

「昨日雪が降ったでしょ?それで…より一層綺麗になってたのよ。だから…見せてあげようと思って」

来てよかったでしょ?と微笑む紅に日番谷も笑みを返した。
肌を刺すような寒さを纏う雪ですら、どこか暖かさを感じる。

「ありがとうな」
「どういたしまして」

笑う紅の手を取れば、すっかり冷え切った体温に気づく。
それに僅かに眉をしかめると、日番谷は上着を紅の肩にかけた。

「え…いいよ。冬獅郎が寒いでしょ」
「そんな柔な身体じゃねえって。着てろ」

そう言われれば断ることも出来ない。
少しだけ困ったように、それでも笑ってお礼を言う。
繋がれた手が、お互いに体温を与えあっているように思えた。

「…着物、よく似合ってる。綺麗だぜ」

日番谷が小さくそう言った。
小さな声でも隣の紅にはちゃんと届いていて…。

「あ、ありがとう」

褒められた事に頬を赤らめる紅と、褒め言葉を口にして同じく頬を赤くする日番谷。
そんな二人を見ていたのは、柔らかい光を反射させる雪景色だけだった。