海が呼んだ奇跡

空から何かが落ちてきた。

「………」

両手で受け止めた“もの”を見下ろし、とりあえず落ち着こうと、深呼吸を一つ。
このまま甲板で見つめていても仕方がないので、シャンクスを探す事にした。

「…母さん?」

誰にも会わなくて幸いだ、と思った矢先に、声が聞こえた。
脇の通路から出てきたばかりの姿勢で、コウの腕を見つめるティル。
その怪訝そうな表情に、彼が何を言おうとしているのかを察した。

「弟じゃないわ。空から落ちてきたの」
「…ああ、“大いなる航路”だから?」

ティルはここ以外の海は知らないに等しい。
けれど、常識で括る事の出来ない場所だと言う正しい認識は備わっているようだ。

「抱いてみる?」

コウに問われ、少しだけ悩んでから手を伸ばす彼。
恐る恐ると言った様子の手に赤ん坊を預ける。

「…それにしても…すごいね、兄弟みたいだ」

確かに、こうして二人が一緒にいると、兄弟のように見える。
それほどに、見事な赤髪の赤ん坊だった。

「シャンクスがいれば完璧ね」
「俺がどうした?」

タイミングが良いのか悪いのか、そこの部屋から出てきたシャンクスがコウの言葉に反応する。
探す手間が省けたと、コウがティルの方を指した。

「…はは!お前ら、そっくりだな!」

二人を一緒に映したシャンクスが、笑ってそう言った。
誰でもそう思うよね、と納得する。

「で、どうしたんだ?」
「空から落ちて来たって、母さんが」
「あー…“大いなる航路”だからなぁ」

まるで合言葉みたいな反応だ。
頷いたシャンクスが片腕で赤ん坊を抱き上げる。
不安定さを感じさせない動きに、彼もちゃんと父親なのだと気付かされた。
そう見えないと言うわけではないけれど…彼は、あまりに変わらなかったから。

「しかし、よく寝てるなぁ…ずっとか?」
「ええ。落ちてきた時から」
「ティルが赤ん坊だった頃を思い出すな。お前もよく寝るガキだった」

戦闘が始まろうが何が起ころうが、とにかくよく眠る子だった。
自分が覚えていない昔の事を引き合いに出されても困ると、ティルはくるりと踵を返す。
手首に巻かれた赤いリボンの端が、短く揺れた。

「ヤソップと約束してるから行ってくる」
「頑張ってね」

照れ隠しだと気付いて小さく笑い、彼を見送った。








「ティルだろ?」
「…わかるの?」
「流石に、顔だけで断言はできねぇけど…腕に抱けばわかるさ」

シャンクスの言葉を聞き、コウは驚いた。
けれど、それ以上に、嬉しかった。

「その分だと、お前もわかってたんだな」
「もちろん」

コウはそう答え、赤ん坊の服の袖を捲る。
二の腕の辺りに結ばれた赤いリボンが、何よりの証拠だ。
長く伸ばして揺らしているコウとは違い、邪魔にならないよう解けない限界まで短くしたそれ。
絶対に解けない結び目一つをとっても、間違いはない。

「時期的にはあの時じゃないかしら…ほら、鳥に攫われた」
「あー、あったな、そんな事も」
「………」
「………」
「………」
「………あるのね、こんな事って」
「まぁ、この海だからな…」

非常識だって常識になってしまう場所だから―――こんな奇跡だって、起こり得るのだろう。
抱かせて、と強請るように手を伸ばしたコウに、シャンクスが赤ん坊を手渡す。
腕に感じる命の重さは、今となっては懐かしいものだ。

「不思議。でも、こう言う不思議なら、大歓迎だわ」
「…だな」

そんな言葉を交わしながら、二人はどちらともなく甲板へと向かっていた。
シャンクスがドアを開けて、コウに道を譲る。
ありがとう、と告げて甲板へと足を踏み出した。


太陽が刺すように目を刺戟し、視界がゼロになった瞬間―――腕の中から、重さが消えた。
瞬き一つで慣らした視界、空の遠い所に、どこかに向かって羽ばたいていく鳥が見える。
焦る事もなく、どこか当然だと言う様子でそれを見送る二人。

「…あの時の鳥だと思う?」
「そうなんだろ。ま、無事に連れ帰ってくれるならなんだっていいさ」
「大丈夫よ。だって…あの子はちゃんと、ここにいるから」

コウはそう微笑んで、下の広場を見下ろす。
そこでは、ヤソップに銃を教わるティルがいた。
いつの間にか集まった仲間が、ティルを囃し立てる。
激励なのか、野次なのかわからなくなるような、仲間からの声援。
彼は確かに、ここに居る。

「あんなに小さかったのに…大きくなったのね」
「ガキの成長は早いからな」
「何だか…懐かしくなっちゃった」

可愛かったなぁ、なんて呟くコウを、背中から抱きしめる。
それを受け入れた彼女は、シャンクスに背中を預けた。

「もう一回育ててみるか?」

―――兄弟みたいだ。

シャンクスの言葉に、そう言った時の、ティルの顔を思い出す。

「………そうね。いいかもしれない。ティル、嬉しそうだったし」

冗談ばかりではなかっただろうけれど、本気ではなかったのかもしれない。
コウの答えは、少しだけシャンクスを驚かせた。
それを気配で感じた彼女は、腰に添えられた手に自身の指を絡める。

「なるようになる。…でしょ?」
「…それもそうだな」

手と手を取り合って、共に水平線を見つめた。









「シャンクス…」
「ん?ティルはどうした?」
「鳥に攫われた…?あそこ」
「攫われたってお前………本当かよ!?」
「ティルが攫われたー!!」
「ちょ…誰だよ!相手は!」
「全力でぶっ潰してやる!!」
「…鳥、なんだけど」
「………鳥?」
「うん、鳥」
「………鳥を追うのか?」
「………そうなんだろ?」
「………とりあえず、追うしかねぇよな」


「…意外と冷静だな、お前」
「そう言うシャンクスもそうでしょ。…何か、大丈夫な気がするの。不思議よね」

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12.01.15