あなたがヒーロー
「そ、そんな嘘には騙されねぇからな!いいか、警察に連絡したら女の命はないと思え!」
それを最後に、電話を切る男。
携帯を握ったり、意味もなく開いたり、閉じたり―――とにかく、酷く動揺している。
「おい、どうしたんだよ?連絡はついたのか?」
ニット帽をかぶった仲間の一人が、そう問いかけた。
仲間の言葉にも、男は何も言い返さない。
電話先から何を言われたのか、大凡の察しはつく。
「あの…」
コウが控えめに声を発する。
目に見えてびくりと肩を揺らす男。
仲間の一人が、そんな男の様子に、訳が分からない、と首を傾げる。
「電話で聞いた事、本当ですから。何の覚悟もない出来心なら、やめた方が良いと思いますよ」
相手に合せて、丁寧な日本語でそう言ってみる。
「人質は大人しく―――」
「や、やめろ!!」
コウに向かおうとした仲間を、蒼褪めた顔で制止する。
その真剣な声に、怪訝な顔で振り向くニット帽の男。
「一体、何なんだよ?」
やはり何も言わず、電話の男は意を決した様子でコウを見た。
「ほ、本当なのか?」
「ええ。世間知らずな、良い所のお嬢さんだと思っていたのかもしれませんけれど」
視界をチラつくナイフの存在にも、臆した様子なく笑顔を見せるコウに、その言葉の信憑性が高まる。
それに比例して、電話の男の顔色が失われていった。
まるで、化け物でも見る様な目に、やれやれと心中で肩を竦める。
そして、決定打となる言葉を吐き出した。
「私の夫はイタリアンマフィアですから、火傷で済む間にやめておいた方が良いですよ」
火傷はするのか、と考える様な冷静な頭は、ない。
本当なわけがない、助かるための嘘に決まっている。
そんなすぐにばれる嘘を吐く必要がない。
仮に本当だったとしても、マフィアならがっぽり稼げる。
その後の命の保証がない。
ニット帽の男は、どちらかと言うと無謀、よく言うならば行動力のある性格らしい。
対する電話の男は慎重で、悪く言うなら臆病だ。
ここで第三の仲間がいたならば、また話は別かもしれない。
しかし、ここに居るのは男たち二人だけで、二人の意見が交差する事はなさそうだ。
堂々巡りするやり取りを見ていたコウが、その様子に飽きるよりも少し早く。
周囲の様子など目に入らないほどに白熱した二人の向こうに、太陽を見た。
と言うのは少し違うけれど―――それに見紛う、金髪を見た。
コウがにこりと微笑む。
「ディーノくん」
そう大きな声ではなかったけれど、コウが発したその声は確かな威力を持って男たちの言葉を止めた。
二人の視線は彼女を見て、それから、彼女の視線を辿る。
「怪我はないか?」
「ええ」
「そうか。良かった」
まるで、二人の男など目に入っていないかのように、見事な金髪の優男が、彼女に微笑みかける。
第三者の乱入に、一度は臆した二人だが、彼の風貌を見て安堵した。
ニット帽の男が、コウの後ろへと回り、彼女の頬にナイフを寄せる。
それを見たディーノが、笑顔を消した。
「それ以上、近付く―――」
「彼女の髪一筋でも傷つけたら、五体満足では返さない」
先ほどまでの優しい雰囲気から、ガラリと変化する。
彼の周囲の空気すらも変化したのでは、と錯覚するような、鋭く冷たい視線が男たちを射抜いた。
言うならばディーノは場数を踏んだプロであり、素人の出る幕などあるはずがないのだ。
視線一つで、戦意を喪失した。
ナイフが離れ、男の手が緩む。
コウは焦る事なく歩き出し、ディーノの元へと辿り着いた。
「ごめんなさい。心配をかけてしまいましたよね」
「いや、無事ならそれでいい」
安心させるようにコウの頬を撫でたディーノが、ハッと窓に視線を向ける。
「あ…」
気が付くと、男たちが自由にならない足腰を叱咤して、窓に向かって走っている所だった。
どうしよう、と見上げるコウに、ディーノが微笑む。
「俺が一人で来るわけないだろ?」
ビルの外にディーノの部下が溢れている光景が、ありありと想像できた。
コウの頭の中と違わぬ光景が、窓枠に手をかけて絶望を背負う男らの目に映っているのだろう。
「殺しはしないが―――」
ディーノが男らに何かを言おうとした、その時。
窓の向こうから、小さな何かが飛んできたのを捉えた。
それに気付いた次の瞬間には、コウはディーノの腕の中。
後を追ってきた、耳を劈くような爆音。
砂埃が落ち着く頃には、見る影もなく荒れ果てた室内と、床に伸びた男が二人。
「ディーノくん、大丈夫ですか?」
「ああ、コウがいるから、無茶なダイナマイトは使わなかったらしいな」
窓とは反対側に位置するドア付近にいた二人の周辺に、目立った被害はない。
コウはディーノの後ろに回り、背中に着いた土埃を払った。
それから程なくして、部下たちが室内に雪崩れこんできた。
誰もがコウの無事を喜び、笑顔を見せる。
そして、コウとディーノは促されるままに外へ出た。
「コウ!!」
心配を全面に浮かべた獄寺とビアンキが駆け寄ってくる。
良かった、と自分を抱きしめるビアンキを、優しく受け止めた。
大丈夫ですよ、と微笑めば、安心したらしい彼女が大皿を携えてビルの中へと向かう。
何をしに行くのか―――尋ねる者はいない。
「怪我はない…んだな?」
「もちろん」
「そっか。…良かった」
ビアンキのように抱き付いたりはしないけれど、獄寺もまた、心底安堵した表情で肩の力を抜いた。
「隼人。俺たちは先にホテルに戻るから、後からアイツらの車に乗って来いよ」
来たいだろ?と確認され、素直に頷かないものの、否定はしない彼。
おう、と小さく呟いた返事を、ディーノはちゃんと拾い取っていた。
「ほら、コウ。先に戻るぞ」
「…そうですね」
誘拐犯二人は獄寺とビアンキのお蔭で逃げる事もままならない状態だ。
ここに居ても、出来る事はないと判断したコウは、ディーノの提案に頷いた。
差し出された手の平に手を重ね、既に準備が整っている車へと並んで歩き出す。
「本当に怪我はないんだよな?」
「ありませんよ。何なら、確かめますか?」
「ああ。ホテルに着いたらな。全身隈なく確かめとかねぇと」
「………」
「………?どうした?」
「いえ…たぶん、気付いていないんでしょうね、あなたは」
コウが苦笑交じりに頬を染める様子を、ミラーで盗み見たロマーリオが喉元で笑いを堪えていた。
Thank you 4,000,000 hit!!
12.01.09