雲隠れの行く先は

コウは気配を消すのが上手い。
それだけを言うならば、ゾルディックの人間は全員、それに該当する。
けれど、隣で眠るヒソカを起こす事無くベッドを抜け出せると補足すれば、どの程度上手いのかがわかるだろう。

「…また逃げられた」

朝起きて、やれやれと肩を竦めるのにも、慣れてしまうくらいの頻度だ。
基本的に朝の早い彼女が、本能のままに生きるヒソカと同じように寝過ごすはずもなく。
こうして一人で目を覚ます事も少なくはない。
まさか、ホテルの一室―――どこを探しても彼女の姿がないとは思わなかったけれど。
















それなりに…と言うよりはかなり上等なホテルの一室。
コウはそこにいた。
向かい合うように置かれたもう一つのソファーには、クロロがいる。
二人は会話を楽しむわけでもなく、それぞれが手にした本の活字を追う事に没頭していた。

―――前に話していた古文書が手に入った。

クロロからそう連絡が入ったのは、今朝の6時。
そこから長針がぐるりと一周した頃には、コウは彼に合流していた。
今の時刻は、そこから更に4周している。
その間の会話は、ない。
そんな無言の室内に、ピロピロとメールの着信音が鳴った。
最初の“ピ”の段階で視線もくれずに脇に置いていたケータイを構えた彼女は、迷いなくそれを投げた。
邪魔だと言わんばかりの投球をしてから、あ、と気付く。
派手な音を立てて壁にヒビが入ったものの、ゾルディック御用達のケータイは無傷だ。
音が鳴った時点で、顔を上げて一連の動作を見ていたクロロが、その素材に疑問を抱く。
いったい何で出来てるんだ?―――もちろん、コウはその疑問に対する答えを持っていない。
4時間ぶりに重い腰を上げたコウは、渋々と言った様子で壁の所に落ちているケータイを取りに向かった。
その途中、クロロのケータイがピリリと電子音を奏でる。

「誰から?」
「イルミ」

他の音は変えていないけれど、イルミだけは専用の音に変えている。
先ほど、一瞬だけ見せた表情は、その所為だ。
コウはクロロの質問に答えながら、彼からのメールを開いて中身を読む。

―――ヒソカから連絡。また雲隠れ?

しているつもりはないけれど、と心中で苦笑し、同時に、クロロのケータイを鳴らした相手を察する。

「…そっちはヒソカからでしょ?」
「正解。…その内、本気でやり合う羽目になる気がするんだが」
「私が関わってなくても、ヒソカはその気、満々よ」

手早くイルミにメールを送り返し、ソファーに戻る。
本を片手に向かい側を見ると、どうする?と言った表情でケータイを持ち上げるクロロと目が合った。

「忙しいわ」
「わかった」

頷いたクロロが何かを打ち込み始める。
これで漸く読書に戻れる―――とページを開いた矢先に、再び彼のケータイが鳴った。
素早く読み取ったクロロは静かに溜め息を落とす。

「お開き、だな。これ以上お前と一緒にいると、団員が減りそうだ」
「…何て送ったの?」
「“取り込み中”」

団員が減っても自業自得な気がする。
コウが冷めた視線を受け、クロロは「その通りだろう?」と苦笑した。
その通りだが、いくらでも深読みできるメールを送るなと言いたい。

「仕方ないわね…。そっちが2冊目よね?」
「ああ。読み終わったら連絡する」
「そうして。連絡はいつものケータイによろしく」

そう言って、コウは今読んでいた本を抱え、ソファーに置いていたケータイを腰のポケットに収める。

「ケータイを変えたのか?」
「こっちはゾルディック専用。いつものを持ち歩いていたら、煩いじゃない」
「…なるほど」

だから、コウに直接連絡しないのか。
間接的に自分の所に来たメールの意味に気付き、納得する。

「そんなに鬱陶しいのに、ヒソカと行動を共にする理由がわからんな」
「…嫌いじゃないのよ。でも、私にとっては唯一じゃないだけ。私の前では意外と紳士だし」
「…マチに聞かせてやりたいな」
「なんなら、実演してもらえばいいわ。たぶん、ヒソカも乗ってくれるわよ」
「お前はどうするんだ?」
「イルミとデートしよっかな。最近会ってないし」

事も無げにあっさりとイルミと過ごす事を口にするコウ。
もちろん、罪悪感や躊躇いは微塵もない。

「………ヒソカにも同情できる面はあるな」

少しだが、と呟く。
どっちが好きかと問えば、たぶん…いや、間違いなく。
コウの中の絶対順位を垣間見たクロロは、笑った。
あれだけ本能のままに生きているヒソカが、ここまで翻弄される様は―――正直、見ていて楽しい。
クロロの細やかな楽しみのために、度々命の危険に晒されている事を、団員たちは知らない。

「じゃあね。また、イイのが入ったら教えて」
「ああ、そっちもな」
「了解」

ひらりと手を振り、後腐れなく部屋を去る彼女を見送る。
何気なく“円”の範囲を広げたクロロは、ホテル下で二人の気配が近付くのを感じた。

「…奇術師も形無しだな」

愉快に口角を持ち上げ、ペラ、とページを捲った。











「やっぱりね」

来ているような気がしたのよ。
ホテルを出るなり、目に付いた男前を前に、コウは溜め息を吐いた。
そんな彼女の様子に、横を歩いていた女性が「彼の何が不満なの!?」と言いたげな視線を向けてくる。
確かに、ペイントを施さず、どこから持ってきたのかわからない上等なスーツを着こなすヒソカは男前だ。
しかし、中身を知っているコウには、見た目だけでときめく事は出来ないのだ。

「置いて行くなんてヒドイじゃないか」
「あなたと一緒だと読書が楽しめないのよ。クロロを前に、闘争本能を抑えられるの?」
「…もちろん★」
「沈黙なく答えられるようになってから言ってくれる?」




「ところで、私のケータイは?持ってきてる?」
「ここにあるよ。送った途端に寝室で鳴った時には、思わず投げそうになったよ」
「それ、壊したら新しいのは持たないわよ。なくても不便はないし。大抵の連絡先は覚えてるし」
「…知ってるよ」

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12.01.08