未来に、つなぐ
雪耶紅、と最後を締めくくり、筆を置く。
現代ではペンを使うことが多かったから、筆は日常的なものではない。
読み返した手紙はそれなりの仕上がりで、ここに来てからの年月を感じさせた。
それは、不慣れな筆に馴染むだけの時間を、この時代で過ごしたと言う事。
「さて、と…」
手触りの良い紙は、紅が自由にできる物の中で最上級の物を選んだ。
紅はそれを、事前に用意していた文箱へと入れる。
こちらも、紅自身が自由にできるお金の中で作らせた特注品。
蓋を閉ざし、開かないように紐を結ぶ。
「…氷景」
「はい」
紅が小さく名前を呼ぶだけで、どこからともなく姿を見せた氷景。
スタッと庭先に降り立った彼に、文箱の上に文を重ねて差し出した。
「雪耶の蔵まで運んでくれる?今日届けると話は付けてあるから…それと一緒に、渡して」
「わかった」
頷いた彼は、すぐに姿を消した。
遠ざかる気配を感じ、ふぅ、と息を吐き出す。
ここ数日をかけてしていた作業が、漸く終わった。
達成感と言うよりは、安堵の方が大きい。
「何を企んでるんだ?」
「企んでいるなんて…人聞きの悪い」
クスリと笑い、声の主を振り向いた。
少し前から、彼がそこにいた事は知っていた。
視界に入らない位置にいてくれたのは、紅が集中していると知っていたからだろう。
ありがとうございます、と礼を言えば、何の事だ?と惚けた返事。
それ以上は何も言わず、手元に残っていたもう一枚の手紙を手に取り、折りたたんだ。
書いてある内容は、先ほど文箱に入れたものと全く同じ。
紅は膝をついて立ち上がり、縁側へと向かう。
常に用意してある草履に足を掛け、急ぐでもなく庭先を歩き出した。
追うようにして、政宗が縁側へと出てくる。
「あ、政宗様。そちらの…火をいただけますか?」
「ああ」
言われた通り、文机の脇に置いてあった火を取り、彼女に差し出す。
暗くもないのに何故火をともしているのかと疑問だったが、どうやら後から使うためだったようだ。
―――火を起こすのって、難しいんですね。
出会った当初、そんな事を呟いていたのを思い出す。
彼女が生きた時代は、指先ひとつで火を起こせたと言うのだから…時間の流れとは恐ろしいものだ。
元親あたりなら何とかしそうだな、と言う政宗の考えは、当たらずとも遠からず。
悠希から得る情報を元に、彼は新たなるものの開発に勤しんでいる。
その内、ライターもどきくらいなら作り出してしまいそうだと悠希からの手紙に書いてあった。
政宗から手渡された火を片手に、折りたたんだ手紙に視線を落とす。
そして、折った角を火へと近付けていった。
ぼぅ、と小さな音がして、火が手紙に燃え移る。
小さな音を立てて手紙を燃やしていく火。
ギリギリまでそれを持ち続けていた紅の指先から、力が抜ける。
最後の一欠片が炎を纏いながら地面へと落ちていき―――やがて、全てが炭と化す。
「…理由を、聞いてもいいか?」
柱に肩を預け、静かに見守っていた政宗が口を開く。
吹いた風に巻き上げられた炭が城壁を越え、空へと飛んで行った。
「別れはあまりにも唐突で、何の感謝も伝えられなかった。だから―――伝えたくて」
やがて、見えなくなったそれを最後まで見送り、紅は彼を振り向く。
「家族に、私は幸せですって…どうしても、伝えたくて」
伝える方法として浮かんだのは二つ。
どちらも確実性はなく、どうせならば二つとも試してしまおうと思った。
もちろん、紅がその結果を知る事はない。
「お前…それなら、俺にも関わらせろよ」
どこか呆れた風に笑う彼。
きょとんと彼を見上げ、首を傾げる。
「関わりたかった…ですか?」
「そりゃ、な…親への報告を含めてるんだろう?」
「ええ、まぁ…」
政宗の武骨な手が紅の手を取る。
スッと、唇の高さに持ち上げられたそれが、触れた。
「なら、俺もちゃんと挨拶しておくべきだろうと思ってな」
その言葉を聞いて、紅は暫し沈黙し…やがて、笑みを浮かべた。
この時代は家の繋がりの方が大きく、結婚したとしても改めて親に挨拶するような機会はないだろう。
政宗のような人からすれば、寧ろ嫁ぐ側の女性の両親が彼に挨拶に来る方かもしれない。
「では、それはまたの機会に」
「ああ、忘れんなよ?」
その約束に、紅は、はい、と笑顔で答えた。
ふと、政宗の指先が彼女の肩へと伸びる。
やがて離れた彼の指が抓んでいた、手紙の最後の欠片。
潰してしまわないよう、そっと抓んだそれを、彼女の目の前に差し出す。
ふっと口角が笑みをかたどり、細い指が政宗のそれに絡んだ。
そして、ゆっくりとした動きで、彼の指を開いていく。
ふわり―――黒い炭が、風に乗った。
文箱の中にしまい込んだ手紙もまた、内容は全く同じだった。
何も言わずと言うよりは、何も言えず、生きる場所を違えてしまった自分。
今、この時代で幸せに生きているのだと伝えたくて―――届くかどうかも分からない手紙を書く事にした。
紅が生きるこの時代は、彼女が生まれた時代と一つの時間軸を共有しているのかもしれない。
何十年、何百年の時を経て、あの手紙が家族の元へと届くなら、その可能性は高い。
それを確かめる術はないけれど、紅はある種の確信を持っていた。
理由も根拠もないけれど―――あの手紙はきっと、家族の元に届くだろう。
「今までありがとう」
そう呟いて見上げた空も、繋がっているような気がした。
Thank you 4,000,000 hit!!
12.01.07