伝えたい、あなたに
懐かしい校歌を歌う携帯に気付き、雲雀はポケットからそれを取り出した。
相手によって音を変える様な面倒な設定はない。
ディスプレイに表示された名前を読み取り、彼は迷いなく通話ボタンを押した。
『恭弥?近いうちに話したい事があるんだけど、時間を取ってもらえるかしら?』
「もちろん。今日でも明日でも、姉さんの好きな時に」
『じゃあ、今夜…7時頃に家に行くわ』
「わかった」
紅の言葉を聞きながら、脳内の今夜のスケジュールに取り消し線を引いてしまう。
彼女との通話を終え、そのままの流れで別の番号へと電話をかけた。
「ああ、沢田綱吉?今夜の会合だけど、行かない事にしたから」
『えぇ!?ちょ…そんな急に、雲雀さ―――』
問答無用で通話を終えて、電源を切る。
無言の携帯をポケットへと滑り落とし、片付けるべき仕事へと取り掛かった。
「切れた!!」
「ツナ?」
「雲雀さんが、今日の会合は行かないって…まったく…誰か代役を立てないと…」
「10代目、自分が行きます!」
ツナが困っているとあっては、黙っていられなかったのだろう。
即座に手を上げた獄寺の今夜のスケジュールを思い浮かべる。
確かに、彼になら動いてもらっても問題なさそうだ。
相手との相性が悪かったので避けたのだが―――雲雀でも獄寺でも、大差はないだろう。
「じゃあ、頼むよ」
「任せてください!資料を集めてきます」
すぐに行動に移った彼が部屋を出ていくのを見送る。
ふと、壁際に立つ山本が携帯を片手に神妙な顔をしているのが気になった。
「山本?」
「…悪い。雲雀のキャンセル…俺の所為かも」
読み終えたメール画面を閉じ、彼は苦笑を浮かべた。
時間の30分前に雲雀の家を訪れたのだが、彼は驚く様子もなく紅を迎え入れた。
彼女の30分前行動は今に始まった事ではない。
「久しぶりね、恭弥。元気にしていた?」
仕事がしやすいようにと、実家を出た二人が、今までのように毎日顔を合わせる事はない。
連絡こそこまめに取ってはいるけれど、顔を合わせるのは3ヶ月ぶりだ。
昔では考えられない期間である。
「もちろん。姉さんは元気そうだね」
「ええ、そうね。コーヒーでいい?」
キッチンへと向かう彼女に是の返事をすれば、程なくして香るコーヒーの匂い。
懐かしいそれに、ソファーに座る雲雀が目を細めた。
いつも使う和室ではなく洋室に案内したのは、彼女がジーンズを履いて来ていたからだ。
昔、彼女が「正座は膝が出るのよね」と呟いた言葉を、今でも覚えていた。
「お待たせ」
勝手知ったる、と言った様子でコーヒーを用意してきた紅が、雲雀にマグカップを差し出す。
そして、自分もマグカップを片手に彼の向かいのソファーに腰をおろした。
「話は?」
「あぁ、そうね」
リラックスしている場合じゃなかったわ、と笑う彼女。
取っ手を握る左の指に、きらりと指輪が光る。
「…結婚する事になったの」
紅は穏やかな表情でそう言った。
柔らかい沈黙が部屋の中に広がる。
コトン。
マグカップをテーブルに置き、雲雀は紅を見た。
「おめでとう」
「ありがとう。…驚かない所を見ると―――知ってた?」
彼の表情や様子からそう察して問うと、彼はうん、とそれを肯定した。
「二日前に、山本武が僕の所に来たからね」
「そう」
今夜7時に恭弥の所に行ってくる。
メールでそう伝えた返事は、ただ一言「気を付けて」と言う物だった。
その一言の裏に隠れていたのは、これだったのかと納得する。
「彼らしいわね」
普段は紅が雲雀恭弥の姉だと意識していないのに、誰よりも紅と恭弥の関係を理解している人。
紅が全てを打ち明けるとわかっていて、彼は先に動いたのだろう。
「反対はしないよ」
「そうだろうと思ったわ」
自惚れではなく、弟は自分を大切にしてくれている。
けれど、それは決して、自分本位の感情ではなかった。
紅の心と身体を最優先にしていると言っても過言ではない。
「姉さんが、自分を任せられると判断して、そう決めたなら…言う事は一つだけ」
―――どうか、幸せに。
何となく、来るだろうなと感じていたから、驚きはなかった。
大型のバイクに凭れ、白い息を吐く山本。
コツン、と足音を鳴らせば、道の向こうを見ていた彼がこちらに気付いた。
よっと手を上げる彼に近付いていく。
「寒いのに…いつからいたの?」
「そんなに待ってないって」
屈託なく笑う笑顔に騙される紅ではない。
にこりと笑顔を返した彼女は、両手で彼の頬を包み込んだ。
「30分ってところかしら」
外の気温と肌の冷え方を考えれば、自ずと数字が出てくる。
当たってる、と苦笑する彼に、文句の代わりに冷え切った頬を摘んだ。
「早く帰りましょう」
そう言うと、頷いた山本が紅にヘルメットを渡す。
「買い物は?」
「鍋の材料が用意してあるから、私の家でいい?」
「ああ」
「じゃあ、そのまま直帰で」
ひらりと後ろに跨った彼女を確認し、ハンドルを握る。
二人を乗せたバイクは、独特の重低音を響かせながら走り出した。
Thank you 4,000,000 hit!!
12.01.02