十月十日後の未来

見られている事には、もちろん気付いていた。
じーっと音が聞こえそうなほどに見つめられれば、誰だって気付く。
けれど、見つめるだけでそれ以上何も言わないコウに、ロー自身が何かを求める事もなく。
ゆっくりと時間だけが過ぎていく。

「ねぇ、ローさん」

それから暫くして、コウがぽつりと口を開いた。

「ローさんのその隈って…生まれつき?」
「…そう思うのか?」

呆れた声色になってしまうのも無理はないと思う。
ローの反応に、コウはどこか安心したように息を吐く。

「そっか…良かった。遺伝だったら、どうしようかと…」
「それが関係あるのか?」
「うん。まぁ…ちょっと、色々と」

そう答えるコウは、その続きの言葉を悩んでいるようだった。
ああでもない、こうでもないと頭の中で言葉を浮かべては消し、別の言葉を考える。
もちろん、コウの頭の中が見えるはずもなく。
ローは黙って彼女の様子を観察していた。
既に、読んでいた本は放置されている。





言い出す方法はいくらでもあると思う。
驚かせるか、それとも結論だけを言ってしまうか。
ローの反応を考えると、どれも正しくて、どれも間違っているような気がしてくる。
考えれば考えるほど深みにはまり、抜け出せなくなりそうだ。
その結論に達し、コウは考える事を放棄した。

「…よし!」

何が「よし」なのかはさっぱりだが、何かを決めたのだと言う事はわかる。
居住まいを正す彼女に、ローもまた、机についていた肘を退けた。

「ローさん」
「何だ?」
「赤ちゃんが出来ました」

世界が、止まる。














ローからの第一声はどんなものだろうか。
ドキドキと煩い心臓は、秒を追うごとに不安の色を滲ませてくる。
この沈黙が、嫌な意味のものだったら、どうすればいいんだろう。

「―――気付いてなかったのか」
「………はい?」
「俺は、2週間前から知っていたんだがな…」

2週間前。
その頃の自分は、どうしていただろう。
少なくとも、コウが身体の異変に気付いたのは3日前だ。
丁度滞在していた島の医者に行き、結果を聞いて「そうだったのか!」と驚いたのが昨日。

「こっちは医者だぞ?」

驚きで言葉を失って、ぽかんとした表情を見せるコウに、ローはふっと口角を持ち上げた。

「あの頃に、言ってやっただろ『海風に当たりすぎるな』ってな」

そう言えば、言われた。
昼寝をするならここにしろと、部屋に猫の時用の新しい籠を用意されたのも、その頃だったかもしれない。
目に見えるほどの過保護ではなく、けれどやんわりと諭される事が多くなったのも、そうだ。
専門外だったとしても、人体に関しての知識は一般人とは比べ物にならない。
ローが医者である事を忘れていたわけではないけれど、こうも不敵に言われると―――

「………何だろう…何か、敗北感が…」

コウはがっくりと肩を落とした。







開いた箱は、パンドラの箱でも何でもなかった。
人が呼吸をするのと同じくらい自然に、ローはそれを受け入れていたのだ。
それも、コウが自覚するよりも遥かに早く。
産むか、産まないか―――そんな事は、きっと考えもしなかったのだろう。
コウの体調を気遣うその優しさは、失わせるためのものではなかったから。

「…産んでもいいんだ?」
「そもそも、選択肢を与えたつもりはないんだが?」

その2択を迫るくらいならば、そもそもの行為には及ばなかった。
海賊である以上、結果論として奪った命がある事も否定はしない。
だが、医者として、自らの欲に負け、不必要に命を奪う道を選ぶほど落ちぶれてはいない。

「…色々、教えてください」

コウは嬉しそうに笑い、ぺこりと頭を下げた。
普通は逆だろ、と言うローの表情も、いつになく優しい。
彼は腕を伸ばして本棚から一冊の本を抜き出し、コウの膝の上に乗せた。

「多少は役に立つんじゃないか?」
「ローさん………どんな顔で、この本を買ったの?」

表紙のタイトルを読んだコウが、思わずそう呟く。
無言で頬を抓られた。









もしかしたら、と一抹の不安と共に過ごした一晩。
それが杞憂だったと理解できると、吹っ切れたような清々しさを感じた。
思い切り、空の下を走りたい気分だ。

―――と思ったら、実行してしまうのがコウだ。

「あいつは…。ベポ」

近くを通ったベポを呼び止める。

「何、キャプテン」
「コウにあんまり無茶をして海に落ちるなと言っておけ」
「アイアイ!キャプテンがそう言うのを気にするの、珍しいね」
「流石に海に落ちたら赤ん坊の命に係わるだろうが」

そう言って肩を竦めると、船の中に戻っていくロー。
その背を見送り、なるほど…と頷いていたベポが、ハッと我に返る。

「赤ん坊!?ちょ…コウー!!!!」

騒がしくなった甲板に、なんだなんだと仲間が集まってくる。
もちろん、より一層賑やかになってしまったのは、言うまでもない。

Thank you 4,000,000 hit!!

11.12.23