差し込んだ光明
例のパーティーで知り合ったボンゴレ9代目とは、何故か手紙のやり取りをする仲になった。
忙しいだろうからと辞退したにも関わらず、関係は続いている。
年寄りの娯楽に付き合ってくれないかと言われて、誰が断れるだろうか。
もし相手が嫌いな人間だったならば何とか断る理由を探しただろうが、その必要はない。
いつの間にか紅自身も彼からの手紙を心待ちにするようになっていた。
9代目に隠し事は通用しなかった。
昔から勘だけはいいんだ、といつかの手紙に書かれていたのを思い出す。
一週間前に仕事のことを書いた手紙を送れば、昨日、返事が返ってきた。
年の離れた文通相手のそれを読んでいる途中、自室のドアがノックされる。
「紅、いつまでのんびりしているつもり?」
「すぐに行きます」
部屋の外から聞こえた母の声は苛立ちを含んでいて、慌てて机の上の銃を手に取る。
ドアを出た所で手紙を置いてくるのを忘れたことに気付いたが、戻るのも面倒だ。
仕方なく上着の内ポケットにそれを入れて、ずっと前を歩いている母に追いつくようにと足を速める。
既に仕事モードへと頭を切り替えていた紅からは、手紙の存在はすっぽりと抜け落ちていた。
しくじった訳ではなかった。
替え玉としてボスの執務室に座っていた男ではなく、本物を始末して、後は帰るだけ。
そう思っていた矢先に、考えられない量のファミリーに囲まれた紅。
持ち前の能力で難を逃れた彼女は、咄嗟に逃げ込んだ建物の中で息を整えながら弾を装填する。
「…誰かが漏らしたか…」
その人間を見つけるのは後で、とりあえずここを抜け出すことが先決。
よし、と意気込んだ紅の耳に、複数の人間が走ってくる音が聞こえた。
「捕らえたか!?」
「いや、突破された!第二陣もだ!」
「嘘だろ、ファミリーの中でも腕利きの連中だぞ!?」
そんな声が慌しく迫ってきて、そして遠のいていく。
ドアから顔を出して去っていく背中を見送った紅は、おや?と疑問符を抱いた。
突破したのは一度きりで、その後はここに身を潜めていたのだが。
第二陣に迫られた覚えの無い彼女は、もしかしてもう一人侵入者が居るのでは、と考える。
その人が騒ぎを大きくして、紅の存在までそれに巻き込まれているのだとしたら。
全てが一本に繋がるような気がして、深い溜め息を吐き出す。
そうとわかれば、こんな所でジッとしていても仕方がない。
相手さんが騒がしくしてくれている隙にここを離れることにしよう。
そう決めて、音もなくドアを出た―――と同時に、出していた右足をヒュッと引く。
先ほどまで足があった場所に銃痕が出来た。
「危な…」
思わずそう呟くも、その続きを紡ぐ前に二発、三発と紅の足元に銃弾が撃ち込まれる。
バックステップの要領でそれを避けていった紅は、最後に大きく飛びのいてからその犯人を睨み付けた。
―――驚きで、時間が止まる。
「う、そ…」
信じられない人が、そこにいる。
先ほど紅が居た場所で腰を折り、何かを拾っているその人は―――
数ヶ月前のパーティーで目を奪われた人であり、今もまた、紅の視線を捕らえて放さない人。
9代目の息子であり、ボンゴレの10代目となるであろう人―――XANXUS。
ゆっくりと身体を起こす彼を見ている紅は、声もなくその場に立ち尽くす。
「―――おい」
あの日は聞けなかった低い声が、鼓膜を震わせる。
友好的な声ではなく、どちらかと言えば…敵視されているように感じるものではあった。
けれど、彼の声を知ったという事実がフィルターをかけてくれる。
「てめーのか?」
見覚えのある手紙が彼の手の中で揺れ、あ、と慌てる。
内ポケットを確認しても、もちろんそこには入っていない。
落としたんだ、と慌てる紅の様子を見れば、答えとしては十分だ。
文面に目を通す彼の表情が次第に険しくなってきて、気のせいでなければその場のピリピリと緊張してきた。
肌を刺すようなそれに、紅の今までの経験で培われた第六感が危険信号を発する。
「あの狸ジジィ…ッ!」
XANXUSの怒りの理由がわからない。
紅は必死に手紙の内容を思い出し、ハッと気付く。
―――目標を持つ事はいいことだが、焦ってはいけないよ。
―――無理をしないように。
内容は、とても友好的なものだったはずだ。
最後にはきちんと彼の署名が入っているし、わかる人ならば筆跡だけでも本人だと気付く。
ボンゴレ内部からの派遣が重なるという事はまずありえなくて、つまりここに居る彼女は敵と言うことで。
結論を述べると、XANXUSは9代目が敵と通じていると判断した。
「勘違いです!9代目とは―――」
紅は言葉を半ばで止め、存在すら忘れそうになっていた銃をバッと彼に向ける。
それとほぼ同時に、彼の持つ銃もまた、紅へと向けられた。
お互いに無言で銃口を向け合い、視線を逸らさない。
二つの銃口は、同時に火を噴いた。
真っ直ぐに飛んだ弾は、二人の真ん中ですれ違い、その頬をすり抜けて後方に居た男たちを貫く。
身体が崩れ落ちるのを見届けず、紅とXANXUSは示し合わせたわけでもなく同方向の窓を割った。
「9代目とは手紙のやり取りをしているだけで、何も疚しい事はありません。
ボンゴレの内部事情も、一度たりとも手紙に書かれていません。彼は無実です」
例のファミリーの根城からある程度離れた所で、紅はXANXUSに向き直った。
開口一番にそう言った彼女を、彼は無言で睨み返す。
「差し支えなければ、手紙を返していただけるとありがたいのですが…」
途中で邪魔をされた所為で、最後まで読んでいないのだ。
ちゃんと手紙を書いてくれる彼のためにも、最後まで読んで返事を書きたい。
臆することなく手を差し出す彼女。
長い沈黙を経て、折れたのはXANXUSの方だった。
投げるようにして渡されたそれが紅の方へと飛び、吸い込まれるようにその手に受け止められる。
今度は落とさないようにとウエストポーチにそれを差し込んで、ほっと安堵の息を零す。
「ありがとうございます」
彼女がそう言うと、道の向こうから車が走ってくるのが見えた。
その車の窓から顔を覗かせている銀の短髪の男が、派手な声を上げている。
XANXUSがその車の方へと歩き出すのを見て、仲間か、と理解した。
紅はそれを見送ることもなく、くるりと背を向ける。
彼は、彼の在るべき場所に帰る。
そして、自分も。
ここで逢えた奇跡に感謝はするけれど、その先を望んだりはしない。
ほんの少しだけ期待してしまいそうな自分に、住む場所が違うのだと言い聞かせる。
「―――女」
「?」
呼ばれて、紅は首を振り向かせる。
「…いい腕だな」
そんな言葉を残して、彼は颯爽と歩き出した。
彼の乗り込んだ車が動き出し、やがて見えなくなる。
そうしても尚、紅はその場から動けなかった。
「ありがとう…ございます」
たった一言だけ、自分に向けられた褒め言葉。
その一言が、どうしようもないほどに胸を焦がす。
紅は理解した。
彼への感情が憧れではないということを。
「…9代目の言っていた事は…本当だったみたいね…」
自嘲の笑みを浮かべる紅の脳裏を、あの日9代目が言っていた『恋をしているよう』と言う言葉が過ぎる。
あの時から、あの優しい老人は自分の心に気付いていたのだろうか。
今日の手紙は長くなりそうだ―――そんな事を考えながら、紅は帰路を歩き出した。
Thank you 3,000,000 hit!!
09.02.18