君が求める言葉
言葉と言うものがいくらか軽んじられていると感じることもある現代。
そこを生きてきた紅だが、彼女自身は自分の言葉と言うものの重さを理解するよう心がけていた。
だからこそ、自分の想いの全てを伝えると言うことに対して慎重で、悪く言えば苦手になっていた。
「だからな、姫さん」
幼子に言い聞かせるように、穏やかな口調を心がけて口を開くのは、紅の忍である氷景だ。
溜め息交じりの声は、いい加減に理解してくれ、と訴えているようにも聞こえる。
もちろん、それがわからない紅ではないけれど、出来ないものをしろと言われても困るのだ。
「筆頭が喜ぶものなんて、あんたが一番よくわかってるはずだ。更に言うと、あんたしか出来ない。
尤も、世話になっている礼なんて…今更だって笑い飛ばされると思うけどな」
「だって…政宗様は、何でもない日でも何かと贈ってくれるから、貰いっぱなしは申し訳なくて…」
「嫁にあれこれ贈るのは男の甲斐性だろ?」
考え方が違うのかもしれないけどな、と呟く。
氷景の言葉に、紅は軽く肩を落とした。
喜ばせたいと思うけれど、いざ何かを贈ろうと思っても、何がいいのかわからないのだ。
奥州筆頭である彼は、欲しいものは手に入れてしまうし、彼が手に入れられないものを得るのは不可能に近い。
それでも、きっと自分では想像できない何かがあるはずだ―――そう思って助けを求めた先は氷景の元。
初めの二三言こそふむふむと親身になってくれていた彼も、話が進めばこの態度だ。
「とりあえず…金はかからん」
「それはありがたいわね」
「で、すぐに用意できる」
「…まぁ、それもありがたいわ」
「ついでに、すぐに終わる」
「別にすぐに終わる必要はないけれど…最近は忙しいし、ありがたい…のかしら」
一、二、三…と指を立てて、順に説明する氷景に、紅は納得したのかしていないのか微妙な表情だ。
彼の言うお金がかからずすぐに用意できて、しかもすぐに終わる贈り物と言うのがわからない。
何か助言を貰うたびに蓄積される疑問符は、既に複数個だ。
「…答え、言っていいか?」
悩み続ける紅に、氷景が控えめな声をかける。
少しだけ考えてから、彼女は一度だけこくりと頷いた。
「だからな―――」
政宗の元へと嫁ぎ、すでに何か月…いや、何年と言う単位で月日が流れた。
この関係にもいくらか慣れただろうと思っていたのに、どうやらそうではなかったようだ。
寝所で彼を待つ紅の心臓は早鐘の如く忙しない。
何故このような事になっているのか。
そんな切なる訴えを聞いてくれる人はいない。
見るからに緊張している様子の彼女は、既に部屋の中にいる政宗の存在にすら気付いていなかった。
まるで睨みつけるように庭の方を見つめる彼女の背中は、表情など必要ない位に彼女の心中を語っている。
政宗は気配を消したまま、足音すらも忍ばせて歩みより、背中から目隠しをするようにして彼女を引き寄せた。
「――――っ!!」
「待たせたか?」
悲鳴すら上げそうな彼女に、それを防ぐように声を重ねてしまう。
半ば条件反射的に悲鳴を呑み込んだ彼女は、苦しげに深い呼吸をした。
「ま、政宗様…あの…」
「…ん?」
政宗の声は、先を促すようなものではなく、何かふと気になるものを見つけたと言った声だった。
疑問の声に対し、紅は何かしたらだろうかと、身に覚えのない事で肩を強張らせる。
そんな彼女を他所に、政宗が彼女の髪を梳いた。
ふわり、と優しい香りが漂う。
「………あー…何だったか…」
もう少しで思い出せそうなのに、あと一歩が届かない。
必死に思いだそうとする彼。
振り向くことすらできない紅は、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「椿油…ですか?」
「あぁ、椿か、これ」
覚えがあるようで、あまり身近ではない香りだと思った。
政宗の答えに、紅は、はい、と頷く。
「髪に良いからと、悠希が送ってくれたんです」
折角だから使ってみました、と告げ、背中へと流していた髪の一房を手に取り、鼻を近付ける。
椿自体、香りの強い花ではないと聞く。
事実、紅自身もきつい香りではないと思っていたのだが、まさかそれに気付くとは。
些細な変化すら見落とさない彼に、視野の広さよりも情愛の深さを感じた。
「…政宗様」
「どうした?」
「いつも…ありがとうございます」
「何だよ、急に」
そう言って軽く笑った彼は、そのまま背中から紅を抱きしめる。
腕の中の彼女がはにかむように笑ったのが見えた。
「沢山、色々なものをいただいて…いつもお礼を言っても、足りないんです」
形のあるもの、ないもの。
大小様々なものを貰っている。
氷景が言っていたもので返せるような量でも大きさでもないけれど―――
「どうしても、お礼が言いたくて」
「…まぁ、礼を言われて悪い気はしねぇから、構わねぇけどな」
ひょいと抱えられて彼の胡坐の上へと運ばれた紅。
先ほどと同じように背中から抱き締めたまま、彼の手が紅の髪に触れる。
首だけを振り向かせようとすると、スッと掬われた一房に口付ける様子が見えて、紅の頬に朱が走った。
そんな彼女の反応を楽しげに見つめる政宗。
楽しませる為の反応ではない、と思うけれど、耳近くまで赤くした彼女に説得力はない。
「―――で?」
「え?」
「それだけで初夜みたいに照れてたわけじゃねぇんだろ?」
「しょ…!」
消し去りたい昔を思い出してしまった紅は、いよいよ顔を真っ赤にした。
いつまで経ってもこの手の話題には慣れない彼女。
政宗はそんな彼女の反応に、ククッと喉で笑う。
「ほら、顔は見ないようにしてやるから…続けろよ」
そう言うと、隙間なく彼女の身体を抱き寄せる。
すっぽりと包めてしまう体格差は、男女の差なのだろう。
彼女は何度か自身を落ち着かせるようにと深呼吸する。
そして、トントン、と訴えるように政宗の腕を叩いた。
「?」
「少し緩めてください」
「あぁ。きつかったか?」
言われるままに腕の力を緩めれば、自然と二人の間に隙間が出来る。
彼女はその隙間を利用してくるりと身体を反転させ、正面から政宗を見上げた。
顔を見られると照れるだろうと思っての行動だったのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。
それでいいのか?と問いかけると、無言で頷く彼女。
緊張を隠すように政宗の着物のあわせを握り、そして膝を立てて彼に近付く。
頬を掠めるようにして耳元へと唇を寄せた彼女は、小さく息を吸った。
「…―――――」
小さすぎて、この距離でしか聞き取れなかったであろう声。
政宗は逃げるようにして離れようとした彼女の後頭部に手を差し込み、半ば強引に引き寄せた。
ゼロの距離で重なる唇は吐息すらも飲み込んでいく。
「…上出来だ」
僅かに唇が離れ、それでもまだ吐息が触れる距離で、彼の唇が満足げに笑みを浮かべる。
額をあわせるようにして笑顔を見せる彼に、紅もまた、照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
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09.02.14