不確定な口約束

「え?」

そんな答えを返した紅に、雲雀は不満げな表情を見せた。
彼の望む質問の答えを得られなかったからだ。
もちろん、紅がそんな声を発してしまったのは、意図しての行動ではない。
ただ…思わぬ所で、予想外の質問が飛び出してきたから、そんな反応をしてしまっただけのこと。

「何度も言わせる気?卒業したらどうするの、って聞いたんだけど」
「いや…質問自体は、ちゃんと聞こえてたんだけど…。まさか、雲雀に進路調査をされるとは思ってなかったから」

驚いちゃって、と呟く彼女の心中も、無理からぬ所だろう。
卒業後もこの並盛中学校を離れそうにない人物から、進路の話が出るとは思わなかったのだ。
未だ、呆気に取られたような表情の彼女に、雲雀は先を促すようにペンで机を叩いた。

「卒業後…か」

考えたこともなかった、と。
いや、考えていなかったと言ったら、嘘になるのかもしれない。
考える必要がなかったのだ。
何故ならば、紅は―――

「家族の元に帰って…働くわ」

ボンゴレとの兼ね合いもあり、とりあえず日本に居るだけの現状。
自分自身の出生も決して無関係とは言えないから、そう言う意味では当然と言えば当然なのだが。
どの道、中学校と言う枠を出る時は、イタリアに帰ることになるだろう。

「例の師匠の所に帰るんだ?」
「まぁ…そうなるわね」

今までもそうだったのだから、これからもそれに変わりはない。
キャバッローネは紅の家なのだ。

「日本には残らないの?あの…沢田綱吉だっけ。割と、仲が良かったと思うけど」
「ツナは関係あるようでないわね。まぁ、友人だから…手紙のやり取り程度はするでしょうけど」

そう言った彼女は、それより、と会話を改める。

「何でそんな事を聞いてくるの?」
「―――今、考えていることがあるんだ」
「へぇ」
「僕の、卒業後の事をね」

彼の言葉に、紅は今一度動きを止めた。
その内容を理解し、頭の中で整理し―――思考回路が正常に戻ったのは、10秒以上も経ってからだ。

「雲雀…あなた、卒業する気があったの?」

何も知らない者が聞けば、何を馬鹿なことをと思う問いかけだろう。
しかし、雲雀と言う人物を知る者ならば、この質問にも大いに頷いてくれるはず。
残念ながら、彼本人はその質問を不服に思ったようだが。

「失礼だね、君。いつまでも中学生をしていると思ったの?」

思っていましたとは言えない空気だが、思ってもいない否定の言葉は口には出来ない。
結果として、彼女が取れた行動と言えば…貝の如く沈黙することだけだった。

「とにかく…。今の風紀委員を母体とした新しい組織を作ろうと思ってる」
「…そう。まぁ、風紀委員の皆はあなたを尊敬しているし…いいんじゃない?きっと、付いてきてくれるわ」
「それは心配してないよ。問題は君一人だ」

指を指されることはなかったけれど、その代わり彼の真っ直ぐな視線が紅を射抜く。
少しばかり居心地の悪い思いをしたけれど、あえて口に出さなかったのは年の功とでも言うべきか。
問題、と言われるようなことをした覚えはない。
第一、彼の計画を聞いたのは今が初めてなのだから、紅の疑問は当然だろう。
そんな彼女の心中などお構い無しに続ける彼。

「卒業後は日本に残る気はないの?」
「そのつもりはないけれど…どうして?」
「あの連中に雑務が出来ると思うの?」

質問の応酬に、なるほど、と頷いてしまった。
雲雀への忠誠心は疑うまでもないだろうけれど、やや頭の足りないメンバーも少なくはない。
そもそも、それが少ないのならば紅が来るまでの間に放置されていた書類の山はなかったはずだ。
偶に配布される学校からのお知らせすら、読んだ形跡もなくファイルに挟み込まれているだけだったのだから。

「それはまぁ…鍛え方次第で、何とか…なるような、気がしなくもない」

結局の所どうなんだと問いたくなるような答えである。
とりあえず、何とかなるんじゃないか?と言う内容なのだが、自信がないのは言うまでもないだろう。
若干口元を引きつらせた紅の言葉に、これ見よがしな溜め息を零す雲雀。

「鍛える自信があるなら、認めてあげてもいいよ」
「無理」

彼らを鍛えるとなると、よほど強固な血管が必要になる。
そう踏んだ紅は、即座にそう返した。
もちろん彼女が否と答える事は予測できていた雲雀。

「じゃあ、君にも協力してもらう」
「だから…家族の所に帰るから、それも無理」
「…群れるつもり?」
「雲雀の前じゃないでしょうが」

その場に他のメンバーが居たならば軽く青褪める所だ。
彼の手は、いつの間にかペンではなくトンファーを握っているのだから。
しかし、紅は慌てた様子もなく淡々と答える。

「それに…雲雀も、知っているでしょう?私は元々この年齢じゃないし…卒業してからは元の年齢で過ごすつもり。
若返ったり、老けたり…身体に負担がかかっているかもしれないしね」

こうして向き合っている現在、二人の見た目に年齢の差は感じない。
しかし、中身の年齢で言えば、紅は彼よりも10歳は年上だ。
外と中が一致していない彼女の身体は、危険ではない薬により若返っているわけだが。
やはり、危険がないとは言え、今後にどんな副作用があるかはわからないのだ。
卒業を機に元の姿で過ごそうと思っている紅は、それ故に日本に残ることを考えては居なかった。

「…」

雲雀は紅の答えに何かを考えている様子だった。
漸く彼が静かになったのをいい事に、紅は自分の作業を再開する。
数分が経過し、ふと彼が顔を上げる気配がした。
つられるようにしてそちらに視線を向ければ、カチッと目が合う。

「薬を使わなかったら、身体は戻るんだっけ?」
「戻らないわ」

それがどうかした?と首を傾げる。

「じゃあ、そのまま成長すれば?」
「――――…他人事だと思って、無茶を言うわね、あなた」
「何でもいいよ。君がここに残るなら」

紅が動きを止めた。
ガタン、と椅子を動かして立ち上がった彼が、その足で自分の元へと歩いてくるのをぼんやりと見つめる。
彼は、紅の前に立ち、目線の高さを合わせるでもなく口を開いた。

「言いなよ」
「…何を?」
「残るって」

まるで子供のわがままだ。
そう思ったはずなのに、無理を言わないで、とは返せなかった。
予想外に真剣な彼の目を見てしまったからだろうか。
その目の奥の感情が何を考えているのかはわからないけれど、少なくとも冗談ではない。
数秒間彼と視線を合わせた紅は、やがて諦めたように溜め息を吐き出した。

「約束は出来ないわ。私一人で決められることじゃないから」

途端に拗ねたような目を見せた彼に、本当に大きな子供みたいだと思う。
口に出せば、きっと無言で机の上のトンファーを取りに行くのだろう。

「だけど…そうね。その時が来たら、候補の一つとしては考えてみるわ」
「…逃げたね」
「ええ。当然でしょ?どうしてもって言うなら…その時が来るまでに、残りたいと思わせてくれればいいの」

挑発するように口角を持ち上げ、出来ない?と問いかければ答えは決まっている。
その場の勢いで交わされた不確定な口約束が守られるのか。
答えは、まだ暫く先のことである。

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09.02.13